ノルウェイの鮭
作:西田三郎「第5話」 ■愛の食べのこし
みどりの服を全部脱がせて、改めて僕は眼鏡をかけ直し、その体をじっくりと見た。
少しだけ、ほんの少しだけ豊な胸をべつとしては、みどりは未だに十代前半の少女のようだった。頼りない細い肩、少しも贅肉のついてない腹の上に、可愛らしい縦型のへそがちょこん、と乗っている。そこから薄い陰毛の翳りに続く、なだらなかな丘陵。痩せた太腿の間には、週刊誌一冊を差し込めそうなくらいの隙間があった。長いすね。生まれてこの方日光を浴びたことの無いような、真っ白な肌。確かにその肌はやはり、幽霊を思わせないこともない。
じっと見ていると、そのまま透き通って、消えてしまいそうな気がした。「……なあ……そんなにじっと見んといてえな……」そう言ってみどりは布団の上で身をよじった。「恥ずかしいやん。……タナベくん、眼鏡までかけなおして」
「……ごめん」しっかりとみどりのらしんを目に焼き付けたので、僕は眼鏡を外した。
そのまま顔を近づけて、みどりの耳元に吸い付く。
「……んっ」みどりはいっぺんに身を固くした「……ふつうに、してね」
「……ふつうって何?」
「ふつうは………つまり、ふつうやん。へんな事はせんといてな」
「へんな事って、どんなことよ」……ということは、ムラカミはみどりのこの少女のような肉体に怪しからん妙なことをしたということか。許せん。でも反面、ますます亢奮してもいた。
「……や、やさしく、してな」
「うん、わかった」
みどりの耳の穴に舌をこじ入れ、ねぶりまわした。みどりはくすぐったそうにしていたが、そのまま舌先をゆっくりと首筋に移動する。
「……あ……ん……」
みどりが右手で僕の肩を掴んだ。その手首を取って、布団に押し付ける。
舌先は行くよどこまでも。だんだん舌が舌に降りてゆき、なだらかな乳房のピークを経て、やがて乳頭に当到着した。
「……あっ………えっ………」
みどりは抑えられていない左手で僕の髪を掴んだ。僕はその手もとって、先ほど抑えていた右手と束ね、みどりの頭の上に押さえつけた。みどりは万歳をするような格好になった。
「……こんなん………タナベくん、ちょっと……」
聞く耳をもたず、改めて乳頭に吸い付く。みどりの背が、弓なりに持ち上がった。激しく吸い、甘噛みし、舌先でくすぐる度に、みどりの躰は面白いように跳ね回る。
「……あ……は………んっ……」みどりは囁くように声を出した。幽霊の喘ぎだった。
「………乳首、両方ぴんぴんに立っとるよ」僕がみどりの顔を見上げて言う
「……あほ」そう言うとみどりは僕を恨めしげに見て、ぷい、と顔を背けた。
「なあ、ムラカミは、君にこんなことしてくれた?」
「……え……?……何?」
「例えば、こんなこと」
僕はだしぬけにみどりの足元に移動し、膝頭を立て、大きく左右に開いた。
「いやっ………」みどりが驚いて目を見開く。一瞬だけ、みどりは幽霊ではなくなった「……そんなん、あかんて」
まじまじと、開かれたその部分を見た。かすかに潤いを帯びた、みどりの体内への入り口が見える。ムラカミも多分、こんなふうにして見たのだろう。見て、何を思っただろうか。多分、今の僕とさして変わらないことを思ったのだろう。素晴らしい。昔はムラカミのものだったかも知れないが、今は僕のものなのだ。ざまあみろ、ムラカミ。死んじまったお前には、今は何もできやしない。それを僕は今、自由にできるのだ。
「……いくで」
「ええっ………ちょっと………ん………」みどりが脚を閉じようとする。しかしそれを僕は許さなかった「……あかん……あかんって……それ…………あっ」
生牡蠣にそっと口をつけるように、僕は唇の先でみどりの入り口に触れた。
びくん、とみどりの躰が跳ねる。
腰をがっちりと掴み、下をゆっくりと使いながら、両手を次第にみどりの尻の下に持っていった。ぎゅっと少し乱暴に尻肉を掴み、音を立てて吸い付く。
「……あっ………やっ………」
自分でも感心するくらい舌先を器用に動かした。今日の今日まで、2人の女とファックした……いや、“寝た”が、その誰もが僕の口による愛撫をいやがり、実際にさせてはもらえなかった。だからつまり、僕にとって念願のクニリングスだった訳だ……しかもその相手は高校時代から思いを寄せていたみどりなのだ。僕は夢中で舌を激しく、しかし的確に動かした。みどりの腰は上下左右に振りたくられ、いつのまにか僕の頬は僕の唾液とみどりが滲み出させた体液でびっしょり濡れていた。
「……あかん……もう……あかん。タナベくん……やめて………もう……許して」
「ムラカミもこんなことしてくれた?」一息ついて、僕が顔を上げて言う。
「………」みどりは気分を害したらしく、膨れ面になって顔を背けた「……いけず」
ということは即ち、ムラカミも同じことをみどりにしていたという訳だ。
何かが僕の中でぷちんと音を立てて切れた。
「……ほら、好きな格好になってみ」
「……え?」
「いつも、ムラカミはどんな格好でやったんや?おんなじようにしたるわ」
「……もう……信じられへん……なんでタナベくん、そんな意地悪ばっかり言うわけ?」
「……したいやろ?ほら、おれをムラカミやと思てやな……」
「……好きにしてえな」またみどりは顔を背けた。少し本気で怒っている。
「よし、ほな」
「あっ」僕はみどりの躰をころん、と裏返した。敷布団よりも、軽い躰だった。
そのままみどりの腰を持ち上げ、突き上げさせる。
「そんな……いやや、こんなん」みどりが僕を振り返って言う。
「ほら、握ってみ」みどりの右手を取って、僕の肉棒を握らせる。
「え………そんな……ひっ……す、すごい……固い……」
「君のせいやからな……君のせいで、こんなになっとんねんで」僕はみどりの手に肉棒を握らせたまま、そのうえに自分の手を被せてゆっくりとしごかせた「ほら……硬い?ムラカミと僕のんと、どっちが硬い?」
「……もう、ほんまに怒るで」そう言いながらみどりの声は熱っぽくなっていた「……そんなんばっかり言うねんもん……タナベくん、嫌いや……」
「……そう?」みどりの入り口に、先端を押し当てる。
「んんっ!!」みどりが身を固くする「……お……お願いやし……やさしくして」
「……ムラカミはやさしくしてくれたんか?ええ?」僕は少し調子に乗りすぎていた。
「……もう……ええわ………そんなんばっかり言うんやったら」みどりはそう言って、顔を枕に伏せた「……させたげへんよ」
「……ほっ」重いものでも持ち上げるような掛け声とともに、みどりに分け入った。
「んんんっ………!!」枕に顔を押し付けたみどりが、シーツを握り締める。
きつかった。信じられないくらいきつかった。これは、いかん。どうかしている。
「……き、きついな」
「………い……痛い………痛いし………おねがい……やさしくして……」
とは言うものの、やさしくしていてはこれ以上進めそうもない。僕は頭のなかで暴走機関車をイメージした。密林を突き進む一個小隊を想像した。空に向かって飛んでいくスペースシャトルを想像した。そしてどうにかこうにか、肉棒を中ほどまでこじ入れた。
「……くっ………んっ………」みどりはまだ顔を枕に埋めて、さらに強くシーツを掴んでいる「……あ…………は………は、入った?」
「………う、うん、途中まで」
信じられないくらいきつい。どうなってんだ、この淫売は。
と、結合部を見て、萎えそうになった。なんと、鮮血がみどりの太ももを滴り落ちているではないか。……頭の中の雑念が、きれいさっぱり消え去った。どういう事だ、これは。みどりは高校時代から、ムラカミとやりまくっていたのではなかったか。いや、やりまくっているものとばかり思っていた。そうでないとおかしい。そうでないといけないのだ。それが現実である。みどりが処女だったなんて、現実的ではない。これは夢か?夢だとすると悪夢か?…………僕はますます萎えていった。このままでは、性交は不可能になってしまう。
「……びっくりした?」みどりが紅潮した顔をこっちに、向けて、うすく笑う。
「うん………かなり」
「でも、気にせんといてな。………タナベくんの、好きなようにして。めちゃくちゃにしてもええんやで」
テンションが戻った。
みどりが言ってくれたように、その後はめちゃくちゃに突きまくった。
「……あっ…………あっ…………ああ…………い……いた……いや、痛くない……んっ」
体位を変えた。
みどりを横にして、左足を高く担ぎ上げてまた挿入した。むちゃくちゃに突いた。みどりはシーツの端を噛んで、傷みと、ともすれば別の感覚に必死で耐えている様子だった。顔に汗をにじませて、目を硬く閉じ、真っ赤になっているみどりの顔。みどりはもはや幽霊ではなかった。幽霊とセックスすることはできない。僕は生きた人間とセックスしている。しかもほかならぬ、みどりと。
また体位を変えた……どんな体位だったかは覚えていない。メモを取っていたわけではないのだから。
信じられないくらい僕は、長持ちした。
みどりから引き抜いて、みどりの腹にぶちまけるように射精した。
シーツは、まるで陰惨な殺人現場のように血で染まっていた。
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