お母さんなんて呼ばなくていいのよ 

作:西田三郎

■白い顔の女


 ずきずきと痛いくらいに高ぶった股間の欲望と必死で戦いながら、英治は眠れない夜を過ごした。やっと眠りらしいものにたどりついた時には、もう明け方近かっただろうか。カーテンの向こうから薄いブルーの朝日がやんわりと差し込んでくる中、英治は覚醒と眠りの狭間をただよいながら、奇妙な夢を見た。
 
 薄暗い部屋の中に、白い顔が浮かび上がってきた。
 能面のような、人形のような、女の顔だった。
 夢の中の出来事のせいか、不思議と恐怖は感じなかった。
 ベッドに横たわったまま英治は女の顔を見上げた。
 体は動かなかった。まるで金縛りにあったようだ。
 白い顔の女は、ベッドの傍らのすぐそばに立ち、上から英治を見下ろしている。
 見下ろしているという表現が正しいのかどうかわからない。薄い闇の中で、英治から見えるのは女の顔だけなのだ。それ以外、顔から下は…闇に隠れて見えない
 女の白い顔だけが、ぽっかりと月のように闇の中に浮かんでいるのだ。
 英治は呆然と女の顔を見ていた。
 表情のない女の目は、何の感情も見せずに英治を見下ろしている。
 と、突然、冷たいものが英治の頬に触れた。
 「ひっ
 あまりの冷たさに、英治の意識は一瞬にして醒めた。
 しかし、まどろみから解放されても、夢からは出ることができなかった。体がベッドに張り付いてしまったかのように、ぴくりとも動かない。
 英治の頬に触れた「もの」は、ゆっくりと英治の頬を撫で回すと、に移動した。それの表面は氷のように冷たく、弾力があり、湿っていた。まるで死人の舌のようである。
 「あっ」
 その“舌”が、英治の左耳を擽る。予測のつかない“舌”の動きに、英治の全身には一気に鳥肌が立った。“舌”は耳の穴をしばらくくすぐると、そのまま舌へ…首筋へ移動していった。
 「んっ…あっ…」
 英治は思わず声を上げていた。体中に悪寒が走り、くすぐったさと冷たさと、そして言葉では表現できない不快さが躰を駆けめぐる。しかし体はぴくりとも動かなかった。
 執拗に首筋を行ったり来たりする“舌”の動きから逃れようと身をよじるが、せいぜい躰を弓なりに逸らせることくらいしかできない。両腕と両脚はベッドに縛り付けられているかのようにピクリとも動かない。夢の中ではよくあることだが、それにしてもこの冷たさと、湿り気と、奇妙な弾力の現実感は何だろう。
 「あ…」
 首筋を思うがままに嘗め回す“舌”に翻弄されながら、英治はもうひとつの“”の存在を感じた。闇の中にとけ込み、目で見ることはできない“手”が、英治のTシャツの裾を持ち上げる。“手”が一瞬、英治の腹に触れた。“舌”と同様、氷のように冷たい感触だった。“手”はするするとシャツを胸の前まで捲り上げると、英治の躰の両側面に軽く触れ、そのままじわじわと下に降りていった。
 「んん…っ」
 脇の下から脇腹におりてゆく冷たい“手”。英治は身をよじった。しかり躰をくねらせるのが精一杯で、やはり躰はベッドに張り付けられたままだ。
 くすぐったさが冷たさと相まって英治の全身の肌を泡立てた。見えない指は英治の肌に触れるか触れないかの微妙な距離をはかり、ゆっくりと英治の胴をなで下ろす
 「あっ…」
 見えない指が、英治のパジャマのズボンに掛かった。
 英治は抵抗を試みたが、やはり体が動かない。少し腰をもじつかせただけで、空しくズボンは足首まで降ろされていった。
 ブリーフと、まだそんなに筋肉の浮き出していない、白い太股が露わになる。
 上半身はTシャツを胸の上まで捲り上げられている。
 薄い闇の中で、英治の白い裸身がまるで料理を待つ食材のように無抵抗に横たわっている。
 白い顔がそれを見下ろしていた。動けない英治は、ただ太股をすりあわせるしか出来なかった。
 「はっ…あっ!」
 突然、冷たい“舌”が英治の右乳首に触れた。
 「んんっ…くうっ…!」
 舌がゆっくりと、乳首を擽る。まるで英治の反応を楽しむかのように、“舌”は英治の右乳輪のまわりを何度も、何度も回転すると、そのまま蛞蝓の早さで左へと移動する。
 「あっ…んんっ…!」
 今度はの乳首を捉えられた。
 左も右と同じように、“舌”はゆっくりと味わった。
 英治はいつの間にか、悶え喘いでいた。
 全身を悪寒が走り回り、動けない四肢は空しくシーツを掻いた。
 “舌”そんな英治を後目に、自由自在に英治の躰の上を這い回った。
 両乳首をたっぷり転がした後は、鳩尾の真ん中をゆっくりと下り、へ。
 臍の穴を嘗め回した後は、ブリーフの上を乗り越えて内股へ。英治は両太股を閉じようとしたが、脚はやはり動かない。そればかりか見えない“手”は英治の両膝を掴むと、ゆっくりと左右に開き、さらに内股を責めやすくした。
 「は…ああ…あ…んっ…あっ…」
 寸分の抵抗もままならぬまま、英治は“舌”に全身を嬲られるしかなかった。
 “舌”に翻弄されながら、英治は自分が女のような喘ぎ声を上げていることに気づいた。
 数時間前、父の部屋の前で聞いた…一重と同じような声を、自分が上げている。
 そのことに気づいた英治は、必死に声を殺そうとした。しかし腹の底からこみ上げてくる喘ぎは、歯を食いしばり、唇をきつく閉じても止めることはできなかった。
 両方の乳首は固く立ち上がり、開かれた脚は吊りそうに引きつっている。
 辛うじてかすかに動かすことのできる腰は、明らかに自分の意志とは別にゆっくりと左右にウエーブを描いていた。その様を、白い女の顔が無表情に見下ろしている。
 「んんっ!…あっ…!やっ…!」
 突然、見えない“手”がブリーフの上から英治の肉茎を掴んだ。
 思いも掛けない動きに、英治は思わずのけ反っていた。
 視線の下端に、張りつめた肉茎がおかしな格好でブリーフの布を持ち上げているのが見える。そして見えない手の感触が、ゆっくりと肉茎から下腹へ、そして全身に広がってゆく。肉茎は熱く燃えるようだったが、それを掴んでいる手はやはり氷のように冷たかった。
 「はっ…!やっ…やめっ……!」
 肉茎を掴んでいる“手”が、ゆっくりと肉茎を上下に扱きはじめた
 全身の感覚が、まるで吸い寄せられるかのように肉茎に集中した。
 「んんっ…くっ…はっ…はあっ」
 英治に肉茎に与えられる刺激から逃れる術はなかった。なんとか頭の中でその感覚を意識から追いやろうと苦悶する。しかしそれは無駄な抵抗に過ぎなかった。意識から追いやろうとすればするほど、英治の全身の感覚は肉茎に強制的に集められ、集められた感覚は容赦なく高められてゆく。
 英治は視線の端でしごき上げられ、ブリーフの布を突っ張らせている肉茎の先端を見た。
 それは目を背けたくなるくらいに湿り気を帯び、ブリーフに染みを作っている。
 認めたくない事実だった。
 自分は姿の見えぬ存在に快感を与えられ、それに愉悦していた。
 “手”はさらに情けを知らず、英治の肉茎をしごく手を早めた。
 それと同時に、また冷たい“舌”が英治の乳首を、鳩尾を、を、内股を、縦横無地蹂躙し始める。
 「ああっ…あっ…ああっ…いっ…くっ…いっ…や…」
 英治は自分の上げる声の大きさに戸惑った。
 一重が先ほど上げていた、あの嬌声と同じだった。
 自分ははしたない好色な、あの女のように肉の悦びに声を上げている。
 絶え間なく続く“手”と、“舌”による淫ら執拗な愛撫。
 英治がいくらそれから逃れようとしても、持ちこたえていられる時間はそう長くはなかった。
 「んっ…あっ…くっ…」
 ビクン、と肉茎が脈打った。後はもう止められなかった。
 「んあああああああああっっ……………………………っっ!!!!
 全身が裏返るような激しい肉茎の律動が、英治に甲高い悲鳴をあげさせた。
 ブリーフの中に、したたかに射精させられた。
 頭が真っ白になり、そのまま英治は気を失った。

 
 

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