で、奥さんあんたいつも
ドンナふうにナニしとんねん。


作:西田三郎


■6■ 性器の形状

 「はあああ………なるほど、なるほど」ひとしきり、一人でしゃべり終えた後、刑事は大きく頷いて、腕組みをした。さも満足げな顔で。「いや奥さん、ホン マに参考になりましたでえ……いやほんま。ご協力感謝します……いや あ、スバラシイ、ほんまスバラシイ」
 
 そう言って刑事は調書のバインダーをぱたんと閉じると、前かがみでそ そくさと部屋を出て行った。
 
 わたしは、ぐったりとパイプ椅子の上に身を投げ出して、しばらく呆然としていた。
 たぶん、もう帰っていいはずだと思うが、立ち上がる気力が起きなかった。

 どれくらいそうしていたかわからない。
 やがて、ドアの向うからバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
 ドアが開いて、さっきとは違う刑事が入ってくる……これもまたサスペンスドラマでは、脇役レベルの顔立ちだった……さっきの男とコンビを組まされてい る、使えない部下、という感じだ。

「大丈夫でしたか?」
「……はあ?」船酔いしたような気分だったが、なんとか答える。
「さっき、あの男がこの部屋から出て行くとこを見たんです……もう、我々が確保したから安心してください……無事ですか?」
「確保?……無事?……ああ、はい……いや、まあ……」
 
 無事?……どういう意味で言っているのかわからないが、メンタル的にはまったく『無事』ではない。
 それにしても……どうなっとんねん。話が読めへんで。

「まことに申し訳ありません……ちょっと目を離したすきに、署員の目を盗んで……そのまま署内を徘徊していたみたいで……何か、妙なことをされたり言われ たりしませんでしたか?」
「いや、めちゃくちゃ言われましたけど……あの……ちょっとワケわかんない感じなんですけど、確保、とか徘徊、とか、いったいどういう事ですか?……てか わたし、もうさっきの刑事さんとおもいっきり、お話したんで……もう、帰っていいですよね?……もう、『参考人』の役目、果たしましたよね?」

 新しい刑事が、深々と頭を下げる。

「大変申し訳ありません……こちら側の不手際で……あの男は、警察官ではありません」
「ええ?」
「今朝、この近くの女子高校の前で、ズボンを下ろして着て突っ立っていたところを、保護したとこでして……少し精神に変調をきたしてる様子で、今のとこ ろ、わけのわからないことしか言わず、身元も何もわからない状態なんです……本来なら留置所に入れておくか、聴取室で話をきいておくべきところなんです が……部屋がいっぱいでして……署内の事務所で事情を聞いていたんですが……わたくしどもがちょっと目を離した隙に姿が見えなくなって……」
「ダメじゃなですか」声に力が戻ってきた。「ダメダメじゃないですか。大問題じゃ ないですか」
「いやほんんとうに、誠に申し訳ありません……こちら側の不手際で、まったく返す言葉も……」

 その後は、いかにも役人らしい空疎な言い訳がつらつらと並べられた。
 とりあえず、わたしは耳をOFFにして、その国家公務員の口の動きが止まるのを待った。
 
 刑事が繰り言を終える。

「……じゃあ……わたし……今日はもう、帰っていいですよね?……てか、帰らせてください」
「いや、ちょっとお待ちください」わたしが席を立とうとしたら……刑事がそそくさと真正面……さっきの男が座っていたのと、同じ位置に腰を下ろした。「ま た日を改めてお越しいただくのも、何かとご不便かと思いますので……いえいえ、お時間はそんなに取らせません。ほんの10分、いや、5分程度で終わります ので……」
「いやです。帰ります」
「では、ほんと手短に……ひとつだけ……」

 そしてその刑事は、わたしの内縁の夫の『性器の形状』に関して質問 をはじめた。




2013.11.08



BACK
TOP