セルジュの舌

作:西田三郎


■18■変 人セルジュの華麗な生活



 セルジュの家には一日平均8人の人間が訪れる。
 ほとんどが女性で、恵介が知っている人間も何人か含まれていた。
 恵介の学校に通う女子中学生……もちろん、友里江や恵介以外に……の顔も何名か見受けられた。
 最寄りの高校からも何人もの女子生徒が。車で乗り付けてく る主婦たちもいた。
 その中に、和男の母が含まれていたことに関して、恵介はもはやショックを感じなかった。
 あの黒い服の三人組の車がセルジュの家にやってきたことはない。
 そのときのために、佳祐は父親の一眼レフを持ち出して待ち構えていた。

 江藤の復帰から恵介が学校に行かなくなって、一週間になる。
 恵介は毎朝、きちんと決まった時間に起き、朝食を食べ……和男の葬式以来、千帆は恵介と朝食の席をともにすることはなかった。
 登校するふりをして、カ バンに父の一眼レフをつめ、自転車で出かける。
 行き先は町の西の外れ、セルジュの家だ。
 
 ちょうどセルジュの家が見える場所に、農家の物置小屋を見つけた。
 そこが恵介の監視場所となった。
 あの黒い服の男たちも、どこかからセルジュの家を監視しているのだろう。セルジュの家を監視している恵介のことも。
 しかし、恵介は気にしなかった。な ぜ、セルジュの家を監視しようと思ったのか、自分でもよくわからない。
 しかし和男は、何かにつき動かされてセルジュの家を見張り続けた。
 
「セルジュ! セルジュ! 出てきなさいよ! いるのはわかってんだから!」
 ある日の朝、セルジュの家のドアを叩いている女を見た。
 その後ろ姿で、それが誰であるかわかった。
 あのコンビニのアルバイトだ。
「なんで最近お店に来ないのよ! そんなに忙しいの? そんなに他の女のアソコを舐めるのに忙しいわけ?  ……あんた一体、何様のつもりよ? なんであ たしにこんなことができるの?」
 女は、まるで拳でドアを打ち破ろうとでもしているかのように、乱暴なノックを続ける。
 しかしセルジュの返事はない。庭に、あの異形の犬の姿もない。
「死んでやる! 死んでやるから!」
 女は叫び続ける……そして叫び疲れると、あたりを見回して、手頃な石ころを見つけると、フォークボールのフォームで一階の窓に投げつけた。
 以前、和男がコンクリートブロッ クで打ち破って、いつの間にか貼り直されていたガラスをまた打ち破る。派手にガラスが砕ける音。
 しばらくアルバイト女は、まるで魂が抜けたように呆然と立ちすくんでいた。
 セルジュの家からは、何の反応もない。

 恵介はセルジュが在宅しているのを知っていた。
 昨夜9時ごろ、理容室を営む飯塚さんの若い妻……噂では結婚前は都会で、看護師をしていたという……が、高校生の娘を伴ってセルジュとともに家の中に 入っていった。
 いつも張り込みは夜9時には切り上げるようにしているので、朝までの間にその母娘がセルジュの家を後にしたかどうかはわからない。

 しかし、1週間セルジュをじっくり監視し続けてきた恵介にはわかった。

 家に女たちがいないなら、セルジュはあのアルバイト女のためにドアを開けるだろう。
 そして玄関先で、あのパッとしないダサめのジーンズの尻を掴み、あのショートカットをくしゃくしゃにして、むしゃぶりつくようにキスをするだろう。
 そしてあの“セルジュの舌”で、あの女の口の中を蹂躙しつくすだろう。
 この一週間でそんな場面を何度となく見てきた。

  かなり長い間、女はその場に立ち尽くしていたが……やがて踵を返し、とぼとぼと元来た道を歩き始めた。
(そんなにがっかりすることないのに……)
 恵介は無言で彼女の背中にエールを送った。
(セルジュの身体が開けば、そして奴の気が向けば、またあいつはあんたのとこに現れるよ)

 だいたいセルジュは、午後にならないと動き出さない。
 彼はまず、家に連れ込んでいた女を追い出す。
 追い出された女たちは、みんな夢見心地のような、夢遊病者のような足取りでドアから出てくる。
 セルジュは玄 関口で、女たちに別れのキスをする。

 今日、2時ごろ出てきたのは、理容室の奥さんとその高校生の娘。
 いったい、母娘でセルジュの家に訪れて、何をしていたんだろう? ……想像することはで きるが、それが画として浮かんでこない。
 若い母親と娘は名残惜しそうにそれぞれセルジュにハグをすると、熱いキスを交わし、さっきバイト女が返っていった道をキャッキャ キャキャと笑いながら連れ立って帰っていった。

 セルジュの家には時々、少年も訪れる。セルジュの好みは中学生の少年らしい。
 “え? まさかあいつが?”と思うような顔を何度も目撃した。
 ほとんどが学校で見かける顔だ……中にはクラスメイトも何人か含まれていた。

 少年たちはセルジュの家のドアをノックして、中に入っていく。そして、女たちよりは比較的短時間で、ドアから出てくる。
 セルジュは恵介と同じ年頃の少年 たちの尻を掴んで抱きしめ、抱き上げると、ほかの女たちにするように熱いキスをして、送り出す。
 女たちがそうしているのを見るのより、少年たちがそうされているのを見ることのほうが、恵介にとってはおぞましく感じられた
 ……その様子を見ると、死ん だ和男のことを思い出す。
 そして、考えまいとしても、そのようにセルジュに誘惑された少年たちを自分と重ねずにおれなかった。

 セルジュが外出する時間は、まったくの気まぐれだった。
 いつも徒歩で出かけては、自転車で帰ってくる。
 おそらくスーパーの駐輪場やコンビニの前に停めてあったのを拝借したのだろう。
 セルジュの家の前には、まるで急な雨の日に買われては道端に捨てられるビニール 傘のように、大量の自転車が乗り捨てられていた。
 
 セルジュが出かけたときは、十分な距離を置いて彼の後を尾行した。
 とにかく、町中でのセルジュの行動は、法順守意識もモラルも道徳もあったものではなかった。
 いたるところで立ち小便をし、一日40本以上のタバコ……フランス産の「ゴロワーズ」だ……がをポイ 捨てし、コンビニのカウンターに立っているのがあのバイト女であろうとなかろうと、人目もはばからず万引きをした。
 スーパーに行っても同様だ。
 陳列された牛乳パックやチーズ、ヨーグルト、ワイン、ビールの6缶パック、即席ラーメンのパック、魚の切り身や牛肉・豚肉・ 鶏肉のパックなど食料品を中心に、あらゆるものを堂々と万引きした。殺虫剤や洗濯用洗剤(洗濯なんか、セルジュがするわけがない)、入浴剤(入浴もしか り)、紙おむつや子ども用のキックボード、ピクニック用の断熱性マット、ビーチボール、ハンガー、カセットコンロ、とにかく目につくものはすべて、コート のポケットに押し込み、押し込めないものは腕に抱えたまま、会計を済ませず堂々と店を出て行く。

 店員たちがセルジュを咎めることはない。
 コンビニでもスーパーでも、毎年何十人もの小中高生や主婦、老人たちが万引きでつかまり、店側で厳重注意される か、運が悪ければ補導・逮捕されている。それなのに、セルジュに関しては店員たちも客たちも、まるで見て見ぬ振りを続けている。
 一体、どういうわけだろう? ……コンビニにもスーパーにも、あの黒い服を着た3人の男たちが現れて、何らかの圧力を加えたのだろうか?
 ……それとも セルジュがあまりにも計り知れない異様な存在なので、恐ろしくて手が出せないだけなのだろうか?

 もちろん、万引きはセルジュの外出の主目的ではない。
 セルジュはあらゆる家に訪ねていった。いまは和男のいないあの家も含め、何十件もの家庭を。
 女性が一人で暮らしてるマンションの部屋も……それには、担任教師である江藤の部屋も含まれていた。
 それぞれの家にセルジュが訪ねれば、やがて家の中から、セルジュと女たちの声が聞こえてくる。

“どナイや、そレ"、そレ" 気持ちえエんやロ" おレ" ええんか  ええのんか”
“ああっ……いいっ! そこっ! セルジュっ! たまんないっ! もっと、もっとおっ!”

 亭主がその家に在宅している場合もある。
  男たちはセルジュが自らの妻を蹂躙している間、庭に出て耳を塞ぎ、うずくまっている。
 ある男は、庭にも出 てこない。
 締め出されている男たちは、和男の家でみたゾンビのような父親そのものだった。

 女が一人暮らしの場合は、マンションやアパートが壊れそうなくらい、セルジュと女は雄叫びをあげるが、その他の住人たちは静まりかえっている。

 
 その日もセルジュはふらふらと家を出て行った。
 恵介はセルジュの後をつけた……セルジュはその日、スーパーでりんごひとパック、トイレットペーパー、物干し竿を堂々と万引きすると、次にコンビニに立 ち寄り、また菓子やビールを万引きした。
 そして昼勤のアルバイト青年……まだ高校生くらいだろうか? ……とカウンターで熱いベロチューをして、バックヤードに 消えていった。

 恵介はしばらくコンビニの外で待った。

 セルジュはコンビニの前の自転車を無断借用すると、それを押しながら町の中央部に向かって歩き出す。

 セルジュの後をつけながら、恵介は明らかな不安を感じた。

 ……この道のりは……いや、でもそんなまさか

 しかし、セルジュがふらふらと進むのは、この町の中で恵介にとって見慣れた、歩き親しんだ道のりだった。
 その頃にはもう時刻は午後7時を過ぎていた。
 セルジュの背中を追い、恵介は歩みを続けるが……その行き先が自分の予想している場所ではないこと を、ただひたすら願っていた。
 心臓の動機が高まる。
 神さま、神さま、神さま……お願いだからセルジュの行く先を変えてほしい。
 自分の悪い予感を、裏切って欲しい。
 お願いだ、それだけはせめて。

 しかし、恵介の予想は裏切られた。
 
 セルジュが自転車を停め、インターフォンを鳴らしたのは……恵介が父と母、そして千帆と暮らす、彼の家だった。
 
 目の前が、幕が降りたように暗くなる。
 気がつくと恵介は、自分の家の門の前で、膝をついていた。






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