必殺にしきあなご突き
作:西田三郎「第4話」 ■目の前の、まな板の鯉
あたしは注意深く、それまでいやというほど惹き付けられていた彼女の顔から、その下に視線を落とした。
彼女の身体から漂ういい匂いがふあっと舞い上がってきて、一瞬くらくらする。
とても華奢な身体だった……紺色のセーターも、あたしが来ているようなビロビロではなくて、しっかりと身体の線に合ったものだ。その深い紺色が、その身体全体の線の細さを際立たせている。
あたしはまた見とれてしまうところだったが、ようやく彼女が置かれている危機的状況に気づいた。
そのセーターの表面が、もぞもぞと動いているのだ。
まるで彼女の服の中に紛れ込んだ中位サイズのカニが二匹、布地の下で蠢いているみたいである。そのカニの一匹は彼女の脇腹のあたりで停まってもぞもぞと動き……もう一匹は………Vネックのセーターの襟元の下に腰を据え、やはり同じ腰にもぞもぞと動いている。
これは、痴漢だ。頭の鈍いあたしはようやくその事実に気がついた。
彼女は背後に立った何者かに、セーターに手を突っ込まれて上半身をまさぐられているのである。
彼女のセーターの中に潜り込んだ手が、ごそごそと動き回ってセーターの布地に奇妙な凹凸を作る。生まれてはじめて目の前で見る痴漢だった。
あたしは顔を上げてまた彼女の顔を見た。
彼女はますます眉間を悩ましく寄せ、縋るような視線であたしを見ている……声の出ぬ唇をゆっくりと動かしながら……“たすけて”を繰り返しているのだ。
いや、これは非常事態だ。黙ってぼんやり見ている場合ではない。
何とかしなければ……何とかしなければ……あたしはそう考えながらも、彼女の切なげな表情を堪能せずにおれなかった。何とかしなければ、助けてあげなければ、というのは、あたしの理性の声である。しかしなぜかあたしはそれに従うことができなかった。
あたしの心は、その時点で完全に勃起していた。
ピクッと、彼女の眉根が上がる。
身体は動かないが、目を動かすことは出来るらしい。
黒目がちな目が、足下を向く……あたしもそれにつられて、下を見た。
彼女のセーターの中から撤退した2本の“手”が見える。ぞっとするほど骨張っていて、ミイラのように干からびた手のひら。慌てて彼女の後ろに立っているその手の持ち主の顔を見ようとしたが、その人物は極端に背が低いのか、それとも頭を思いっきり屈めているのか、顔をはっきりと見ることはできない。……しかし、彼女の肩口からは、くしゃくしゃの白髪頭が覗いていた。まるでタンポポである………つまり彼女の後ろに立っている男は、老人なのだ。
それもかなりの高齢の。
“噂だけどね、その『“必殺にしきあなご突き”使い』は、大昔から、10年ごととかに現れるんだって”
そう言えば、裕子のバカ話の中に、そんな部分があった。……いや、それにしてもまさか……。
老人の手は、彼女のスカートの腰まわりからブラウスの裾を引き上げ、外に出し始めた。
それでも彼女はまったく身体を動かせず、切なげな表情と、声のない叫びだけであたしに助けを求めるばかりだ。
老人は彼女のブラウスの裾を完全に外に出してしまうと、今度はそれをゆっくりとたくし上げはじめる。
彼女の白いお腹と縦型のお臍が露わになり、あたしの目は飛び出しそうになった。
老人の指が伸びて……その可愛らしいお臍に触れる。
ぴくん、とお臍が収縮するのが見えたような気がしたが……気のせいだろうか?
『助けてよ……助けてったら………』彼女が声を出さずにあたしに訴えかける。
しかし何故か……あたしの身体は動かなかった。
正直に言おう。
こんな綺麗な子が満員電車の中、公衆の面前で萎れきった老人に辱められようとしている………その成り行きを見届けたい………あたしの心を、そんな反社会的かつ超変態的な思いが支配していた。
老人はだんだん彼女のブラウスの裾をセーターごと上へ上へとたくし上げていく……。
ほんとうにきれいな躰だった……腰は細く、そこから上に伸びる胴は、腋にかけてゆるいカーブを描いている。おへその周りには、うすい脂肪の膜が見え、かすかな陰影を映し出していた。思わず指で“ぷにっ”と突きたくなってしまう、そんな可愛らしい肉の盛り上がりだった。
シャツが鳩尾のあたりまで持ち上げられて、肋骨の下が作るうすい影までが見えた。
彼女は顔を真っ赤にして、固く目を閉じた。そして唇を噛みしめる。もうあたしに救いを求めるのは諦めたのだろうか?
いや、もとよりあたしに助ける気などはないのだが。
老人の片手が彼女の背中の方に周り、固く閉じていた彼女の目が大きく見開いた。
多分だと思うけど……ブラジャーのホックを外されたのだと思う。
思えば裕子も、そんなことをされたと言っていたことがある。いくらなんでもウソでしょう、とあたしは思っていたが、今、目の前でそれは起こっている。
『いや……い……や……』彼女の唇だけがその形に動いた。
まくり上げたシャツとセーターの裾から再び侵入した老人の手が、彼女のおっぱい方面に向かっているのが判る。マンガに出てくるモグラが地面の土を盛り上げながら地中を掘り進んでいく、あの滑稽な様子を思いだした。やがてその両手は彼女の胸……ホックの戒めが解けたブラジャーと、彼女のおっぱいとの間に侵入した……ようにあたしには見えた。
『くっ……』
また彼女がきつく目を閉じ、唇を噛みしめる。
その後、セーターの上から見た老人の手の動きのいかがわしさは、尋常ではなかった。
彼女はそれほど胸が大きな方ではないらしいが(多分、あたしの方が少し大きいだろう……優越感に浸っている訳ではないけれども)老人はそれを、まるでそば粉でも捏ねるように、じっくり、丹念にもみ上げ始めた。乱暴にめちゃくちゃに揉んでいるのではない。変な話だが、その揉み方、捏ね方には、余裕と熟練のようなものが感じられた。彼女の両方の胸を左右に押し広げるようにしたかと思えば、今度は上下に持ち上げ、馴らすように撫で下げる。かと思えばまた再び胸を持ち上げた状態で、指をぐねぐねと動かす。
直接彼女のおっぱいや老人の指が見える訳ではなく、全てがセーター越しであることがまた、いかがわしさを際立てている。
老人は彼女の胸を思う存分堪能し……あたしはそれを凝視していた。
老人の人差し指と親指が、彼女の乳首を挟み、それをじっくりと刺激しているのさえわかった。
あたしは固まり、全身汗びっしょりになりながらも、彼女の乳首が両方一度に弄ばれるのや、彼女のきれいな眉がぴくっ、ぴくっ、と痙攣するのを見ていた。気がつくと、物凄い鼻息が出ていた……彼女からあたしを見ると、あたしが耳まで真っ赤になって最高潮に亢奮しているのが判っただろう。
老人は散々彼女の胸を弄ぶと、左手を彼女の胸の上に残したまま、右手をブラウスの裾から出した。……そしてそのまま、手を下半身に移動させていく。
“ま、まさか”
そのまさかだった。老人の手は、彼女のスカートを前からゆっくりと持ち上げ始めた。
彼女は動けず、声も出せないまま、ひどく狼狽し、目をぱちくりさせ、口だけ『いや、いや』と言っている。……本当に彼女には申し訳ないが、そういう様を見ていると、あたしの心の中の勃起はますます高まっていく。いつのまにかあたしは……なるほど、痴漢の心理というものはこういうものなのだな、と意味のない共感を彼女の背後の老人に示してした。
スカートの裾はぐんぐん持ち上げられ、ぴったりと閉じられた彼女の白い太股が見えた。
ああ、なんて綺麗なんだ。特に膝小僧から太股にかけての太くもなし、ガリガリでもなしの美しい曲線。そしてそのなめらかな肌。
老人の手はその太股をゆっくり、いとおしむように撫で上げ始めた。
老人の掌を通して、その素晴らしい感触があたしに伝わってくるようだった。
と、老人がさらにスカートの裾を持ち上げる。
ナイロン地でベージュの、少し大人っぽいパンツが見えた。あたしの履いている3枚1000円のバーゲン品とはまったくの別物である。あたしはそんな3枚1000円に相応しい女。彼女はそんな高そうなパンツを履いていなければならない美少女だった。
そして………老人の枯れ枝のような指先が、パンツの上縁からゆっくりとその中に侵入していく。
ああ、ああもう。
なんといういやらしい眺めなのだ。
彼女は何かの痛みに堪えるように、目をぐっと閉じ、唇をきつく結んだ。
パンツの中に侵入した老人の手は、ますます奧を目指し………ある一定まで忍び込むと、ぴたり、と停まった。
彼女は唇を震わせているだけで、微動だにしない。
老人も指を動かさない……胸元の手だけは休まず彼女の左のおっぱいをやんわりと揉み続けているのではあるが。
老人は、何かを待っているようだった。
彼女は何かに耐えているようだった。
彼女の顔がますます赤くなり、額から、こめかみから、うなじから……一滴ずつ汗の筋が落ちる。
しばらくそんな状態が続いた。
あたしは自分が降りるべき駅のことすら忘れて、二人の「観察」に没頭していた。
「………は………はあ」はじめて彼女が、溜息のようなものを漏らした。
唇はわなわなと震え、閉じられた瞼はぴくぴくと動き、今にも泣き出しそうだった。
それを合図に、パンツの中に侵入した老人の指が小刻みに振動を始めた。
それはものすごい勢いで、その手の甲があたしの太股にビシビシと当たるくらいだった。
老人の手の動きはさらに早くなっていく………彼女はしっかりと歯をくいしばり、必死で何かを堪えていた。しかし……それでも彼女は泣かなかった。
「は、は、は、は……………………………………はっ、んん、んんんんっ!!!」
そこで彼女の顔が最高潮に赤くなり、歪んだ。息を最大限まで堪えているときのような表情である。やがて、彼女はぶるぶるっと全身を震わせて………大きく溜息をついた「はああ………」
と、車内に駅への到着を報せるアナウンスが響いた。
老人の両手が、彼女のブラウスの中とパンツの中からすばやく後退する。と、その両手が彼女の両肩をしっかりと捉えた。(先ほどまでパンツに入っていた老人の指先が、粘液で塗れ光っているのをあたしは見逃さなかった)と、老人は彼女の肩をしっかりと掴んだまま、親指で押し出すように彼女の首の付け根あたりを押す。
“ごりゅ”という、はっきり聞こえる大きな音がして、それと同時に彼女がぐったりとあたしに身を預けてきた。
「????」
あたしは正直戸惑ったが、息も絶え絶えの彼女を抱きかかえているよりなかった。
その時、初めて老人の顔が見えた。
ぼさぼさの白髪頭の下に、銀縁の老眼鏡が見え、その向こうには落ちくぼんだ目があった。
しわくちゃの顔の中で、その奧目だけが鈍い光を放っている。比喩的な表現ではなく、ほんとうに。
「ご馳走様でございました………」老人は小さく、しかしはっきりそう呟くと、次に停車した駅でそそくさと降りていった。信じられないくらいの素早さだった。
あたしは美少女を抱きかかえたまま、車内に取り残された。
「だ………大丈夫?」いったいどの口がそんなことを言えたのかわからないが、あたしはそう言った。
「………お……降ろして……次の駅で……」荒い息とともに、力無く彼女が答えた。
<つづく>
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