セルジュの舌
作:西田三郎
■23■セルジュの舌
「うそだろ……そ、そんなバカな……」
暗闇に目が慣れてくるにしたがって、セルジュの舌の様子が見えてくる。
自分のへその上、20センチほど上空に、ヒゲまみれのセルジュの顔がある。
そのいかつい顎が少し開き、ガサガサに荒れた唇から、それが覗いていた。
いや、覗いていたのではなく、だらりと垂れ下がっていた。
(……これは悪い夢だ……こんなこと、絶対にありえない……)
「恵介、じっとしてるのよ……これから、セルジュがすっごく気持ちよくしてくれるからね……そうしたら、何もかも忘れて楽になれるわよ……お母さんの言うことを信じて、ね」
母が何を言っているのか、その意味すらわからない。
いやもう、恵介にも理解する気すらない。
セルジュが顔を寄せてくる。しゅう、しゅうと獣じみた鼻息を立てながら。
へそのあたりに先端を乗せていたセルジュの舌がべろり、と恵介の平らな腹を撫で、鳩尾を舐め上げる。
「んんっ!」
最初に舐められたのは、左乳首だった……その熱く尖った舌先が、チロチロと左の乳首を転がす。
そのまま舌先は右の乳首に移動して……左乳首と同じように右乳首を弄んだ。
セルジュの頭が近づいてきたことで、息が詰まりそうなほどの獣臭が恵介の鼻腔を襲う……が、それに不快を示している場合ではない。
いま、自分はあの悪名高いセルジュの舌に、身体を嬲り回されようとしているのだ。
そうこうしている間に、舌が首筋に吸い付き、這い回ってくる。
「んっ……くっ……」
顔を背けてもムダだった。背けたために晒した首筋が、舌先でくすぐられる。
次に右の耳の穴を、その次に左の耳たぶを……そして……
(……え、え? う、ウソだろ?……)
恵介は身体を襲う感覚以上に、不気味なことが起こったことに気づく。
じゅるり、と音を立てながら、セルジュの舌が恵介の首を一周したのだ。
確かに恵介の首は細い……それにしても、人間の舌が人の首周りを一周できるわけがない。
ぎゅっ、と恵介の首をセルジュの舌が絞める。
「うっ……くっ……ううううっ!」
呼吸を止められ、恵介はあがいた。
セルジュの顔は胸の上にある。
あの類人猿を思わせるあの巨大な顎を恵介の胸板に載せ、飛び出した額の奥の洞窟のような瞳から、恵介の表情を伺っている。
セルジュは舌を出しながら、ニヤついていた。恵介の苦しむ様が、楽しくてたまらないように。
しばらく恵介の首を絞めた後、両方の鎖骨のくぼみを舐め、セルジュの舌が首から遠ざかっていく。
天井に顔をあげるセルジュのシルエット。
「う、うそだ…………」
セルジュが頭を回し、自分の舌を振り回している。
まるで陸上選手がハンマーを回すように。
半径1mを雄に越える舌が、まるで天井に添えつけられた扇風機のように恵介の頭上で唸りを上げている。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーン……ブゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーン……と音を立てて。
(ありえない……違う……やっぱりこいつは……に、人間じゃない……)
そうしてしばらく舌を振り回していたセルジュは、まるで自動巻き取り式のメジャーが巻尺を巻き取るように、自らの舌を吸い込んだ。
……嘘じゃない。
舌はまるで夜店で買える吹き戻し笛のように……まるでカメレオンの舌のように、内側に丸まってセルジュの口内に収まった。
「ほレ、恵介、四つん這いになれ"や……なア、オカンも、手伝うたってんか……」
「あっ、い……やだっ……」
暴れて抵抗しようとしたら、セルジュにごろりと身体を裏返され、尻を持ち上げられた。
前に回った母が、恵介の両手首を床に押し付けてくる。
「だいじょうぶだからね、恵介。痛くないから……ちょっと恥ずかしいだけで、気持ちいいだけなんだから」
母は真剣な顔でそう言って恵介を落ち着かせようとする。
なんだこれ?
意味わかんねえ。
なんなんだ? ……なんでおれが、こんな目に遭わなきゃなんないんだ?
和男もそう思っただろう。セルジュから、同じような仕打ちを受けたのだろう。
和男だけじゃない。担任の江藤先生も、それ以外のたくさんの人間も……セルジュに何かを奪われたものは、みんな、こんな思いだったに違いない。和男の父も、自分の父も……町中の男たちも。
這わされ、尻を突き出す格好になっている恵介の腰に、セルジュの舌が「びたっ」と落ちてきた。
それはヌメヌメと這い出しはじめ、くるり、と恵介の細い腰を一周した。
それでも舌先はさらに伸びて、下腹のほうへと這っていく……。
(……そんな……そんなバカな……)
一体、この舌は何メートルあるんだろう? やはりこれは悪い夢なんだろうか?
下腹のほうに回ってきていた舌先が、くるくると恵介の睾丸の根元に巻き付き、ぎゅっ、と締め上げる。
「うっ……」
和男が言っていた言葉を思い出す。
“おれはキンタマの根元をガッチリとセルジュに握られてた! ……知ってるか? キンタマの根元を強く締めつけられてると、イきたくてもイけねえんだ! それがどんな地獄かわかるか?”
(……ああ、和男)と恵介は思った。(おまえはおかしくなってたんじゃなかったんだ……ぜんぶ、ほんとだったんだな)
その後、陰部の根元をしっかりと締め付けたまま、セルジュの舌が陰茎に巻きついてくる。
恵介の若い肉体は、もうすっかり望まない反応を見せていた。何重にも絡みついた舌が、熱くたぎった幹をしごきあげてくる。
「ぐっ……く、くうううっ………………ん、んんっ」
背後でニヤついているセルジュの顔を想像した。
その口から伸びている舌が、腰に巻き付き、陰部の根元を締め上げ、陰茎をしごきたてている。
さらに舌は伸びた……恵介のペニスをしっかりと戒めたまま、陰嚢の裏を這いおり、高く持ち上げられた尻の割れ目にわけ入ってくる。
「あっ……そ、そんな……そ、そんな、とこ……」
「大丈夫よ、恵介……大丈夫、痛くないから……」
舌先が恵介の後ろの孔の周りを這い回っている。
チロチロと舐め上げられるたびに、恵介の全身が激しく反応して跳ねた。
「い、いやだ……いやだ。お願い……母さん、助けて……」
「大丈夫よ……ぜんぶセルジュに任せておけばいの……母さんだって最初は恥ずかしかったのよ」
「し、知らねえよそんなこと! ……あっ! あああっ!」
にゅるり。
舌先が恵介の粘膜の中にめり込んできた。
「う、うそっ……あ、くっ、んんんんっ……」
ズブズブと侵入してくる舌先……それが、睾丸の裏あたりを這い回っているのがわかる。
「もう少し、もう少しよ恵介!」母が叫んだ。「がんばれ! 恵介!」
「……あっ……ああっ……はっ……」
一気に射精感が押し寄せてきた。
しかし、陰部の根元に絡みついている舌がぎゅっとそれを遮断する。
「た、助けて……お、お願い……します……も、もうやめて……ゆ、許して……」
恵介は許しを乞いながら肩ごしにセルジュを振り返る。
と、セルジュの背後に、もう一人の人影が立っているのを見た。
セルジュはその人影に気づいていない様子だ。
さっ、と光るものがセルジュの顔の前を通り過ぎる。
「おぐうるぐっ??」
そんな声を出して、セルジュが口を抑えながらその場に座り込んだ。
床に、ボトボトと大量の真っ黒な血が滴る。
恵介を戒めていた舌が、力を失ってほどける。
恵介はぐったりと床の上に倒れた……自分の身体にまとわりついている、長い舌とともに。
「大丈夫か? ……恵介」
父の声だった。
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