お母さんなんて呼ばなくていいのよ 

作:西田三郎

■夜がまた来る

 
 それから、白い顔の女は毎日のように英治の夢に現れるようになった。
 女が現れるのはいつも決まって明け方。
 気が付くと、女の能面のような無機質な顔がいつも英治を見下ろしている。
 はじめての時と同じく、女が現れると英治の躰はベッドに張り付けられたようにぴくりとも動かない。金縛りになった英治を、女は例の冷たい“舌”と“手”で、思うがままにいたぶり、弄んだ。 
 動けない体を蹂躙されながら、英治は毎夜、必死に意思の力による抵抗を試みた。
 
 これは夢だ。現実じゃないんだ。こんな夢を見る自分がどうかしているんだ。
 しかし、乳首を擽る“舌”の冷たさは本物であり、ブリーフ越しに固くなった肉茎を弄くる“手”が強制的にあたえる愉悦もまた本物である。そして、そうした責めに毎夜歓喜の声を上げ、悶え、屈服している自分がいることは現実であり、何より目を覚ました時にブリーフを濡らしている精液は否定することのできない事実なのだ。
 精液で汚れた下着を、人目を忍びながら洗面所で洗うのが、英治の早朝の日課となっていた。
 そんな状態が2週間続いた。
 英治はそれまで毎晩のようにしていた自慰を、まったくしなくなった。
 日常生活にも支障が出始めた。学校では常にぼんやりし、授業は頭に入らない。授業中に居眠りをすることもしばしばだった。元々白い方だった顔色は、ますます青白くなり、目の下にはうっすらと隈が浮かんできた。
 日差しの強い日には、走ると目眩がした。
 
 「おい、お前なんだか最近、痩せたんじゃないか?」夕食の席で、父が聞いた。
 「そうかな…」英治はよどんだ目で父を見て、答えた。
 「うん…本当…なんか、顔色も良くないみたいだし…」一重が心配そうに英治の顔を覗き込んだ。「大丈夫?」
 「うん…はい、大丈夫です…」なんとか、英治は答えた。
 「なんか、悩み事でもあるんじゃないか?」父が聞いた。
 「ないよ、そんなの」
 “毎晩夢に白い顔の女が現れて、その女に夢精させられている”などという話が、夕食の席でできるはずがない。
 「あの…英治くん、本当に具合が悪かったら、言ってね」
 「そうだ」父が嬉しそうに言った「一重に、鍼を打ってもらえよ。効くぞ」
 「…いいよ」英治はそっけなく答えた。
 その晩のメニューは、大蒜の芽とぶた肉の炒め物、そして薯蕷汁だった。それまで一重の作った料理をわざと残し、その自分の行為の子どもっぽさに自己嫌悪を感じていた英治だったが、今はそれどころではなかった。連夜の責めによりエネルギーを失っている体は、貪欲なまでに栄養を求めていた。英治は一重の作った料理をすっかり平らげるようになった。もう根拠のない子どもっぽい怒りや不快感は、肉体の欲求の元に影をひそめていた。
 
 その晩も、“白い顔の女”は現れた。
 目を開けると、いつものようにベッドの上に女のあの無表情な白い顔があった。
 英治は力無く女の顔を見上げた。心の中でだけ行う抵抗の意思も、もはやすっかり失っていた。
 “白い顔の女”の“手”がTシャツをいつものように首の下までめくりあげるのを、英治は黙って見守っていた。その後に味あわされる愉悦を、待ち焦がれている自分がどこかに居ることも判っていた。
 女の“舌”がまた淫らな愛撫を開始する。いつものようにむず痒いような快楽が、躰の奥で種火を灯らせた。
 しかしこの2週間、強制的に精を放出させ続けられた肉茎はぴくりとも反応しなかった。
 どれほど“舌”が、“手”が淫らに全身を嬲ろうと、英治の肉茎に快楽の血潮を集めることはもはや物理的に不可能なことであるように思われた。
 いつものように全身を嬲られながら、英治は“白い顔の女”に向かって、はじめて声を掛けた。
 「…もう…出ないよ…
 女の顔は相変わらず人形のように無機質なままだった。しかしその瞬間、ほんの一瞬、その能面のようにせせら笑うような笑みが浮かんだように英治には見えた。
 と、“手”が英治の躰を横向きに動かせた。そのまま、冷たい手が、背骨の形を浮き出させた英治の痩せた背中をまさぐる。
 「…?」
 女の手が英治の脊椎をなぞった。
 何かを探しているような手つきだった。
 と、突然、英治の背中に電流のような激しい感覚が走った。
 「んあっ……!」
 全身が痺れた。
 背骨から流れ出した稲妻のような激しい感覚が全身を駆けめぐり、目の前に火花が散った。
 やがてそれらは全て萎れきっていた英治の肉茎に集中した
 「…ああ…」
 力無く萎んでいた肉茎が、みるみるうち隆起していった。
 直接触られたわけでも、扱き上げられたわけでもない。
 しかし肉茎ははち切れんばかりに勢いづき、ブリーフを持ち上げ得ている。視線の下に、はげしく布を突き上げ、先端から溢れた悦びの液を滲ましている肉茎を、英治は見た。
 「…そ…んな…っ…んんっ…」
 そして、また“手”がその悦びの証を捉えた。“手”はゆっくりと、優しく、肉茎をしごきはじめた。
 「…んんっ…あっ…ああっ…うっ…」
 いつもより激しい感覚に、英治は飲み込まれていった。
 その晩は先ほどの言葉とは裏腹に、意識を失うまで3回も射精させられた。
 

 
 

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