で、奥さんあんたいつも
ドンナふうにナニしとんねん。
作:西田三郎
■3■ 始め方
相手が警察官で、ここは警察署だ。
わたしは別に、なにも悪いことはしていない……それでも、刑事の手を振り切って部屋を飛び出せない独特の雰囲気が、この男からも、この部屋の殺風景な景色からもじっとりと漂っていた。
わたしは、むくれて椅子に座り直した。
「美人はむくれた顔も、よろしおまんな〜……」ハゲ刑事が言う。
わたしはむくれっ面もすぐ消去した。
どうすれば、この男を喜ばせずに済ませられるのだろう、と考えたが、なかなかいいアイデアが出てこない。「あの、わたし、さっさと終わらせてウチに帰りたいんで……」
「終わらせるには、始め方も大事でんなあ……」と刑事がまた親指を舐める。「……いつも、どんなふうにしてダンナさんとナニをはじめはるんでっか?」
「どんな風に、って……」わたしは口ごもった。
質問があまりにも曖昧すぎる。
「いやいや、ナニはじめるとき、ダンナさんと奥さん、どっちから“ほな今晩、一発いこか”って言い出しはるんですか?」
「そんなにはっきりとは言いません。どっちから言う、とか、別に決めてませんし」
「だいたいの感じで、始める、っちゅー感じでっか……」刑事がまた、異国の言葉のような、心電図のパルス信号のような文字を、調書に書きつけている。ボー ルペンが紙の上を滑る音が、わたしの神経をさらに逆撫でた。「あれでっか、奥さんのほうから、“欲しい……”っちゅー感じになったら、自分からダンナさんに抱きついたり、 チューしたり、そういうことをしはるわけですか……なんか、いつもよりエロいパンツ履いてみたり、お風呂上りに、裸でダンナさんの前でエロいポーズとって みたり……」
「……それ、ダメなんですか?」語気が強くなる。「法律に触れるんですか?」
「……ふつう、で考えたら……あれでっか、逆に、ダンナさんのほうが……その、もよおしはった場合は……あれでっか。一緒に寝てたら、いきなり後ろからガ バっとか……一緒にテレビ観てたら、いきなりソファに押し倒されたりとか……台所で洗い物してたら、いきなりスカートを捲り上げられて、パンツ引き下ろさ れて、とか……あとまあ、帰ってくるなり玄関先でドサアっ!……みたいに押し倒されて、とか……そういう時もおまっしゃろ?」
「……………」
わたしは黙秘した。
確か、『黙秘権』、というのがあるはずだ。
……ちゅーか、『黙秘権』って、参考人にはあるんやったっけ?
わたしは逮捕されたわけではないし、留置所に入っているあの男みたいに、容疑者ではない。
だったら、『黙秘権』はあるのだろうか。
というか、こういう質問に答える義務があるのだろうか。
刑事は、さらに言葉をつづけた。
「ムリヤリっぽい感じでヤル、っちゅーのも……たまにはオツなもんでっさかいなあ〜……いやまた、僕んとこのハナシになってまいますけど(“なってまう” というのが、わたしにはよく理解できなかった)、僕と嫁はんみたいに、もう結婚して10何年、となりますと、ナニのときになんか、ちょっとした刺激がない と、なかなか盛り上がりまへんねんわ……奥さんとダンナさんみたいに、若い夫婦のことは知りまへんで?……でもたまに、ここぞ!っちゅーときは、それ なりのフインキ出さんと、僕のアレもこう(といって刑事は、右手の拳を上へぐん、と突きあげた)ならへんし……それに嫁はんのほうも、ジュワッ、と準備満 タンにならんもんでしてな……そやから、たまにコトニオヨブときは、子どもが寝たん見計ろうて、ガバッっと行ったりますねんわ……」
「………………」黙秘、黙秘だ。
「布団なんか敷かんと、そのまま畳の上に柔道技使うて、ゴロン、と転がしたりますねん……『ちょっと、あんた何?』とか、嫁はんが何言うても、『あかん て、タカシが起きるがな……』っちゅーたりしても……ああ、”タカシ”ちゅーんはウットコの中学3年の息子の名前なんやけど……(そんな情報、いら ん)……まあとりあえず、嫁はんは何言おうと、耳なんか貸したりまへんわ……そのまま、嫁はんの着とるもん、なにもかも全部、剥いて剥いて、剥きまくった りますねんわ……トレーナー剥いて、ジーパン剥いて、ババシャツ剥いて、ブラジャーは……ほんまは、ブチイッ!って引きちぎりたいとこですけども、やっぱ りそれやると嫁はん、後で怒りまっさかいに、出来るだけ手早くホック外して、もう部屋の向うまで放り投げて……ほんでパンツも、嫁はんが掴んでても、ゴムが伸び 伸びになるまで引っ張って、引きずり下ろしたるんですわ……」
「……………」
わたしは、聞いてないふりをした。しかし、聞こえるものは仕方ない。
なんせ、この部屋には刑事とわたし、二人しかいないわけだし。
「……でも、そこまで行くと、嫁はんも……口では『あほ!』とか『いや!』とか『あかん!』とかなんとか言うとりますけど、かなりコーフンしてきとんでっ しゃろなあ……声がなんか、艶っぽいっちゅーか、鼻にかかった感じ、ちゅーか、まあようするにエロい感じになってきよりますねん……ほんま、普段はキッツ イ嫁で、僕の稼ぎが少ないとか、息子にもっと構うたれ、とかウルサイことぬかしとるわりに、そういう場面になったら、ちゃんとテイコーの演技しながら、 気分が乗ってきよるわけですわ…………その証拠に、すっぽんぽんに剥いて、脚ガバーッ……って開いたったら……もう、そこがヌレヌレのビッショビショに なっとるわけですわ……」
「…………」
刑事の唇が、涎でヌレヌレのビッショビショになっている。
「……やっぱりなんやかんや言うて、嫁はんにはMっ気っちゅーかなあ……そういうとこがあるみたいですなあ……おんなじ女として、わかりまっしゃろ?奥さん」
この部屋に非常ベルはないだろうか。
これは質問なのか、尋問なのか、それとも単なるイヤガラセなのか。
刑事はわたしの反応を伺っている……次の質問が、濡れて光った紫色の唇から覗いているような気がした。
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