ノルウェイの鮭
作:西田三郎

「第6話」

■みどりがキチガイ病院に入るまで
 
 それからしばらくの間……2ヶ月くらいだったと思うが、僕はみどりと暮らした。
 家電製品が占めているスペースをぬって、人ふたりがどうにかこうにか横になれるくらいの、狭いスペースでの生活。もともとワンルームの部屋は一人で住む者のために造られている。だから二人で暮らすのはなかなか困難だった。だから僕らは……夜になると重なった。重なる以上の行為も、毎晩のようにした。僕が上だったり、下だったりもした。或いは右、もしくは左だった。この狭いスペースでは、二人で寝転がってテレビを観る以外に楽しめることといったら、セックスくらいしかなかった
 みどりと同棲し、毎晩のようにファック……ではなく“”ながら、昼間僕はちゃんと大学に通っていた。みどりは自分の大学には行っていないようだったが、時折ひとりでどこかへふらりと出て行くこともあった。
 最初は心配になった。しかし次第に、心配しないようになった
 みどりは僕に、夜毎セックスを迫った。僕はまだ二二十歳。しかし毎晩のセックスは辛い。
 やがて、みどりの存在が鬱陶しくなってきた。僕が大学から部屋に帰り、みどりがどこかへ出かけて居なかったりすると、もうこのまま帰ってこなければいいのに、と思うようにさえなった。

 みどりは毎夜のようにヤられ……いや“”たがったが、次第に僕に妙な要求をするようになった。

 「……もっと、やらしい事言うてえよ。……もっとあたしを辱めてえよ」
 「やらしい事って、どんな事よ」
 「なんでもええから、あたしを貶めてえよ」そう言いながら腰を振る。みどりは後背位が好きだった「……なあ、あたし、やらしい子やろ?……やらしい子におしおきして
 「この淫売が」そういって激しくみどりを突く「この色狂いの売女が」
 「……あっ………んっ……」みどりが調子に乗りはじめる。
 「……ほらほら、太ももまで液垂れとるがな。好き者!淫乱!
 「………あっ………うっ………い……淫乱?あたし淫乱?
 「そうじゃこの阿婆擦れ。誰でもええんやろう。突いてもらえたら、犬でもええんやろ?どや?こんなにべちょんべちょにして腰振りくさって……このメス豚
 「……も……もっと……もっと言って…………お願い、もっとめちゃめちゃ言うて……」
 「ほんまはムラカミに突いてもらいたいんやろう?……でもムラカミはもうくたばった。ムラカミやないと、ほんまは誰かてええんとちゃうんか。そやろ、そうに決まってる」
 「………あっ………んっ………いい………もっと、そのへん、攻めて……」
 “その辺”というのは肉体的なことを言っているのかメンタルなことを言っているのか、どちらなのか良くわからなかった。
 「………ムラカミがおまえの乱れっぷりを観たら、お前があいつの友達やったおれに、後ろから突きまくられて、ドロドロ汁こぼして、腰ふりたくってるとこ見ると、どう思うやろうな?……どや、こんなに感じて、ムラカミに悪いと思わへんのか
 「……あかん………あかん…………いく……い……いっちゃう
 「……ほれほれ、イくんやったら、“ムラカミくんごめんなさい”って言うんや」そう言って僕は腰の動きを緩める「ほれ、言うてみ“ムラカミくんごめんなさい”って」
 「……そ……そんな……」言いながらみどりが、激しく締め付けてくる。
 「……ほれ、言うんや“ムラカミくんごめんなさい”って」
 「あ………ん………む………むらか……み……くん」
 「そうや、ムラカミくんや。ムラカミくんに何て言うんや?ほれ、ほれ」
 「……くっ………ごめん………ごめんなさい………あっ……お、お願い、イかせて」
 「……あかん、もっと大きな声で言うんや」
 「そんな……」みどりが恨めしげに僕をかえり見る「……そんなん、隣の人に聞こえるやん
 「聞かせたりいな。イきとうないんか?」
 「……いじわる……あっ」4回ほど、念入りに出し入れする。
 「ほれ、言うんや」
 「ああっ……ムラカミくん………ごめんなさいいい!!……くうううぅぅっ!!」
 食いちぎらんばかりに僕の肉棒を締め付けながら、みどりはいつも信じられないくらい長い滞空時間を味わう。その締め付けはすさまじく、肉棒を抜くと、被せていたコンドームだけが彼女の中に残るくらいだった。

 そんな罰当たりなセックスに、僕もはじめはすごく亢奮した。
 しかし、毎晩これである。毎晩の夕食がすき焼きだったら、と想像してみてほしい。何もかもがイヤになり……セックスしていないときのみどりでさえ、顔も見たくなくなった。セックスしていないとき、みどりはまた幽霊に戻る。青白い顔で、あまり喋らず、時折ぶつぶつと独り言を言う。暴れ出したり、奇声を上げたりはしない。映画やドラマに出てくる精神異常者とは違う。見た目には、幽霊みたいというだけで、特に変わった様子はない。ほんとうの精神病は(まあ病気によっていろいろなんだろうが)思っているよりもずっと退屈で、その分辛いものなのだろう。

 みどりがおかしくなったのは何故だろうか?
 本当にムラカミの死が、彼女を変えてしまったのだろうか?
 僕には、とてもそうは思えない。確かにムラカミの死はみどりにとってとても辛い出来事であったに違いない……しかし、たった一度の悲劇で、人間はここまで心に深くダメージを蒙るものだろうか?死んだ奴は死んだ奴だ。しかも勝手に死んでいったのだ。よくよく考えると、自分とは何の関係もない。我々人間はしぶとい生き物だ。どんなに辛い経験をしても……食べたり、寝たり、風呂に入ったり、排泄したりする日々の生活を通して、ゆっくりとそれを忘れていくことができる。もし、みどりをおかしくしたのがムラカミの死であると短絡的に考えるのであれば……この世界は愛する者を失っておかしくなっている奴で一杯になっているはずだ。

 みどりとの生活にも、終わりが訪れた。
 僕が大学に行っている間に、みどりはふらふらと街を出歩き、あの日僕らが再会した家電良品店に入った。そこでムダ毛処理機の商品を手に取り、その場でパンツを脱いでムダ毛を処理しようとした。あまりのことに店員はたまげて、みどりを取り押さえ、僕は店に呼び出された。

 「もう一緒に暮せへんよ」みどりに言った。

 僕は故郷のみどりの両親に連絡をして、みどりを故郷に帰した。両親は直ちに、みどりを山奥の精神病院にぶち込んだ。時々手紙がくる店……5通に1通くらいは読んだ。
 
 そんなこんなで疲れきっていた僕は……大学でいつもきれいな脚を見せびらかせているミドリに出会ったのだ。

NEXT/BACK

TOP