今晩中にできる女 作:西田三郎 ■呼び出し
お風呂に入ってちょっとビールを飲んでテレビを観ていたら、あたしの携帯が鳴った。
昨日着メロを変えたばっかりだったので、一瞬自分の携帯の音と思えなかった。でも部屋に居るのはあたしだけだし、他の人の電話が鳴るわけないので、慌てて電話に出ると、倉本さんからだった。
「よう、元気?寝てた?」
「え…あの、いえ、起きてましたけど」
「あのさあ、敬子ちゃん、今、ヒマ?出かけられない?」
「え…」あたしは時計を見た。11時をまわっている。「今から…ですか?」
「うん、今から」当然のように、倉本さんが言った。「大杉駅前のロイヤルホスト知ってる?ファミレスの。今すぐ来てよ。会わせたい奴が居るんだよ」
「…でも…」あたしはもう一回時計を見た。やっぱり11時を回っている。
「タクシー代出すからさあ」倉本さんが困ったような声を出した「頼むよ」
「…ううん」
あたしは時計を見て考えた。今からじゃ遅いし、今晩は特に予定もないけど、いまから出かけたらいつまた部屋に帰れるのだろうか。それに外はすごく寒そうだ。
「ところで、ごはんちゃんと食べた?」あたしの考えがまとまる前に、倉本さんが言った「何だったら奢るけど、どう?」
「…えーと…」
そういえばお腹も空いていた。今日は夕方の早い時間に友達の早苗と居酒屋に入って、ほんの少しアスパラチーズと枝豆を食べただけでちゃんとものを食べていなかった。でも、かといってコンビニに何か食べるものを買いにいくつもりもなかったし、もうお風呂にも入ってしまったので、あたしはなかなか決心がつかなかった。
「出ておいでよ。ほんと、敬子ちゃんに会ってほしい奴が居るんだよ。会うと楽しいよ。ホント」
「…はあ」
ちゃんと断れるような口実を探したけど、ぜんぜん思い浮かばなかった。
「ねえ、頼むよ。遊ぼうよ。どうせすることないんでしょ?」
「はあ…」確かに倉本さんの言うとおりだった。「行きます」
あたしはいちおう外に出かけるなりの服を探した。床にさっきまで来ていたジーンズと長袖のシャツが転がっていた。ブラジャーもあった。それらを身につけて、上にコートを羽織って、出かけた。外は寒かった。タクシーをつかまえて、乗り込んで、5分くらいしてから、お化粧をするのを忘れたことと、化粧道具を持ってくるのを忘れたことに気が付いた。
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