P.T.A 作:西田三郎

「第7話」

■STUDENT
 
「…ちょっと…ヤバいよ…姉ちゃん…」功の声。
「いいからほら、じっとしてなさい。お父さんお母さんに聞かれるでしょ」理恵の声。
 沈黙。湿った舌が動く音。
「んんっ!」功が声を上げ、シーツと身体がこすれる音がする。
シーッ!声出さないの」理恵が言う。
「んん…んっ…うっ…」功のうめき声。
「…気持ちいい?」理恵がまるで面白がるように囁く。「あんた、すごいことになってるよ」
また湿った音。
「んっ…んんっ…くっ…」功は必死で声を堪えようとしている。「…ちょっと…」
「ちょっと、何よ」と理恵「あんた、変態じゃないの。実の姉にこんなことされて、こんなになって」
「…でも…ああっ」
「ほら、大人しくしなさい…ほら…」
また湿った音。
「…ん…く…ダメ…だって」
「何言ってんのよ。こんなに濡らして…ほら」
「くっ…ああっ…んぐ…」
 声を出そうとした功の口が、理恵によって塞がれたのだろうか。それ以降、功の声は低くくぐもったうめき声月が続く。その代わり、湿った音がさらに激しくなる。
 自らの淫液と姉の唾液によってぬるぬるになった功の肉棒が、容赦なくしごき上げられる音。
 「…んん…んんんっつ…くっ…んんっ…んん!」
 沈黙。
 そして口を解放された功と、興奮した理恵の荒い息づかい。
 「…あーあ…こんなに出しちゃって…ほら」
 「…」
 「…おへそまで飛んでるよ、ほら」
 「…やめろよ」
 「…何えらそうに言ってんのよ、スケベ。変態。
 理恵がクスクス笑う声。沈黙する功。

枝松はもう何千回も繰り返し聞いたそのテープを、愛車のカーラジカセで聴いていた。
枝松は駅前に車を止めて、奈緒美を待っていた。もうすぐ約束の5時半だ。雨は相変わらず降っており、車のフロントガラスを容赦なく叩きつけてくる。
いつ聴いても、新鮮な気持ちになれる。
 このテープを初めて聴いたのが3ヶ月前。テープは枝松の自宅であるアパートのポストに、黄色い封筒に入れられて入っていた。宛名も差出人も無かったが、ご丁寧にラベルも貼ってあり、そこには「理恵と功」と記入されていた。その日以来、枝松はこの差出人不明のテープの虜になった。
 その頃には、既に奈緒美との関係を持っていた。このテープを聴くまで、娘の理恵とその弟の功には全く興味を持っていなかった。学校ではまるで他人であるかのように言葉も交わさない姉弟。その知られざる姿を知ってから、理恵のことが頭から離れなくなってしまった。
枝松はいつものモーテルでの情事で奈緒美の躰を弄びながら、理恵のことを想うようになった。

ある日、その衝動が抑えられなくなった。自分が明らかにおかしくなりはじめたのは、あの日以来である。
その日の昼休み、校舎の屋上に続く階段の踊り場で、独り座り込み、弁当を食べている理恵を見つけた。人気がないことを確認してから、こう囁いく。
突然だけど、君、実の弟とエッチしてるんだってな
理恵は弁当から顔を上げて、枝松を見た。
 別段ショックを受けている風でも、驚いている風でもなかった。
 理恵の視線が枝松の目に焦点を合わせたその直後、理恵の目に軽蔑侮蔑の色が滲み出すように表れた。
「どこで知ったんですか、そんなこと」抑揚のない声で理恵が言う。
「どこだっていいだろ」枝松は唾を飲み込んだ「それより、いつから、なんでそんな風になったんだい?」
「どうだっていいでしょ。そんなこと。先生に関係ないし」理恵は弁当に視線を落として、枝松の方を見ようともしなかった。「誰だって秘密はあるでしょ
枝松はそのまま、理恵の横に腰を下ろした。理恵は無視して弁当を食べ続けている。
「どんなことすんの?弟と」
「…聞いてどうするんですか」理恵は枝松に一切目を合わせない。
「知りたいんだよ。すごいじゃないか。自分の教え子が近親相姦してるなんて」
すごいですかね
理恵は黙々と弁当を食べている。枝松は自分でも呆れるくらいワクワクしながら、理恵の横顔を眺め続けた。
長い沈黙。
先に沈黙を破ったのは、意外にも理恵のほうだった。
「そんなに知りたいですか、あたしが弟と何をしてるか」
はじめて理恵は、枝松の顔を真っ直ぐに見た。
これまで理恵の顔をこんなに間近で見たことのなかった枝松は、そこに明確な奈緒美の面影を感じた。切れ長の目、小振りな鼻と口。華奢な輪郭。枝松と知り合う遙か昔、恐らく奈緒美もこんな顔をしていたのだろう。
 10代の半ば、未来は限りなく開かれてると信じていた頃。短大を出てすぐ、つまらない亭主と結婚して、こんな田舎で死ぬほど退屈な日々に疲れきって、冴えない教師としけたモーテルで望のない肉体関係を持つことなどとは、夢にも想像できなかったであろう頃。そんなことを思うと、何故か枝松は、激しく勃起していた。
「知りたいね、詳しく」
「ふう…」理恵は食べ終わった弁当箱を閉じて、あらぬ方向に目をやり、しばらく何かを考えていた。
「教えてくれよ。誰にも言わないから」
「…はあ」
「教えないと、みんなにいいふらすぞ」自分でも信じられないほど子どもっぽい言葉が枝松の口から出た。
「…別に、いいですけどね」理恵は心底蔑んだ目で、枝松を見た。蛆虫でもこんな目で見られることはそうないだろう。
「…どうなんだよ」
「先生、聞くだけでいいんですか?」理恵が意地悪そうに口の端を歪ませた。
「え?」
「あたしが弟とやってること、先生、あたしとしてみたくないですか
「ええ?」
「いいですよ、あたし」理恵は笑っていた。はじめて見る、邪で愛らしい理恵の笑顔だった。

その日の放課後から、理恵との体育倉庫での関係がはじまった。
奈緒美の尻と同じ場所に、理恵にも同じ黒子があるのを知ったのもその時だ。
理恵が何を思って自分とそんな関係を持とうとしたのか、枝松は未だに理解できないでいる。いや、理解しようとも思わない。どう思われていようと、理恵との関係で得られる快感だけは本物であり、それ以上のものを求める気もなかった。自分が教師であることの矜持といえるものかどうかは判らないが、枝松は理恵に挿入したことはない。人が聞くと馬鹿馬鹿しいと思うかも知れないが、それが枝松が自分に課していたルールだった。
 それから3ヶ月経つ。理恵が卒業するまでに、旧体育館は取り壊される予定だ。理恵が卒業することで、理恵との関係は終わるだろう。いや、体育館が取り壊されることで終わるかも知れない。いやいや、もっと早いかも知れない。それまで自分が人間としてもつかどうか、枝松には自信がなかった。

車の窓を叩く音で、枝松は我に返った。
透明のビニール傘に青いワンピースを着た奈緒美が、車の外に立っていた。
枝松はカーラジカセを切って、奈緒美のために助手席のドアを開けた。
傘を閉じながら、奈緒美が車に乗り込んでくる。
「どうしたのよ…急に」
面白いこと考えたんだよ。それに、君にいますぐ会いたくなってね」
そういって枝松は自分の股間を指さした。
いきり立った陰茎が、スラックスの前を持ち上げている。一瞬、奈緒美の目がそれに釘付けになったっが、慌てて目を逸らせた。
 「馬鹿じゃない…もう」奈緒美はふくれっ面でシートベルトを締めた。
 そのふくれっ面は、理恵にとてもよく似ている。
 「いつもと違うところでしたいんだ。いいかな?」
 「違うところ?」
 奈緒美の問いかけに答えず、枝松は車を発進させた。

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