ノルウェイの鮭
作:西田三郎「第2話」 ■サイレン
「なあ……こんなことして、イヤやない?」
僕の腹の上で、ミドリが聞いた。大きな目に、くしゃくしゃのパーマ。どことなく小さな女の子みたいな顔だが、そんな上目遣いの表情はますます少女っぽかった。
いや、正直な話、ミドリの少女っぽさはいつも僕を欲情させた。
「なあ……聞いてんの。こんなことしても、イヤやない?」
「こんなことって、どんなことよ」僕はわざと素っ気なく答える。
「あんたのその悪い頭では、想像もつかないくらいいやらしいこと」そう言ってミドリは、口の端を歪ませて笑った。意地悪そうな笑みだった。しかしそれもまた、僕を欲情させた。
「……僕に想像できない?……ふうん、どんなことかな」
「たぶん、びっくりするよ、自分」
そう言うと、ミドリはしなやかでほっそりした躰を、僕の上半身の上で滑らせ……固くなった乳首で、僕の上半身に見えない2本の線を作りながら……下半身に移動した。
「……ねえ、一体そんなこと、どこで覚えるん?」
「おもにエロ本」ミドリは答えた「うちに一杯あるからね。でもこれからするのはエロ本で知ったんちゃうよ」
そう、ミドリの家はエロ本専門の本屋だった。その2階に、ミドリの住まいがある。店の主人だったミドリの父は、身体を壊して入院している。母は、とっくに亡くなっていた。ミドリにはひとり姉がいるらしいけど、その所在は妹のミドリのも知らない。
「ねえ、いい?……これからあたし、すごいことするで」
「……いいねえ、お任せするわ」
ミドリはニッと笑うと、僕の脚の間に顔を埋めた。
なんだ、フェラチオか、と僕が思っていると、突然、ミドリは本当に予想もつかない行動に出た。
「おっ!おい!」
確かにミドリは僕の肉棒をいきなり根元まで銜えたのだけど、なんと指を肛門に突っ込んできたのだ。しかもその中で指を動かして…ちょうど睾丸の裏あたりをまさぐりはじめた。
「……ちょっと……ちょっと待てって……あっ………ヤバ……ヤバいって……」
「へへ」ミドリが意地悪そうに笑う「ほれほれ〜…どこまでこの責めに耐えられるかな〜?」
「……あっ……おっ………おおうっ…………ぐはっ……」
一瞬にして僕はミドリの口の中に大量に射精していた。
いつものように…ミドリはそれをゴクリと音を立てて全部飲んだ。
まったくこの女にはいつも驚嘆させられる。
「……えへへ、すごいやろ。お父さんが入院してる病院の看護婦さんと仲良くなってな、教えてもらったんや」
「いったい親父の見舞いに言って何の話してねん」息も絶え絶えになりながら、僕は言った。
ミドリとは、大学で知り合った。最近大学にあんまり行ってないが、確か「フランス文学史」の講座でだったと思う。僕はとにかく人付き合いが大嫌いで、大学でもサークル活動などにも参加せず、友達もまったく作らなかった。苦労して入った大学だったけど…大学で見かけるのはどいつもこいつも繊細さのせの字もないバカ面揃いだった。とても話など合いそうにない奴ら。一体、どんな風に育ったら、あんなにバカ面になるのだろうと首を傾げたくなる連中ばかりだ。そいつらが、数人で群れては、一日中くだらない話(まあ、ほとんどがセックスに関する話題なわけだが)にうつつを抜かしている。次第に僕の足は大学から遠のこうとしていた…。
…そんな矢先に、僕はミドリと出会った。
ミドリもまた、僕と同じ孤独癖に取り憑かれているようだった。
はっきり言って、美人という訳ではない。かわいい、というのとも少し違う。いつもつまらなそうな顔をして、話し方もぶっきらぼうで、人にいい印象を与えることはあまりない。ほとんどアフロに近いようなくしゃくしゃのパーマの頭も、ひどく時代遅れな感じだった。
しかし素晴らしいのは、その脚である。
はっきり言って、僕は女性の脚に弱い。
ミドリはいつも、社会的通年に照らし合わせてみれば、非常識なほど短いスカートを穿いていた。そして、素足にサンダル履き。
その無愛想で人を寄せ付けない態度から、ミドリに声を掛ける男子はほとんど居なかったが、その脚を眺めずにおれる男子は、一人も居なかった。僕もその一人だった訳だが、僕はミドリに声を掛けた。
「ええ脚してるわ」僕がはじめてミドリに掛けた言葉だった。
「そう?」ミドリは僕の顔を見上げずに言った「ありがとう」
「君、その脚自慢に思てるやろ。そやから見せびらかしてんねやろ」
「…せっかくええ脚に産まれついたんやし、見せびらかさなバチが当たるやろ」事もなげにミドリがそう言ったのをはっきり覚えている「で、何?……脚を見せびらかせられると迷惑?」
「とんでもない」僕は言った「むしろ、有り難いね」
「“むしろ、有り難いね”」ミドリはオウム返しに言った「変わったしゃべり方すんねんな」
「時と場合によるけどな」
「“時と場合によるけどな”」ミドリがまたオウム返しに言う「ほんと、あんた変わってるわ。なんか、翻訳されたみたいなしゃべり方や。気持ち悪いわ」
「迷惑?」僕はめげずに言った
「ううん……自分、名前は?」
「タナベ」
「あたしは、ミドリ。よろしくね」
そして僕らのつきあいが始まった。
それにしてもミドリはセックスに関して異常なほど積極的だった。こんなに積極的な女の子に、僕はこれまで出会ったことがない…といっても、それまでに僕がヤッた……いや、“寝た”女はたったひとりみどりだけだったけど。
「……ねえ、こんな風にしたらイヤちゃう?…」
それがミドリの口癖だった。
無論、イヤなはずがない。
そんな訳で僕はミドリの家で…今はもう店じまいしているエロ本屋の二階で、ヒマさえあればヤり狂った……いや、“寝た”。
「……ねえ、うしろから、して。ええやろ?」ミドリはそう言って躰を裏返すと、形のいい尻をこっち向けた。「……あ、できる?」
「……うん」自分でも呆れ返るが、僕はもう復活していた。イエス・キリストでもこうはいかないだろう「……大丈夫みたい」
こちらに向けられた尻に手を添えて、もう片方の手で肉棒を握り、狙いを定める。
「挿れるで」僕はわざと囁くように言った「欲しい?」
「……あほ」ミドリが少し拗ねたような声で言う。そういうところは、いじらしい。
「……ほれ」
「……あっ」
ミドリの背中が反り返り、肩甲骨の形がしっかりと浮き上がる。なんと素晴らしい光景だろう。わざわざ北極まで出かけてオーロラみたいなくだらない観たがる馬鹿もいるが、そんな馬鹿にはこの角度で見るミドリの浮かび上がる肩甲骨の形の素晴らしさなど、多分一生かかっても理解できないだろう。
「……はっ……んっ…………」
僕が腰を使い始めると、ミドリはいつものように遠慮がちに声を出した。腰の動きを早めてみる。
「………あっ………んっ……や………すごい、固い……」
「さっきのお返しやで」そう言って、僕はミドリの肛門を指で触れた。
「やんっ……ダメやって……そんな……あかんって」
「……ダメやないよ。不公平やないか」
そのままゆっくりと、ミドリの肛門を指でいじくる。ミドリはさらに烈しく、僕の肉棒を締め付けた。
「………あっ………んっ………だから………あかんって……」
「……指、入れてほしい?」
「あかん………ほんとに………あかんっ、て…………あんっ!!」
指を入れてやった。人差し指を、強い圧迫感が遅う。
「…………や………だ………」ミドリが起こしていた上半身を倒し、枕に顔を埋める。
「……看護婦さんは教えてくれへんかった?女の人もこうされると気持ちいいねん、て……」
「あほ……」ミドリが枕に顔を埋めたまま言う「……そ……そんなん、ど……どこで覚えたんよ……」
「おもに、エロ本」
「……う、うそ……」ミドリが熱っぽい目で、僕を省みた「みどりさんやろ?」
「……萎えるようなこと言うなよ」言葉とは逆に、僕はますます固くなった。
「あ……」ミドリが言った「サイレン……聞こえる?」
「……しゅ、集中せえよ」
「………か……火事ちゃうかな………なんか、近いみたい」
「……隣かもな」
「……隣やったら、どうする……?このまま、繋がったまま逃げる?」
「……君は前足、僕は後ろ足で……?」
「………ほんま、サイレン、近いよ」
「……だから……」もう限界が近かった「……集中せえって」
「………なあ、もし火事が隣で、この家に火が燃え移っても、このまま焼け死んでまえへん?」
「……繋がったままで……?」
「……そう、繋がったままで………」
「………消防と警察が、びっくりするやろな」
「………ん………で、新聞に載んねん“書店全焼。焼け跡から性交中の男女の焼死体”って……ああっっ…………やっ………あかんって……言うてるやろ、それ……」
ミドリが余りにもくだらないことを言うので、肛門に挿入した指をぐにっと曲げてやった。ミドリはますます強い力で、二つの穴を締め付けた。見ると、太股に粘液が垂れていた。
「………で、その焼死体の男の方の指は、女の方のケツの穴に入ってるちゅう訳か」
「……あ……あほ………あっ……あ、あ、あ、あ……んんっっ!!」
ミドリがオルガスムスを迎えたのが判った。オチのないくだらない話のオチ代わりだ。
僕はミドリの背中の上に、ぐったりと倒れ込んだ。
ほんとうにサイレンは近かった。
「……良かった?」ミドリが聞く「………もう一人のみどりさんより?」
「……その話、やめてくれへんか」
……そうだ、みどりから、来てくれと手紙が来ていたんだった。
みどりに……みどりに会いに行かなきゃならない。
人生というのは、とかく面倒くさい。
<つづく>
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