セルジュの舌

作:西田三郎


■13■親 友の葬式で


 和男の葬式は、町の公民館で行われた。

 クラスメイトたちや教師たちを始め、町の多くの人間が弔問に訪れた。
 もちろん、恵介も学校の制服を着崩さずしっかりと着て、ネクタイも黒いものを締め、公民館に向かった。
 恵介の両親も、妹の千帆も同道した。
 恵介と和男は、小学校の頃から兄弟も同然だった……お互いの家族で、キャンプに行ったことも2度ほどある。
 公民館へ の道中は、誰もが無言だった。
 自分の両親は、和男のそのあまりにも早すぎる死に対して率直に悲しんでいるように見える。
 千帆も……家に訪れた和男とはしょっちゅう顔を合わせていたので、すでに鼻を啜っていた。

 果たして、自分はどうだろう?

 親友を失った喪失感は、誰よりも深いはずだ。
 しかし、悲しみよりも不安と恐怖が恵介の心を覆い尽くしていた……和男の死因については、心臓発作というふ うに聞いている。
 14歳の少年が心臓発作? あのサッカー馬鹿だった和男が? 
 ……長いつきあいだが、彼が心臓に持病を持っていたなんて、一度も聞いたこ とがない。

 公民館には、喪服を着た大人たちや、学生服を着た生徒たちが集まっていた。
 4人ほどで輪になって、ヒステリックに泣き声をあげている女子の姿も見た。
 そういえば……和男はあれで、それなりにルックスが良かったので、女子たちに結構もてていた。

 焼香に並んでいると……和男の両親が仏前に並んで座っているのが見えた。
 手前に座っているのは、和男の母、芳恵だ……黒い喪服のせいで、肌の白さが際立っている。
 溢れる涙を、真っ白なハンカチで拭っては、また拭う。
 何度も言 葉を交わし、親友の母として親しくしてきた間柄だが、その横顔は……まことに不謹慎ではあるけれども……妙にエロかった。

「……気の毒に……辛いでしょうね……」
 涙を帯びた声で、恵介の母がつぶやく。
「ああ、そうだろうなあ……親父さんを見ろよ。もう、何て声をかけていいのかわからないよ……」

 恵介も奥に座っている和男の父の姿を見た。そして、ぞっとする。
 この前に見かけたときより、和男の父ははるかにげっそりと痩せ、生気を失っていた。
 皮膚の色は、土気色から次の段階に進んだようで、もう灰色に近くなっている。
 真っ白の髪は伸び放題で、ヒゲも剃っていない
 この前はまるでゾンビのようだ、と思ったが、今はまさにゾンビだ。いや、死体だ。
 微塵も動かない。瞬きすらしない。棺桶がふさわしいのは、和男ではなくあの父親のほうだ。
 ……そして、その隣りで涙を拭う青ざめた妻。その横顔、喪服から伸びる白く長いうなじに、恵介は目が離せなかった。
 後れ毛がほつれ、涙を吹くたびにふわ ふわと揺れる。
 黒い喪服は芳恵のスタイルのよさをさらに引き立てていた。

 あの身体を、セルジュは……と考えている自分に気づき、恵介は慌ててその邪な考えを振り払った。
 
 恵介に焼香の順番が回ってくる。
 なれない数珠を手に沿え、母に教えられたとおりに焼香をして……和男の遺影を見上げる。
 あんなふうになる前の和男が写真の中にいた。
 サッカーのユニフォーム姿で、まぶしそうにレンズを見ながら、少しはにかんだように前歯を出して笑ってい る。

 どうしても、和男が死んだということに実感が抱けない。

 焼香を終えたあと、恵介の両親が和男の両親に何か声を掛けていた。
 恵介は、急いで焼香台から離れて、公民館の外に出た……まるで空気がひどく濁っている かのように、催事場は息苦しかった。

 公民館の裏にに周り、ネクタイを緩め、大きく息を吐く。
 そこはちょっとした広場になっていて、生垣に覆われた寂しい場所だった。
 でも静かで、空気が新鮮なのはありがたい。
 生垣の向こうには、白菜の畑が広がり、空は能天気なまでに青く晴れ渡っている……友人の葬儀の日だというのに。
 恵介は泣いてみようとした。しかし、涙は出てこない。
 湧いてくるのは、セルジュへの得体の知れない恐怖ばかりだ。
 思わず座り込み、頭を抱える。恐ろしいことが起こっている……なのに、自分にできることは何もない。

 どれくらいそうしていただろうか?

「泣いてるの?」

 その声で、恵介ははっと顔を上げた。
 恵介を見下ろしていたのは、制服姿の友里江だった。
 友里江はあのふっくらとした唇に笑みをたたえた。
 葬儀の席でも、スカートは短く、あの年齢にふさわしくない色っぽい太腿は露わなままだ。
 恵介はあわてて立ち上がった。

「なんだよ……何しに来たんだよ」
「オトモダチに手を合わせにきたんだけど。何か悪い?」
 急に憎悪が湧いてくる。セルジュへの恐怖を中和するために、湧いてきた頼りない憎悪だった。
「おまえらのせいだろ? ……和男が死んだのは、お前らのせいなんだろ?」
 友里江は少しも動じていなかった。
 そしてクスっと笑うと、恵介の表情をまじまじと楽しそうに見つめ、言った。
「カズちゃんがなんで死んだか、知ってる? ……本当はどんな死に方をしたか、知ってる?」
「心臓発作だろ? 心臓発作だって? ……ジョーダンじゃねえ! そんなわけあるか!」
コきすぎよ」
 友里江は唇を歪めたままで、右手を筒状にし、上下に降ってみせた。
「……は、はあ?」
「だ・か・ら〜……オナニーのやりすぎ。1週間以上、何も食べないで、一睡もしないで、オナニーしてたんだって……そりゃ、死ぬよねえ?」
「何だと? ふざけんな!」

 思わず恵介は友里江の胸元を掴んでいた。
 ぴん、とブラウスが張って、豊かで柔らかそうな胸が強調される……が、それどころではない。

「なに怒ってんの? ……ホントのこと知りたいかな〜……と思って、教えてあげてんじゃん」
「オナニーのやりすぎ? それで和男が死んだ、ってのか? そんなもんで人が死ぬのか? 死ぬわけねえだろうが! おれの友達がオナニーのやりすぎで死ん だ? てめえ、正気でそう言ってんのか?」
「ほんとのことだってば!」

 どん、と友里江に押し返され恵介はあっけなく壁に背をついた。
 友里江のほうが、恵介よりずっと体格がいい。

「……そんな話聞いたことねえよ! ……おい、ちょ、ちょっと待て、何すんだよ!」
 いきなり友里江が、恵介の前にしゃがみこみ、ベルトに手を掛けた。
 恵介は必死に暴れようとしたが、友里江の手は素早かった。
 腰をコンクリートの壁に押し付けられたまま、ベルトが外され、ジッパーが下ろされる。
「セルジュの舌を知らないでしょ、あんた? ……わかってないのよ……ちっとも」
「だ、だから何すんだよ!……あっ!」

 友里江は早業だった……ズボンとともに、ボクサーショーツも足首まで降ろされてしまった。
 ほんの10日ほど前、和男にも同じようなことをされたのだ。
 そしてここは、和男の葬式が行われている場所。
 忌まわしい因果を感じずにおれない。
 真っ赤になって両手で陰部を友里江の視線から隠そうとするが、その両手首も掴まれ、壁に押し付けられてしまった。
 友里江の半眼が大きく開き、唇が歪む。 恵介は顔を背けるしかなかった。

「……かわいい……まだ子どものかたちしてる……ねえ、インモーが生え揃ったの、最近でしょ?」
「や、やめろって……み、見るなよっ! ……このヘンタイ女!」
「大きな声出して、助けを呼ぶ? オソーシキには、あんたのお父さんやお母さんや、妹ちゃんも来てるんでしょ? ……こんなカッコ悪い姿、家族に見て ほしい? そんなことされたらあたし、“いきなりあんたに押さえつけられて、しゃぶらされた”って泣き叫んじゃうから……ガッコーのみんなも、この会場には来てんだよ? 先生たちも みんな来てんだよ? ……みんなに見られちゃってもいいの? 恥ずかしくない? 恥ずかしいよねえ?」
「……うっ……くっ……」

 泣きたい気分になった。かなり遅ればせながら。



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