詳しいことは知りませんが
作:西田三郎■ジョイライド
指定されたのは駅前のデパートの前だった。
その日は雲ってたから、暗くなるのことさらも早かったな。
知ってる?最後にクリスマスに雪が降ったのは17年前なんだって。
でも不思議だよねえ。普段みんな、雪が降れば寒いとか服が汚れるとかぐちぐち文句言いたがるのにさ、クリスマスだけは雪が降ってほしいなんて、虫のいい話だよね。
そこはけっこう待ち合わせ場所として人気があるとこだったから、相手を待ってる間抜け面の男や頭のヌルそうな女が何人も立ってたっけ。正直、初対面のひとがあたしを見つけられるかどうか不安だったよ。一応、あたし、一番良い服着てこいって言われたから、昔学校の卒業式で着て以来、一回も着なかった薄いグレーのスーツ着ていったけどね。その上にぜんぜん合わないボアつきのナイロンのハーフコートだからさ、目立つことは目立つと思ったんだけどさ。
で、待ち合わせの時間…確か、6時半だったかな…ぴったりに、おじいさんが現れたんだ。
びっくりしたね。まさかこんなおじいさんとは。
おじいさんはあたしよりずっと背が小さかった。ひどく痩せていて、ちゃんとスリーピースの紺色のスーツを着てた。かなり古いものみたいだったけど、モノは良かったよ。凄く手入れして、大事に着てる感じ。靴なんかピッカピカだったしね。
そのおじいさんはあたしの前まできて、ゆううううっっくり、あたしのつま先から頭のてっぺんまでを確認するように見上げた。やらしいとかそんなんじゃ全然なくて、まるでロボットみたいな動き。あたしの全身をスキャンしてるみたいだったな。
「あなたですね」と、おじいさんが言った。
さっきの電話の声はかなり不明瞭だったけど、そのおじいさんが電話の主だとはっきりわかったね。
「こんばんは」あたしはおじいさんに言って、笑顔を作った。
「こんばんは」おじいさんは無表情のまま反復すると「わたしについてきてください」
と言って、くるりと背を向けて歩きはじめた。あたしは大慌てで、おじいさんの後を追った。そのおじいさん、なぜか歩くのがめちゃくちゃ速いんだな、これが。
駅前のロータリーに黒い、古い型の車が停めてあった。
びっくりしたね。中にちゃんと運転手が乗ってんだから。おじいさんは手慣れた仕草で後部座席のドアを開けて、あたしを招き入れてくれた。なんか、すごく絵になる動きだったんで、感動したな。なんかあたしもそんな扱いを受けるエライ人になったような気がしてさ。悪い気はしなかったよ。あたしが乗り込むと、おじいさんもあたしの隣に乗り込んで、ドアを締めた。
「出してくれ」と、おじいさんは運転手に言った。
運転手は一瞬振り向くと、無言で頷いて車を出した…運転手はこれまたロボットみたいな人で、年は40くらいだったけど、とても躰が大きくて、いかにも“屈強”って感じだった。その人は黒いスーツに、黒いネクタイ。ほら、あの映画“マトリックス”の、悪者みたいな、あんな格好だった。
五分ほど走ったところで、おじいさんがわたしに封筒を差し出した。
中を観ると、お札が入っていた。いきなり?と思ったけど、あたしどんな顔したらいいのかわからなくて、ヘラヘラ笑ってみせたんだ。
「25万円、今日の報酬の半額です。」おじいさんはあたしの顔を見ず前方をまっすぐ見て言った。
「はあ、どうも」
「残り25万は、終わってから、明日の朝お帰りの際にお渡しします。それでよろしいですね?」
声は静かで、調子はふつうだったけど、なんか有無を言わせない感じだったな。
「はあ…」あたしはそんな間抜けな相槌をうちながら、封筒をコートの内ポケットに入れた。
「…それと、今、ここからお願いしたいことがあります」
「え?」
まさか今すぐ車の中でしゃぶれ、とか言うんじゃないだろうな、と思ったけど、そんなフツウのことではなかったね。
おじいさんはさっき封筒を出した内ポケットから、アイマスクを取りだして、あたしに手渡した。
「これをつけてください」
「はい?」
「これからご足労いただく場所は、絶対に秘密の場所なのです」
「はあ」
「ですのであなたには大変不自由をお願いすることになり、申し訳ないのですが、明日お別れするまで、そのアイマスクをつけて頂きます。あなたは大切な秘密を漏らすような方とはお見受けしませんが、とりあえず念のため、です。お願いできますか」
「はあ」それ以外の返事ができないような雰囲気だったな。
あたしは素直にアイマスクをした。以降あたしは、何も見ていない。
そのまま30分くらい…目隠ししてたからはっきりはわからないんだけど、車は走っていたかな。…でも、なんだか同じとこをぐるぐる回っていたように思うんだ。
ほんのかすかに、かすかにだけど、コンビニの前でクリスマスケーキをたたき売ってる女の子の声が4回、聞こえたからね。まあクリスマスなんで、どこのコンビニでも同じようなことやってるだろうし、4回聞こえた女の子の声が、同じ声だったか、といわれると自信がないんだけど。
やがて車は街から少し離れた、何か静かなところを走りはじめた。
その間、運転手もおじいさんも一言も口を効かないの。
「喉が乾きませんか」だしぬけに、おじいさんが言った。
「え、ああ、はい」あたしは曖昧な返事をした。
「ジュースです。渡しますよ」とおじいさんはアルミ缶を手渡してくれた。どこから出したんだろう?また内ポケットから?…いやそんな、手品師じゃないんだから。ジュースはちゃんと冷えていて、飲み口にストローを刺してくれてた。あたしは見えないながらもそれを銜えて、飲み込んだ。
グレープフルーツの味だったかな。冷たくて、美味しかった。
…でも、なんだか、そっからがヘンだったんだ。
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