大人はよくしてくれない

作:西田三郎



■第四章 すべて、忘れて。

  「……や、やめろ……タクが……タクが目、覚ましたらどないすんねん……」
  「そやで」とちあきがしげしげと悠也の陰茎を眺めながら言う「……タクにこんなとこ、見られたら恥ずかしいやんなあ……?……お兄ちゃん。騒いだら、タクが起きるで」
  「……おまえは……」(できるだけ小さな声で言った)「おまえは、俺の妹やろが……こんなことして、許される、と思とんのか?……こんなん、ええわけないやろ……」
  「誰が、うちらを怒るん?」

 ちあきがぴんっ、と悠也の陰茎を指で弾いた。

  「うっ……!」それだけで、出してしまいそうだったが、なんとか踏ん張る。
  「なあ」ぎゅっ、と陰茎を握り締められる。「……誰が、うちらがこんなことしてるから、いうて、怒るん?……そんなんしたらあかん、って、誰が言うてくれるん?……誰も、そんなん言わへんで。うちら、何しても、誰からも怒られへんねんで……そやろ?」
  「……そ、そやから言うて……うっ……」ぎゅっ、とさらに力を込めて陰茎を握られる。
  「……気にせんでえーやん。うちら、誰にも怒られへんねんから……」
  「あっ……うっ……あああっ……」

 ゆっくりとちあきが手を上下に動かし、陰茎を擦りはじめた。強すぎもせず、弱すぎもせず、微妙な手つきだった。悠也は、奥歯を噛み締めて……身体をくねらせてその刺激に耐えた。別にそこに縛り付けられているわけでもないのに、頭の上で自分の手首をクロスさせたまま、そこから手を動かせなかった。

  「……からだは正直やなあ……なあ、お兄ちゃん」
  「くっ……」
  「どろどろ、どろどろ、いやらしい汁が溢れてきよるで……ほんま、やらしいなあ……お兄ちゃん」

 一体、どこでこんないかがわしい手つき、こんないやらしい言葉遣いを、ちあきは身につけたのだろうか……いや、考えるまでもない。あいつだ……あの、イソヤマ。このマンションの下の階に住んでる、あの好色そうな中年男……一体、どんな仕事をしてるのか、何者なのかはわからない。とにかくずっと部屋にいるか、どこか近所に飲みに出かけるくらい……それが悠也の知るイソヤマの生活だった。イソヤマが自分たち兄弟のことを知ったのはこの3ヶ月ほど前……事情を話すと、神妙な顔を装いながら、その淫らな視線をちあきに注いでいたのを、悠也は忘れることができない。

 “よし、困ったときはお互い様や……ガス、止められとんねんやろ?……たまに、おっちゃんの部屋に、お風呂に入りにおいで……洋服も、おっちゃんが洗濯したる。あと、家賃と電気代くらいやったら、おっちゃんがなんとかしたるから……な。元気出し。困ったときは、貧しい者同士、手と手をとりあってやっていかな……それがわしら貧しい大阪人の、人情っちゅうもんやろ……?”

 そう言いながら、イソヤマは眼鏡の奥の腫れぼったい目で……醜いという意味で、イワサキとイソヤマは少し似ている……ちあきの肢体を嘗め回すように見ていた。そして、“な?”とでもいいたけに、自分のことも見た……その目に淫らなものがあるような感じがして、ゾッと背筋が寒くなったのは気のせいだろうか……?……それから毎日、電気がつけられるようになり、家賃も払え(イソヤマにはなぜか、金があった……働いている様子はちっとも見られないが)、ちあきや卓郎は毎日のように風呂に入れるようになった。悠也も、最初はイソヤマの家の風呂を借りていた……しかしあるときからイソヤマは、悠也とちあきと、卓郎を別々に風呂に招くようになった。

  いつもちあきが一番先だった。そして、ちあきが帰ってくるまでの時間は、どんどん長くなった。

  そして……悠也が風呂を借りているときも……『湯加減はどうや』とか『シャンプー使うか』とか、ちょくちょく風呂場のドアを開けて、入浴中の悠也を覗き込むようになった……あの日のことはもう、決して忘れはしない……浴室でドアに向かって立ってシャワーを浴びていると、いきなり風呂の引き戸がガラッと開いて……イソヤマが好色そうなあの目で自分の全身を嘗め回すように見て……こう言ったのだ……『ほう、ちゃんとちんちんに毛生えとるんやな』。

  ……それ以来、悠也はイソヤマの部屋へ頻繁に風呂に行かなくなった。
  一週間に一回……風呂を借りるのは一週間に一回だけ……それが悠也が自分に課した境界線だった。
  相変わらずイソヤマは悠也が風呂を借りにくるたびに、なんだかんだと理由をつけては、風呂を覗きにきたが……それにはなんとか固い態度と心を石にすることでやりすごした。

 卓郎も、同じような目に遭っているのだろうか……?……まだ幼すぎる、何もわかっていない卓郎は、その無邪気さにつけ込まれて……考えるだけで心の芯まで寒くなる。そして、ちあきは……?……あの異様に長い入浴時間は一体何だ?……イソヤマに風呂を借りるようになってから、どんどんちあきは、“可愛い妹”だった頃のちあきとは、別の人間になっていくようだった。もともと種違いの妹だ……でも、この急速な変化の理由には、きっとあのイソヤマの淫らな指が………指?

  「ああうっ!!」思わず大きな声が出た。ちあきの指が、悠也の包皮を剥いたのだ。
  「しーーっ!!!」陰茎をいじっていない左手で、ちあきが口の前で“シー”のポーズを作る。「……声出したらあかん……タクが起きるやろ……?」
  「あ、あかん……あかんて……なあ、やめよ……こんなこと……やめよ……」
  「こんなことって、何?……うちが、お兄ちゃんのこれ、お口ですっきりさせたることか?……してほしいんやろ?……どないなん?……難しい顔してんと……してほしいんか、してほしないんか、どっちか、言うてみ」
  「……そ、そんなん……口でって……き、汚い……」
  「……うん、お兄ちゃん、臭いで……毎日お風呂に、入らへんからや。臭いわあ」ちあきが笑う。
  「……き、汚いから……汚いから、あかんっ……って……」
  「ほんま?……そやったら、うち、やめてもええんやで。うちの見てる前で、自分でする?……出すとこ、うちが見たるわ……恥ずかしいなあ、お兄ちゃん。情けないなあ……」
  「そっ……それも」怒りから出た言葉ではなかった。欲望から出た、偽りの怒りだった。「そんなんも……イソヤマに教えてもうたんか……?」
  「…………うち、もう大人やし。お兄ちゃんみたいな、子供とちゃうし
  「ふわっ…!!!………あああっ………」思わず出てしまった声を自分の手のひらで押さえ込んだ。
 
  熱く、濡れた、柔らかい感覚が、悠也の亀頭を包み込んだのだ。
  そして、舌が動き出しはじめる……もちろん、悠也にしてみると初めての体験だった……しかし、その舌の動きが、実に巧みで淫らなものであることは……産まれて初めてそれを経験する悠也にも、じゅうぶんにわかった。腰から下のが、とろけるような甘い刺激に包まれる。ちあきはまるで、からかうように舌を動かした。腰を振って逃れようとしたが、しっかりと手で押さえ込まれた。なんとか上半身をくねらし、激しい快感に対抗しようと試みる……両手で口を押さえて、情けないあえぎ声が出るのを堪える。背中が弓なりになって、枕の上で頭だけが上半身を支えていた。ちあきは別に焦りもせず、たんたんと悠也の亀頭をなぶり続けた。

 あと一歩、あと一歩で限界、というところで、急にちあきの唇が離れていった。

  「……なあ、お兄ちゃん……明日の晩な……イソヤマのおっちゃんが、すき焼きやるんやて」
  「へええ????」……何だ?何なんだこんなときに。
  「お兄ちゃんも、タクも連れといで、言うたはんねん……何やったら、泊まっていったらええ、ちゅーたはんねん……お兄ちゃんも、行こな?」
  「………あっ……うっ……」ビクン、ビクン、と跳ねる陰茎の根元を、またぎゅっとちあきに掴まれる。
  「……行こな?……お兄ちゃんも……行こな?」
  「……あっ……うあっ」根元を押さえられながら、亀頭の先端を手のひらで転がされた。「ひあっ!!」
  「静かに。タクが起きるやろ……すき焼き、行こな?……一緒に来てや、お兄ちゃん……」
  「………あっ……いっ……」もう限界だ……言うしかない。「……いかせて………」
 
  ふっ、とちあきが笑った気がした。

  「……しゃーないなあ……口の中に、ぜんぶ出してええで……」
  「はあうっ……!!」かぽっ、と亀頭を銜えられ……さらに、ほとんど根元までがちあきの口に飲み込まれる。先端が、ちあきの喉の奥に当たった。
  「ぐううううううううっっっっ!!!!」手の甲を噛んで、激しい射精感に堪える。

 気がつけば、股間から顔を離したちあきに見下ろされていた。
  ちあきはほっぺたを膨らまして、目だけで笑っていた。
  そして、ほっぺたを一杯にしているものを……こくり、こくりと音を立てて全部飲んでしまった。

 


 

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