扇蓮子さんのクリスマス
作:西田三郎
「第4話」■扇蓮子さんのクリスマス
で、さっきも言うたけど……その年のクリスマスは土曜日で休みやった。
あたしは昼前に起きて、洗濯をして、お部屋の掃除して……うだうだしてるうちにあっという間に夕方になってしもた。なーんか、テレビつけてもラジオつけても“さて、今日はクリスマス!”っちゅー能天気な話題ばっかり。アホか。何がクリスマスじゃ。
そう思てあたしはフテ寝を決め込んだわけ。
そしたら去年のクリスマスの夢を見た。この前、もと彼から電話が掛かってきたときはうんざりした気分しかせえへんかったけど、夢の中ではあたしともと彼は昔みたいに仲良くて、それはそれはラブラブやったわけ。コース料理を食べて、それからちょっといいホテルにチェックインして、プレゼントを交換して、……あー、そうそう。西田くんがいま想像してるようなことした訳。ああ、しましたよ。しまくりましたよ。
でも夢とはいえ、すっごいリアルな夢やったなあ。
彼があたしにキスしたり、体に触ったりすんのが、ほんまみたいに感じられた。コタツの中で目を覚ましたら、もうすっかり夜やった。
あたしかて人の子やなあ、と思たわ。
これって何かの病気なんとちゃうかな。
誰かれなしに、クリスマスに一人で過ごしてると寂しくなるのんって。……アホらしいと思わへん?
別にクリスマスもほかの日も大して変わりはないやん。
でもなあ、その日はあたしもクリスマス病にしっかり犯されてたんかね。
なんかこのまま、テキトーにご飯食べて、テキトーにお風呂入って、そのまま寝るのはものすごく空しい気分がしたんよ。……かと言って、あたしってあんまり友達おらんやん。
西田君はそのころ会社におらへんかったけど、あんたみたいなんこんな日に呼び出して、変に誤解させんのも何かなあ、っちゅう感じやったし。……え、僕はそんな勘違いなんかしませんよって?あたしかてそんなつもりないわ。それはお互い様やろ。
それに女の友達がいたとして、そいつらで集まってクリスマスにかこつけた飲み会やったりすんのもなあ……なんかそれって、メチャクチャ空しゅうない?
まあ、そういう事してる子らも腐るほど居るんやろうけど、ええかげんある程度の歳になるとなあ……。十代の子らがそういう事してんのと、わたしらみたいなええ歳の女どもが寄ってたかってそういうことしてんのとでは、空しさの度合いが違うんよ。とにかくこのまま今日一日をコタツの中で終わらすんは、あんまりにも寂しかったんで、あたしはコタツを這い出して、とりあえずお風呂に入った。
まあ何の予定もなかったわけやけどね……それで少しましめの服をタンスから出すとそれを身に着けて……どうしょうかなあ……思たけど、去年、もと彼から貰ったこのネックレスもつけた。鏡で自分の姿を見てみたら……ああ、何や。結構ええ女やないの、と自分でも思たわ。ここ、笑うとこちゃうで。
その時はどこに出かけるかははっきり決めてなかったんやけどな。
まあ、クリスマスで浮かれるアホの群れ観察に、街に出かけるのもええやろ。あたしは今年の秋に買ったブーツ履こう思たけど……やっぱやめていつもの靴履いて外に出た。
ほんま、外はいやがらせみたいに寒かった。
それに輪掛けて、あたしの住んでるとこってラブホテル街の近くなんやんかあ……。こんな日には、最悪の環境やで。いたるところに居るわ居るわ、幸せそうな若いカップルが。ニヤニヤして、ふたりで人の目気にしながら(誰も見てへんっちゅーねん)……お菓子とか飲み物とかが入ったコンビニ袋とかぶら下げてさあ。
ああもう、外なんか出るんやなかったかなあ、と思いながら、あたしは駅の方へ歩きはじめた。と、雪が降ってきた。ああ、もう、頼みもせんのにホワイト・クリスマスか。
コートの襟を立ててカツカツ踵を鳴らして歩いていると、あの汚いマンションの前に来た。さっすがにこんな寒い日はあのお爺さんも外には出てないやろ……と思てたら、案の定、パイプ椅子にはあのバカ帽子が置かれているだけやった。あたしが立ち止まってそれを見てると……いきなりマンションの二階の窓がガラリと開いた。
「……ゆ、ゆみこか?………ゆみこが来てくれたんか?……ゆみこなんやろ?」
あたしはおじいさんを見上げた。おじいさんは、白い杖を持ったはるくらいやから、当然目が見えへんねんやろう。それでも、おじいさんは「ゆみこ」がやってくるのを心待ちにして、家の中で窓にぴったり耳をつけて、道ゆく人々の足音を聞いてたんや。「……あ……」あたしの口から、信じられへん言葉が出た。「……おじいちゃん、メリー・クリスマス……ゆみこやで。元気やった?」
<つづく>
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