国民の初夜
作:西田三郎

「第5話」

■初夜万歳

 これが……その、アレか。

 所謂、“濡れてるぜ、ヘッヘッヘ”というやつか。

 いや、何て下品なことを考えているんだ俺は。
 これは初夜なのだ。神聖な初夜だ。そこらに転がっているくだらない、一山なんぼのセックスとは訳が違う。 とは言うものの実際……女性がその、“濡れている”という状態に触れてみると、否応なしに僕のテンションは上がった。
 
 「あっ……ひっ………んっ…………」奥さんが腕で顔を隠す。
 「い、痛くない?」こういう事を聞くのは無粋かも知れないと思いつつ、聞いてみた。
 「……いっ……」奥さんの身体が、ひくっ、と震える。「い、痛く……ない……けど………」
 「じゃ……じゃあ……」ということは、こういうことか。「き、気持ちいいんだ?
 「えっ………ってか………」奥さんが怖々見上げてくる。
 「……こ、こうするとどうかな」
 「……あっ……ひっ………ちょっと………ちょっと……痛い」
 「ごっ……ごめん……じゃあ………」
 「あっ………あんっ…………」
 
 とにかく何を、どんな風に、どうしているのかさっぱりわからなかったが、僕は指を動かし続けた。そうすると……心なし、指にまとわりつくぬめりがだんだん強くなってくるように感じた。こういう喜びをどのように言い表せばいいのだろうか?……わからないだろうな、君らには。
 散々をセックスやりまくってる君らには。
 
 やればできる!

 奥さんの息はだんだん上がっていき、白い肌はうっすらとピンクに染まっていく。
 声をかみ殺すようにして、人差し指の腹を噛む奥さんの様子を見ていると……まさか自分にそんなところがあるなんて夢にも思っていなかったが、僕の中のサディスティックな部分がどんどん大きく膨らんでいくのを感じた。
 これは重大な発見である。
 なんだかんだ言っても、僕も並みの男だな……そんな当たり前のことを実感せずにおれなかった。
 
 ともすれば、このまま彼女のパンツをこのままはぎ取って、その濡れそぼった入口に(何かものすごくいやらしいな)むしゃぶりつき舌を走り回らせることもできるだろう。奥さんを膝の上に抱え上げて、鏡の前で大きく脚を開かせて責め立てることだってできるだろう。いやいや、奥さんに妙ないかがわしいオモチャを押し当てることだってできるかも知れない。あるいは奥さんを後ろ手に縛って、目隠しなんかして羽箒で全身をくすぐることだって……もはや何だってできそうである。
 これまで性体験のない僕だが、そのぶん妄想だけは人並みに、いや人並み以上に逞しかった
 今考えているような不埒なことの数々は……今後、奥さんの同意さえ得ることができれば、思うさま実現することができるのである。……そうだ、できるのである。
 
 ああ、夫婦って素晴らしい。結婚って素晴らしい。
 まったく生きていて良かったなあ、おい!!
 
 そのまま指を使っていくうちに、どこまで力を入れれば奥さんが痛がって、どこまで力を緩めれば奥さんが切なそうな表情を濃くするのか、その塩梅がわかってきた。
 初夜にしてすばらしい進歩である。
 
 それにしても……奥さんの濡れ方は尋常ではなかった。
 いや、それが尋常なのか尋常ではないのか、正直言って僕には良くわからないのであるが、今や奥さんの下着はぐっしょりと濡れて僕の手に張り付き、さらにベッドのシーツまでを湿らせていた。
 ここまで濡れていたら、“へっへっへ……もうぐちょぐちょじゃねえですか、奥さん”とか何とか言ってみても差し支えはあるまい……いかん、一体どこまで調子に乗っているんだ、僕は。
 
 ふと見ると、顔を手で隠していたはずの奥さんが指の間から僕を見上げているのに気づいた。
 奥さんは潤ませた瞳を半眼にして……焼けたコールタールのように熱く、粘っこい視線を僕に投げかけている。聡明でしっかり者で、堅実な普段の奥さんからは想像もつかないような表情だった。
 
 「………どうしたの?」思わず動かしていた指を止めて、僕は奥さんに聞いた。
 「…………」奥さんは真っ赤になって、また顔を手で隠す。「……なんでもない」
 「……い、痛くなった?」
 「……そうじゃなくて……」奥さんがまた、ちらっと僕を見た。
 「………そうじゃなくて?」
 「………あの、その………ええと………」
 「………何?」
 「その………」奥さんは、実に言いにくそうにもじもじしはじめる。
 
 こういう時に僕にそれなりの経験があったら、奥さんの真意を察して先回りして行動するようなことも出来たんだろうが……残念ながら、そんな芸当は不可能だった。いや、ただでさえ僕はあまり気が利くタイプではない……いや、いいよ。言われなくてもそれは判ってるから。
 
 「………あの……ごめん、やりすぎた?」僕に考えつくのは、その程度のことだった。「もう、やめようか?」
 「ええっ………いや、そうじゃ……ないの」
 
 僕が奥さんの真意を掴みかねてマヌケのようにまごまごしていると、奥さんはとうとう痺れを切らしたらしく、上半身を起こして僕にしがみついてきた。
 そして僕の耳元で……熱い吐息を吹きかけるようにして囁く。
 「……その……パンツ、脱がせて………」
 「ええ?」思わず耳を疑った。いや、まあ、許してくれよ。はじめてなんだから。
 「………ああもう、二回も言わせないでよう………」
 「わ、わ、わ、わかった
 
 僕は改めて奥さんをベッドに横たえると、いそいそとパンツに手を掛けた。なんだ、それならそうと早く言ってくれればいいのに。
 
 「……ま、待って!」奥さんが、僕の手を制する。
 「ええっ?」どうすりゃいいんだよ。
 「……で、電気、消して。お願いだから」
 「……で、でも………」それはできかねます。この上真っ暗になったら、ますます何をどうしていいのかわからなくなる。
 「……お願い、お願いだから電気消して」
 「…………」
 「………それで……あなたも服、脱いで。」奥さんがごくりと唾を飲み込んで、付け加えた。「それから………あ、あ、後は言わなくていいよね?

<つづく>

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