今晩中にできる女 作:西田三郎

■ナイトホークス


 ロイヤルホストに着いた。
 「お一人様ですか?」あたしより少し若いくらいの、髪の毛を茶色に染めた店員さんが聞いた。
 ちょっといい男だったので、あたしはなんとなく笑った。でも無視された
 「あ、敬子ちゃん!こっちこっち!」
 奥の方から倉本さんの声がした。
 倉本さんの隣には、これまでに会ったことのない30歳くらいの太った男の人が座っていた。
 席に着くと倉本さんがあたしににっこりと笑い、隣の太った男の人に意味ありげに笑い掛けた。
 太った男の人は倉本さんのほうもあたしのほうも見ずに自分の足下を見て小さく笑った。その人はその場では一回もあたしに目を合わせなかった。
 「な、可愛いでしょ、この子」倉本さんが言った。
 「…そうだね。けっこう背が小さいんだね」太った人が言った。
 あたしは自分の背が低いことをけっこう気にしていたので、ちょっとムッとしたけど、あたしの背が低いことはほんとうなので何も言わないでいた。
 「でも、おっぱいは大きいでしょ」倉本さんが言った。
 「うーん…」太った人があたしの胸をちらりと見た。「そうだね
 二人は笑った。あたしはその時コートを脱いだばっかりだったけど、またコートを着たくなった。その日着ていたシャツがちょっとぴったりしすぎてたかなあ、と少し反省した。人には確かにおっぱいが大きいと言われることがある。自分でも、そうかな、と思ったりもする。
 「敬子ちゃん、こいつバタやん」倉本さんが太った人を指して言った。
 「どうも」バタやんがあたしに目を合わせないで言った。
 倉本さんはあたしが前にバイトしてた雑貨店の社員さんで、最近独立して店を持ったらしい。30歳半ばくらいで、小柄で、少し頭がはげている。たくさん知り合いのいる人だ。バタやんも倉本さんのそんな知り合いのひとりなんだろう。
 「ところで、敬子ちゃん、お腹空いてんでしょ。好きなもん頼みなよ」
 倉本さんは店員さんを呼んだ。
 店に入ってきたときあたしを応対してくれた人とは違う、痩せて貧相な店員さんがやってきた。
 「えっと…」あたしはメニューを見た。
 こんなファミレスでもあたしはなかなか注文が決められない。しばらく悩んだ。
 店員さんはいらいらしているみたいで、倉本さんとバタやんはニヤニヤしていた。
 「…カレーと、サラダバー」やっと決まった。
 「ドリンクバーはいいの?」倉本さんが聞いた。
 「じゃあそれも…いいですか?」
 「いいよ。全然」倉本さんはいつも気前がいい
 料理が来るまで、いろいろ話をした。あたしがプーだとか、愛媛出身だとか、倉本さんの仕事が最近調子いいだとか、なんとかかんとか。バタやんは相槌を打つだけであまり自分のことは話さなかった。ときたま、ちょっと会話がエッチな方向に向いたときだけなにかコメントをした。料理が来て、あたしはそれを食べた。倉本さんとバタやんはドリンクバーでコーヒーをお代わりし続けながら、しゃべり続けた。二人はそれぞれ別々に何回かトイレに行った。
 「…ビール、飲む?」倉本さんが聞いた。
 「いいんですか?」
 倉本さんが生ビールを3つ注文した。あたしは部屋でビールを飲んでいたけど、2杯もお代わりしてしまった。あたしはお酒が好きで、そのせいで何回か失敗しているけど、やめられない。
 「やっぱ、アレ?最近は彼氏とかと上手く行ってんの?」倉本さんが聞いた。
 「彼氏なんていませんよ」あたしは答えた。
 「え、いつから?」
 「ええと…」あたしはちょっと考えた。一月ほど前に一回だけセックスした人がいるけど、あれは彼氏に入るんだろうか。とりあえず違う気がしたのでもう少し考えると、半月以上男の人とつき合ったのは随分前の事だってことに気づいた。「ううん…半年前くらいかなあ」
 「じゃあ、ずっと男日照りなんだ。どうしてんの?そのへん?」倉本さんが身を乗り出して聞いた。
 「どうって…」あたしが口ごもると、バタやんも身を乗り出してこっちを見ているのに気づいた。「べつに…どうも」
 「ふーん」
 倉本さんと、バタやんは目を合わせてニヤニヤ笑った。
 しばらくそのままビールを飲んで、倉本さんが場所を移動しようというので、3人でファミレスを出てタクシーをつかまえた。あの男前の店員は、見送ってくれなかった。
 
 
 

NEXTBACK

TOP