必殺にしきあなご突き
作:西田三郎「第5話」 ■返す言葉もありません
あたしはぐったりと動けなくなった彼女を抱きかかえるようにして、次の駅で降りた。
あたしの学校の最寄り駅より二つ手前の駅で、こうなるともう遅刻は確実だったけど、そんなことを考えている場合ではない。彼女は全体重をあたしに預けていたんだろけど、その身体は縫いぐるみのように軽かった。
傍目にあたしたたちは貧血少女とそれを介抱する友達、というふうに見えたかも知れない。
あたしは彼女をベンチに座らせると、どう声を掛けていいものか悩んだ。
彼女はぐったりとベンチに座り、項垂れている。長い前髪が垂れて、その表情を伺うことはできない。一歩近づくと……彼女の汗の匂いとシャンプーの香りの混ざり合い、あたしはまたも気が遠くなりそうだった。
「だ………」あたしは唾をごくりと飲み込んで言った「大丈夫?」
「………………」ゆっくりと彼女が顔を上げる。
焦点を失った黒目がちの目が、ぼんやりとあたしの顔を捉えている。
ああ、もう、なんだか……あたしの心臓は今にも胸から飛び出してホームに転がりそうだった。
「………あ、あの………」なにか、彼女に言うべきなのだろう。
黙って彼女が辱められるのを見ていたことに対する、詫びの言葉かなにかを。しかし……その気持ちはなかなか言葉にならない。その気持ちをどんな風に言葉にすれば、彼女に謝意を伝えながらも、彼女を傷つけずにすむのだろうか?………あなただったら何て言う?
「………………楽しかった?」ボソっと彼女が言った。思ったより低い声だった。
「……え?」
「………見てて、楽しかったんでしょ?」そう言うと彼女はまた視線を落とした。
「そんな…………」
「今さら、何が“大丈夫か”よ」彼女は吐き捨てるように言った「目の前で他人が痴漢されてたら、助けるよねえ?ふつう」
「…………」あたしには返す言葉がなかった。
「………面白い見せ物だったでしょ?あんた、ああいうのを見るのが好きなんだ。見かけによらず、すけべえなんだね」
「……だって………」あたしは口ごもりながら言葉を続けた「……でも、それなら何であなたも、抵抗しなかったの?………その、あの………まさか………あのおじいさんが……」
「にしきあなご突き」彼女があたしの言葉を制して言った「“必殺にしきあなご突き”だってさ」
「……………ま、まさか」あたしは一歩後じさった「本当だったんだ………」
「………3週間前から、あのジジイに目つけられてんの。いきなり電車の中で背中をずん、ずん、ずん、って突かれてさ。そしたら体中が痺れて、声も出なくなっちゃって………で、ジジイが耳元で囁いたわけ『安心しなさい。そのままじっとしとったら、すぐええ気持ちにさせたげますけん。“必殺にしきあなご突き”っちゅうんですわ、コレ』ってね。そっからは………」
「…………乗る電車とか、車輌換えたりとか……」
「あたしもバカじゃないんだから、それくらいしたわよ。でもジジイ、どんなに電車換えても、どこからともなく現れて、気がついたらピッタリあたしの後ろに立ってんの。まるで幽霊か妖怪みたい」
「……警察とかに言ったほうが………」
「……………」じろり、と彼女があたしを睨んだ。美少女に物凄い目つきで睨まれるというのは、思った以上にゾッとするものだった「……あたしがどんなことされてたか、あんた見てたんでしょ?」
「…………」あたしは無言で頷いた。
「………いっちゃったかどうか、聞かないの?」
「え、えええ????」わたしは耳を疑った……というか、ほんとうに自分の頭が妄想でおかしくなったのかとさえ思った。「な、何て?」
「……さっきあたしがいっちゃったかどうか、聞きたくない?聞きたいんでしょ?どんなに気持ちよかったか、知りたいんでしょ?……あんなワケのわからないジジイに弄り倒されて、いっちゃうなんてとんでもねえ助平女だな、バッカじゃねえのこいつ?って思ってるんでしょ??そうでしょ??」
「………そんな………」あたしはさらに、2歩後じさった。
「“警察に言ったら”?…………あたしがされてたこと見て、その結果どうなったかまで見てて、あんたほんとうによくそんな事言えるわね。あたしに警察に行って、あのジジイにされたこと全部話せって……?…………あんたは見てただけだから、そんなこと言えんのよ。あんたもあのジジイに“必殺にしきあなご突き”で固められてみなさいよ。それから、あんなことやこんなことされてみなさいよ。……どんなに情けなくて、死にたい気分になるか判るから。…………あ……それとも、ひょっとしてあんた………」彼女が言葉を切る。怒りに燃えていた彼女の目に、さっと別の色が浮かび上がる。「………ああいうこと、されてみたいわけ?………そうでしょ、そうなんだ………だからあんた、あたしがあのジジイに酷いことされてんのに、それを黙って見てたんだね。………あんた、あたしがおっぱい揉まれたり、アソコ触られたりしてるのを見ながら、自分がされてるみたいに感じてたんでしょ?…………ひょっとして、あんた、濡れてない?」
「ええっ………!そ、そんな!」実際、濡れていた。
「あんた、今日寝る前に、あたしがジジイにされてたこと思いだして、オナニーするんでしょ。するよね。絶対するよ、あんた。何だかオナニー好きそうな顔してるもん。……あんた、想像の中で、あのジジイにあたしがされてたこと、自分がされるところ想像して、オナニーしまくるんでしょ。何回も何回もするんでしょ。パンツの中グッチョグッチョになるまで、指がふやけるまでするんだよね。今日だけじゃなくて、明日も、明後日も、しあさっても!!!」
あまりにも後じさり過ぎて、あたしは危うくホームから線路に落ちるところだった。
彼女は燃えるような怒りと、狂気をともなった嘲りを以て、あたしを罵り続けた。
丁度その時、後続の列車がホームに入ってきたので、あたしは逃げるようにそれに飛び乗る。
ドアが閉じて、窓ガラス越しに彼女を見た。
彼女はベンチからまだあたしを睨み付けている……電車が発車するまでの数秒間が、ものすごく長く感じられた。意味もなく泣きたくなる………己の不甲斐なさと情けなさに。
彼女の言うとおりだった。
あたしはその晩、今朝電車でみたあの光景を思いだしてオナニーをした。しまくった。
<つづく>
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