国民の初夜
作:西田三郎「第6話」 ■国民の初夜
ダンナさんは部屋の隅の電灯スイッチまでそそくさと飛んでいくと、明かりを消した。
部屋が真っ暗になったのと同時に……ダンナさんが何かに躓く音が聞こえた。
慌てて服を脱いでいるのだろう。わたしはその隙に自分でパンツを脱いだ。
「あ、あの………脱いだ?」闇の中のダンナさんに呼びかける。
「……ぬ、脱いだよ」
「こっち……来てくれる?」
近づいてきたダンナさんの気配に手を伸ばす……どこだかわからないが、指先がダンナさんの素肌に“ぷにっ”と触れた。
「おうっ……」どこに触れたのだろう?ダンナさんが変な声を出した。
「あっ……ご、ごめん」
「い、いや大丈夫」
「もうちょっと……こっちに来てくれる?」
ダンナさんの気配が闇の中でさらに近寄ってきた。もっとしっかりと手を伸ばし、その肌に触れてみる。部屋の中の空気はひんやりしていたけれど……ダンナさんの肌はじっとりと汗ばんでいた。
勇気を出して……その、下の方をまさぐってみる。
「あ、あ、ちょっと、ちょっと……マズいよ……」
「いいから……じっとしてて」
ひゃあ……わたし、ちょっとおかしくなってるよ。部屋の明かりを消してもらったのがかなり大きかった。真っ暗になったおかげで……ウソみたいにわたしの中から余計な迷いや葛藤が消えていくのが判る……ええい、もういいや。行き着くとこまで行ってやれ。
「あっ……えっ………」
「……シッ!………じっとしてて」
わたしはその部分を探り当て、しっかりと握った。
熱くて、固かった。それはピクピクと脈打って、今にもはじけそうだった。
“お客さん、もうこんなになってんじゃん”って感じだった。何が“お客さん”だ、何が。
ダンナさんはちょっと痛かったかも知れないが……まあ許して欲しい。何と言っても、これが初めてなんだから。ほんの一瞬だけ頭をもたげそうになった疑問を振り切るように……わたしはその先端を一気に口に含んだ。
「ひいっ」ダンナさんが悲鳴を上げる。
ドンマイ。
わたしはとりあえず思うがままに、舌を使ってみた。経験はないけど、妄想だけは人一倍逞しい自信があった……何の自慢にもならないけれど。こんな事をすると、ダンナさんは退いてしまうだろうか……?知り合う前にどんなに遊んでたんだとか、そんなしょうもない事で後からネチネチ責められたらどうしよう……?いや、とにかく今は、余計なことは考えずにこの動作に集中するのだ。
ダンナさんは退くどころか、ますますわたしの口の中で固く、熱くなっていった。
口の中に、しょっぱいような、苦いような、奇妙な味がしたが……ドンマイ、ドンマイ。
「あ、あ、あ、ちょっと、ちょっと待って」ダンナさんがあたしの頭に手を置いてせっぱ詰まった声を出す。「……あの、オッケー。もういいよ、あっ……もう結構……」
「いいよ、わたしは。このまま……」言いかけて、わたしは気づいた。
あっ、そうだ、今夜は初夜なのだ。このままではダメじゃないか。
わたしは口を離して……そのままベッドに仰向けになった。
「き、来て」……ひええ……言っちゃったよ。
「う、うん」
「……あっ………その、今日は、そのちゃんと、アレつけてね」
「アレ……?、あ、ああ、アレ?」
「……うん、アレ」
まだ当分……子どもは欲しくない。
闇の中でダンナさんが、また何かに躓く音がする。そのころには、すっかり目が闇に慣れていた……部屋の闇の中に、ダンナさんの生白い肌が見える。背中とお尻……そして脚の間からは……あの……その、こ、睾丸の裏が。ダンナさんは闇の中でコンドームを装着するのに往生しているようだった。
あたしはその様を見守りながら、そのまま踊り出したくなるくらいの胸の高鳴りを覚えていた。
いや、大袈裟に言ってるんじゃない。本当だ。
そうして15分ほど待ったろうか……ついにコンドームを装着したダンナさんがこちらに振り向く。
うわあ……。
ぴったりとしたゴムの薄皮に覆われたそれの表面は、恐いくらいにてらてらと光っていた。
ひ、光るんだ。こういうのはちょっと、実際見てみないと想像できない。
あ、あれを、わたしの中に挿れるわけね。
だ、大丈夫かしら……。
わたしはほんの少し不安になった。さっき、ダンナさんに指で散々いたずらされて、これまで生きてきた中でもいちばん濡らせてしまったわたしだったが、そこからは少し時間が経っている。正直、わたしは乾きはじめていた(ちょっと……表現が下品すぎるだろうか?)。こういうタイムラグを、どうやり過ごすかというのも……これからの課題だろう。
まあ回数を重ねる事に慣れていくんだろうけど……。
「じゃ、じゃあ……」ダンナさんがベッドに上がってくる。「い、行くよ」
「う、うん」
ダンナさんがわたしの膝を立てて、左右に開く。
ああもう、なんていやらしくて恥ずかしいんだろう。
確かにこういう姿勢を取らなければ、どうやって挿れるんだって感じだけど。
「ほ、ほんとに行くよ」
「う、うん………」言うか言うまいか少し悩んだが……結局言うことにした「ちょうだい……」
「よっ……と……」
「ひっ」
ゴム製品に覆われたダンナさんの先端が、わたしの入口のあたりにぐっと押しつけられる。
うん、場所は合ってる。
「ぐっ……」ダンナさんが力を込めた……覚悟していたとおり、すごい圧迫感が襲ってきた。
「……だ、大丈夫?」
「……だ、大丈夫……そのまま、そのまま来て……」
「………よし……おっ……」
「ん、む、む……」
ああすごい、ほんとに先端だけだけど、入ろうとしてるよ。
でも……そこからが思ったより難しかった。
「あっ……ダメだよ、コレ以上、入んないよ……」何と、先に“泣き”を入れて来たのはダンナさんの方だった。
「え、え……?……わ、わたしは大丈夫だけど………」
「む、ムリだって……だって……きつい、きつすぎるよ」
「……大丈夫……だいじょうぶだから………そのまま、来て、ほら……ぐっと……」
わたしだって、痛いのだ。性根入れんかい。
わたしは我を忘れて、手を伸ばすとダンナさんの性器をぐいっと掴んだ。
「わっ……」
「……そのまま、ぐっと……そう、ほら、一気に……あっ……くっ………」
「……だ、ダメだよ。そんなに掴んだら……あっ……ひっ……」
「……が、ガンバッって………もう少しだから……ほら、もうちょっと………」
「ダメだって………あっ……ちょっと………お、お、おおおおおお…………おっ?」
“おっ?”って……まさか。
ダンナさんの動きが止まる。
「………………………………で………………出ちゃった………」
ぐったりと、ダンナさんの身体がわたしの上に乗っかってきた。
ちょっと……わたしも焦り過ぎただろうか?
そのまま、諦めの悪いわたしたちは何回も何回もトライを続けた。
何と言っても、今夜は初夜なのだ。最後には少し……お互い意地になっていたところもあったと思う。しかし結局うまく行かないまま、のっそりと朝日が昇ってきた。ダンナさんのげっそりとした顔が蒼白い朝日に照らし出されるのを見ていて……わたしは思わず、ぷっと吹き出した。
ダンナさんもわたしの顔を見て、恥ずかしそうに笑った。
結局、挿れることは出来なかった。
その代わり、雀が鳴き出すのを聞きながら長い長いキスをした。
「ああ、疲れちゃったな……もう寝ようか」ダンナさんが、ぼそっと呟く。
「うん、昼くらいまで休憩」わたしは答えた。
わたしは妙に安らかな気分で目を閉じた。
そして、この国を照らし出す同じ朝日の下で、同じように新婚初夜開けの気だるい朝を迎えたほかの夫婦の寝室のことを想像してみる。いや……ほかの夫婦は 上手くやってのけただろう。もしくは、わたしたちのように上手くいかなかった夫婦も中には居るかも知れない。本当に結婚して良かったと、お互いその喜びを 分かち合っている夫婦も居れば、身体の相性が合わずにいきなり離婚を決めた夫婦も居るだろう。今日はじめて、避妊をしなかったという夫婦もいるだろうな。 あるいはその結果、今朝芽生えた生命もあるかも知れない。……そうして、その恐ろしいまでの確立を勝ち抜いて生まれてきた生命がこの国に……ああ、もうダ メだ…………眠い。
そうして、わたしたちの初夜は終わった。
まあ……先は長いんだしね。(了)
2005.11.18
感想などありましたらお気軽にどうぞ。読んで本気汁出します(笑)
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