セルジュの舌

作:西田三郎


■7■ 追体験

 いったいどういうことだ? 親友が自分の下半身にのしかかり、ズボンのベルトを外している。
 恵介は和男の頭を押さえつけ、なんとかその凶行に抵抗しようとした。

「やめろって! 何なんだよ! 一体何なんだよ!」
「おれがどんな目に遭ったと思う? あのセルジュの部屋で? お前にわかるか? そこには裕子がいたんだ!……素っ裸でな! 素っ裸で裕子が笑ってたんだ! このおれを、笑ってたんだよ!」

  いくら恵介が抵抗しても、和男の力は強かった。帰宅部の恵介とサッカー部に所属している和男では圧倒的な差がある。
 あっという間に制服ズボンのジッパーが降ろされ、続いてズボンが引き下ろされた。
 恵介の青白い、華奢な太腿が露わになる。母親がユニクロで買ってきたブルーのボクサーショーツも

「……気がつけば、ベッドの上の友里江がおれを後ろから抱きしめていた。セルジュが起き上がって、おれの体にのしかかってきた……それで、こうやって……こうやってズボンを下ろされて……」
「や、やめろ! 何なんだよこれ! わけわかんねーよ! ……うっ」
 和男の手が、ボクサーショーツの上から恵介の頂点部分を握った。
 また和男がニヤァァァァァ……と時間をかけて気味の悪い笑みを作る。
「おい、恵介……お前、勃ってるじゃん」
「え……」
 恵介は自分の下半身に目を落とした。

(うそ……)

 和男の言うとおり、勃起していた。ボクサーショーツを、硬くなった陰茎を持ち上げている。
「想像したんだろ? おれがセルジュの部屋に飛び込んだあと、何が起こったのか想像して興奮してんだろ?」
「ば、バカ、何言ってんだよ! いい加減にしろよ!……んっ!」
「てか恵介、おまえ、もう先っぽ濡れてんじゃんか……なにパンツ、湿らせてんだよ……ほら、ほら」

 手のひらを擦り付けるように、和男が布地越しにペニスをなで上げてくる。

「や、やめっ……ば、バカ野郎! へ、変態! やめろっ……てっ……んんっ!」
「変態? ……変態だと?」
 和男が顔をあげて、血走った目を見開く。
「変態じゃねえか! 一体何考えてんだよ!」
「おまえは変態が何かわかってねえだろ? わかるわけねえんだよ!」
「ちょ、ま、待てってば……あ、ひゃあっ!」

 ボクサーショーツが降ろされた。情けないことだが、和男に指摘されたように、佳祐の陰茎は明らかに半ばほど勃起している。
 なんで? ……佳祐は自分が信 じられなかった。なんで自分の身体が、こうもやすやすと自分の意思を裏切るのか? 
 ……コンビニでバイトの女とキスをするセルジュの姿を見たから? それ 以前に、今日の昼、友里江に思わせぶりな態度をとられたから? それとも和男がセルジュの家でどんな体験をしたのか、そのことに対して不義理な好奇心を感 じているから?
 いや違う……和男からセルジュと裕子の噂を聞かされたあの4日前の昼休みから、自分の中にこの奇妙な感情はずっと巣食い続け、癌のように成長し続けていたのだ。

「へえ……恵介……頭が半分、皮から飛び出してるぞ……ああ、こんなに先っぽ濡らしちゃって……」
「んっ!」
 ぬめっていた尿道口を、指でくすぐられる。
 他人の指に、自分のペニスを触れさせたことは、恵介にとってこれがはじめての体験となった。
(へ、変態……ヘンタイだ……こんなのフツウじゃない……)
「いつもここを自分でイジって、毎晩毎晩オナニーしてんだろ? 俺と同じだろ?」
 亀頭をやわやわと弄りながら、和男が恵介の表情を伺ってくる。
「やめっ……ろ、ってっ……!」
「どうだ? 他人にこうやって触られるのって……なんか、自分で触ってるのとぜんぜん違うだろ? なんか、チンポだけじゃなくて、腰全体が……ってか全身が、ゾクゾクっと痺れる感じしね?」
「わ、わかった……わかったから……もう……ああっ?」

 表情を伺ってくる和男から顔を背けていると、突然、ペニスが柔らかく、熱く、濡れたものに覆われた。
 慌てて見下ろす……和男が、すっぽりとペニスをくわえ込んでいた。
 ようやく生え揃った恵介の陰毛に、鼻先を埋めんばかりに。

(そ、そんな……)

 佳祐が舌を動かし始める。これが、恵介が14年間の人生ではじめて体験したフェラチオだった。
 亀頭を下でくるみ、唇で表面を撫でられ、尿道口を吸い込まれる。
 未知の快感と嫌悪感がブレンドされ、恵介は床の上で腰を浮かせてアーチを作った。
(あっ……や、やばっ……す、すげえ気持ちいい……か、和男……うめえ……)
 その技巧が巧みなのか稚拙なものなのか、判断できるはずはない。
 しかし、生まれて初めて体験する陰部への舌による愛撫は……それが同性から、しかも親友から与えられているという背徳感も相まって……恵介の中でとぐろを巻いていた黒い好奇心と絡みつき、否応なしに身体を昂ぶらせる。

「どうだ恵介? 気持ちいいんだろ? こうやって男にしゃぶられても、気持ちいんだろ?」
「そ、そんな、ち、ちげー……よっ……んんっ!」
 和男が、唾液と恵介の漏らした蜜でぬめる陰茎をにぎり、ゆっくり上下にしごき始めた。
 
 くちょっ……くちょっ……にちゃっ……

 湿った音が響いてくる。そのたびに、恵介の腰がビクン、ビクンと跳ね上がる。
(なんだよ……なんだよこれっ……)
 14歳の少年の肉体は、理性の声よりも即物的な快楽のほうに正直だった。

「……おれもさ、無理矢理こんなことされて、気持ちよくなんかなるはずない、って思ってたよ……3日前まではな。でも、あいつら三人に押さえつけられて、 素っ裸に剥かれて……それで……最初にしゃぶってきたのは、友里江だった……あいつは噂どおりのヤリマンだったよ! しんじられねーくらい上手えんだ! ものの30秒もしないうちに、おれは あいつの口の中にイッちまいそうになった……でも、あの女……もうすぐイきそうになってるとこで、ピタっとヤめがった! ……それを見て“やっべー……こ いつ超早漏じゃね?”って笑ったんだよ! 裕子も笑った! 素っ裸のままで……それに、セルジュもな! ……あいつのみたいにでかいチンポと、グレープ フルーツくらいもあるタマが、ブラブラブラブラ、振り子みたいに揺れてたよ! ……で、今度は裕子が……裕子がおれのチンポを……」
「……ゆ、裕子が?」

 和男にこんな目に遭わされていながらも、恵介は友人が受けたその残酷な仕打ちに胸をしめつけられた。
 あれほど恋焦がれていた裕子の前で、醜態をさらし、恥辱にまみれ、嘲笑されながら、その思いの対象にそんな辱めを受けるなんて……セルジュの部屋がどん な様子なのかまでは、訪れたことのない恵介には想像できない。しかし、そのとき部屋を包んでいた異様な熱気、悪意、そして友里江、裕子、セルジュの嘲笑う 声は、実際にこの部屋の中に響き渡っているかのようにリアルに想像することができた。

「ああ、裕子の唇が触れた途端、おれはまたイッちまいそうになったよ! だって、だってよお、裕子の指だぜ? あの裕子が、おれのチンポに触ってきたんだぜ? ……でも、セルジュがそうさせなかった……おれのキンタマの付け根をあいつのデカ イ手がぎゅっと握り締めたんだ! 裕子は肩ごしに振り返って、セルジュとニヤニヤ笑い合った……それで、あいつは、あいつはおれのチンポを……」
「な、舐めた……のか?」
「ああ! すごかったぜ! 友里江は生まれついてのヤリマンだから上手いのは当然として、裕子もすごかった! たぶん、セルジュの野郎にこってりと仕込ま れたんだろうよ! (見ると、和男は涙と鼻水を垂れ流していた)……ねっとり、こってり、おれを限界寸前まで追い詰めて、イきそうになると、焦らして…… おれは泣きわめいたよ! “裕子、やめてくれ、お願いだからこんなことはやめてくれ、おれはおまえのことが前から好きだったんだ!”って、はっきり言ったよ! でも裕子は鼻でせせら笑って、プロのフーゾク嬢みてーにおれのチンポをしゃぶって、焦らせて、じゃぶって、焦らせて……」
「……そ、そんな」

 あんまりな話だ。そんな形で、思いを寄せていた少女に告白せざるを得なかった親友の境遇が、あまりにも哀れだった……しかし、痛む胸に反して、恵介のペニスは和男の手の中で、唸るように反り返っていた。
 あまりの自己嫌悪に、吐き気がする。
 しかし、それでも肉の昂ぶりは収まるばかりか、ますます燃え上がっていく。

「おれはキンタマの根元をガッチリとセルジュに握られてた! ……知ってるか? キンタマの根元を強く締めつけられてると、イきたくてもイけねえんだ! それがどんな地獄かわかるか? ほら、こんな感じだよ!」
 そういうと和男は、ぎゅううっ、と恵介の陰茎と睾丸を輪にした人差指と親指で締め上げた。
「ああっ!……くううっ!」
「ナメてやる……ナメ倒してやる……これでおまえにも、おれの気持ちがわかるはずだ……わかってくれるだろ? おれがどんな思いをしたか、わかってくれるよなあ? 友達なんだからよ?」
「や、やめ……ろって……もう、やめろよ和男……」
 恵介は薄目を開けて和男の顔を見た。
 自らの晴れ上がった亀頭の数ミリ上で、和男はまるで爬虫類のように舌をチロチロとさざめかせている。
「ほんとうはこんなもんじゃないんだぜ? ……セルジュの舌は、巻きついてくるんだ」
 
 巻きついてくる……?
 
 和男が大きく口を開き、再び恵介の亀頭を頬張ろうとしたときだった。
 階下から、その声が聞こえてきたのは。

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