女が女の部屋にノコノコやってきて
タダで帰れると思ってやがったのかよ


作:西田三郎


■7■ 戻ってきてよ。


 亜矢は紗英の腕枕で、しばらくおとなしくしていた。
 二人でくるまった布団の中で、紗英の貧乳にときどき指でいたずらをして、「かわいー」とか「また固くなってますぜ」とか茶々を入れては、クスクスと笑う が……無視できる範囲内だ。
 紗英はベッドの手元に灰皿を置き、天井を眺めながらタバコを吹かしていた。
 
 こういう情事のあとで、相手を腕枕して、天井を眺めながら、タバコを吹かす……紗英は、自分の姿を『ゴルゴ13』に重ね合わそうとしてみたが……どう考えてもムリがあった。
 何せ、ついさっきまで相手にさんざん玩具にされ、喘がされ、泣かされていたのは、自分のほうなのだ。
 
 それにしても、亜矢の髪はいい匂いがしたので……せめて臭いタバコの煙でも吹き付けて、それくらいはこっちが犯してやろう……とわけのわからないことも 考えていた。

 そんな状態を続けていると……窓の外はすっかり暗くなっていた。陽が短くなった……紗英が学校に行かず、自室に篭るようになってから、どんどん陽が短く なっていく。
 冬が近づいてくる。
 この季節になれば、お天気ニュースのキャスターは『ようやく冬の足音が……』などと、決まりきったことを言う。
 でも紗英は知っていた。
 冬は足音など立てやしない。
 いつもそっと、足音もさせずにやってきて、気がつくと景色を、空気を、そして人々の心を飲み込んでいる。
 そんなことに気づいたのも、つい最近のことだった。

「ねえ、サエちゃんさあ……」サエの顎あたりに前髪を一旦ぶつけたあと、亜矢が紗英を見上げる。「……学校、来たら?……何も、あしたっから、って言わな いからさあ……」
「やだね」紗英はむっとして言った。「ぜったい、ヤダ。ぜえええええったい、 ヤダ」

 亜矢にあんなことやこんなことされた、その直後だから……いきなり亜矢の口から出てきた、ぞっとするような言葉……今、いちばん聞きたくない言葉に対し ても、過剰反応させられることはなかった。

「……でもあたし、サエちゃんが来ないと、学校つまんないよ」
「ウソつけ。あたしが来ても来なくても、ガッコーはつまんないよ」
 と、亜矢がベッドの中でごろりと反転し、片肘をついて紗英の顔をじっと見る。
「サエちゃんの代理のカトーだけど、ぜーんぜんつまんないの。クラスのみんなも言ってるよ……サエちゃんに戻ってきてほしい、って……」
「けっ、ウソつけ。クソガキども。てかクソガキ!……てめーこの、佐伯亜矢!……何、あたしにまともなこと言って、セッキョーしようとしてんだよ。“ビッ チのサエキ”のクセしやがって……」
「……いやマジで。みんな待ってるよ。サエちゃん、はやく元気にならないかなあ、ガッコーに戻ってこないかなー……って」
「……そんなわけないでしょ」紗英は半身を起こして、ベッドの上の灰皿でタバコをもみ消した。「……どーせ、あたしが戻ったら、みんなでバカにすんで しょ?……あんたらにイジられて、笑われて、ギャグのネタにされるなんて、まっぴらゴメンだってーの……」
「……そりゃ、多少はそんな奴もいるだろーけどさあ……今だったら、まだギャグの範囲内だよ」

 紗英がベッドの上に腹ばいになり、枕に顔を半分埋めて、片目だけで紗英をじっと見る。
 冗談を言っている感じではなかった。からかわれているわけでもなかった。
 もちろん、紗英にもそれくらいはわかっていた。
「ほっといてよ……あたしのことなんかさ」
 紗英はタバコをもみ消し終えると、ベッドの上で体育座りの姿勢になる。
 まるで、いじけた子どもだ。まさに、いじけた子どもだ。

「サエちゃん……オトナなんだからさあ……イジけないでよ」
「…………う、うるせー」
「あ、泣いてますかあ……?」また、亜矢の口調にからかいのフレーズが加わる。「来年、サンジュッサイのあたしの担任のセンセーが、男にフラれて1ヶ月も ケビョーつかって家にヒキコモって、それをセートに指摘されて、泣いちゃってるんですかあ?……サエちゃん、かわいいでちゅね〜」
「う、うるせえっ!」紗英は涙声を振り絞った。「テメエらガキにはわかんねーんだよ!……わかんねーだろ?……来年、30になろう、って女が、なんでほん の4週間、教育実習でガッコーに来てるだけの大学生、自分とは八つも歳下のヤリチン野郎に、コロッとイカレちまったか、わかるかあ?」
「えー……」亜矢がまた片肘をついて半身になり、毛先を気にしながら言う。「さみし かった、とかー?」
そうだよそれ!それしかねえよ!……で、あいつはあたしを半年間も オモチャにしたんだよ……どっから覚えてきたんだかわかんねー、メカクシやらコーソクやら、ローターやらなんやらで……まあたぶん、AVかなんかから仕込 んできた知識なんだろーけどよお……」
「……うーん、最近、ジュクジョ、流行ってるから……」
ジュクジョって言うな!
「でもサエちゃんさあ……」音もなく、亜矢が後ろから抱きついてきた。裸の背中に、豊かな乳房が押しつぶされる。「……ずっとこのまま、ってワケにはいか ないでしょ?」
「もう……ヤめるよ。キョーシなんて……教育実習生の大学生はおろか、担任するセート、しかもジョシに手、出しちゃったし……あたし、もうカンゼンに キョーシ、失格だよ……」

 そのまま、自分の膝小僧に顔を埋めて泣いた。
 しばらく、亜矢は紗英のことを放っておいてくれた。
 背中に豊満な乳房を押し付けたまま。
 そして、紗英の嗚咽が収まるタイミングを見計らって、亜矢は紗英の耳元で囁いた。

「サエちゃん、キョーシ、やめないでよ。サエちゃんみたいないいセンセー、ほかにいないよ」
「でもテメーらガキは、あたしを笑いもんにすんだろーが!……ああ、テメーが言うように、セート連中は、あたしのことを『30手前のババアが、大学生の教 育実習生にタラシ込まれて、捨てられて、ケビョーで登校拒否なんて、とんだお笑い種だぜ!』って、多少イジるくらいで、すぐ飽きて別の笑いもの探すんだ ろーよ!……でも、あたし……あたしは……なあ、佐伯!あんたがあたしだったらどーする?……あんたがあたしの立場だったら、どんなツラ下げて、あの職員 室にもう一回、カオ出せる、ってんだよ?……どんな顔して、校長やキョートーや、ドーリョーやガクネン主任や、PTA会長に顔合わせられる、ってんだ よ?……なあ、佐伯、佐伯亜矢。君ならどーする!……ほら、原稿用紙 5枚以内でまとめてみろっての!!」
「サエちゃんさあ……」亜矢がぐいぐいと背中に乳房を押し付けながら、あくび混じりに言う。「そのへん、オトナもコドモも変わんないんじゃな〜い?……た ぶん、みんな、一ヶ月もしたらサエちゃんの『事件』のコトなんか、飽きちゃって忘れちゃうよ」
「あいつが……あたしに飽きたよーにかよ……」鼻をすすって、肩の上に顎を載せている亜矢に言う。
「ニッコリ笑ってよ、サエちゃん……オトナなんだから」

 その後、あまりに長い娘の担任生徒の訪問を不審に思った紗英の母親が、突然ノックもなしにドアを開けて、「あ、あんたら、何をしてんの!!!」と 叫ぶ。
 紗英は「うるせー!下がってろクソババア!!」と母親に枕を投げつける。

 しかし、それは二人が長い長いキスをしてから、2分後に起こる出来事だ。【了】

2013.10.28




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