国民の初夜
作:西田三郎

「第3話」

■キッチンでちょっと

 忍び足で奥さんの背後に近づき、そっとその剥き出しの細い肩に触れる。

 「……あっ」びくん、と奥さんの躰の震えが伝わってきた。
 「……今日は……とっても……」“とっても……”何だ?……まあブナンな線で行くか。「……とっても綺麗だったよ
 「……そ、そ、そう」奥さんは少しどもって、身を固くした。
 
 はてさて……。
 奥さんとは結婚前に数ヶ月、恋人としてつき合ったのだが、これまで僕等はあまりいやらしいことををしたことがない。いや、僕としてはする気マンマンだったのだが、何となく奥さんはガードが堅く、結局今夜までそういう機会に恵まれることはなかった。
 そういうのは最近、流行らないことはわかっていたのだが……。
 結局今晩、ぶっつけ本番という形になってしまった。
 そりゃあ、キスくらいはした。唇を併せて、舌も入れた。舌を入れた時も、ぶっつけ本番だったが……その時は少し驚かされた。
 
 奥さんは僕が思っていた以上に積極的だった。
 
 いや、それまでそういう経験がない僕なので、奥さんが他の女性に比べて積極的なのかそうではないのかそれはよくわからない。
 
 とにかく僕が舌を入れようとすると、奥さんは舌で僕の舌を押し返してきた。
 ああやばい……拒否されたのかな、と思ったら、何と違った。
 奥さんは僕の舌をからめ取り、さらに僕の口の奧にまで舌を差し入れると、実にねっとりと、僕の栗の中を愛撫しはじめたのだ。
 それには正直言ってビビった
 
 奥さんは地味な印象の女性だが、結構可愛い方だと思う。
 僕は童貞であってそのことを恥じるつもりは毛頭ないが……だからと言って奥さんまで処女であってほしいと願うのはお門違いというものだ。いや、実際、お互いそれなりにいい歳なんだし……まさか奥さんも、処女であるなんてことはあるまい。いやいや、あるまいよ。
 

 奥さんのキスに対する積極姿勢に気圧されてしまい、僕は奥さんにそれ以上の事をすることができなかった。そして……今夜、初夜に至るわけだ。
 
 「……いい匂いだ……」僕は言った。実際、奥さんのの香水はキンモクセイの香りで……僕はそれだけですでに、完全に……なんというかその、準備オッケーな状態になっていた。
 「……あ、あ、あ、ありがと」奥さんは僕に背を向けたまま固まっている。
 
 これからどうすべきか?……いや、最大の防御は攻撃……ちょっと違うか……とにかく、考える前にまず行動だ。
 
 「あっ……」
 奥さんのむきだしの首筋に、後ろから吸い付く。いや、まあ何だかよくわかならないが、そうするのが一番絵になるんじゃないかと思ったのだ。別に絵になる必要なんて何もないのだが。
 「……あ、あ、あ、ちょっと………あ、あん、待って……ちょっと……」
 奥さんがもぞもぞと僕の腕の中で暴れた。一瞬、退くべきか?とか考えたが……否。
 
 何といっても今夜は初夜なのだ。
 
 「あっ……ひっ……んっ……」
 奥さんの耳たぶに唇をつける。ってのはちょっと調子に乗りすぎか?まあいいけど。
 奥さんはかなり敏感なようだった。やっぱり、こっちもそれなりに必死に頑張ってんだから、それなりの反応があると素直に嬉しいもんだ。僕は奥さんの耳たぶを口に含みながら、ワンピースの襟元のホックを探った。
 「ま、ま、待って……待ってったら」奥さんが慌てて言う。
 「い、いや、待てん。待てない」
 これが結構苦労した。なかなか外れないのだ。はっきり言って、知恵の輪よりずっと難しい。
 「きゃっ……」
 何とかホックを外して、腰の付け根まであるジッパーを引き下ろす。
 白い背中と、薄いベージュのブラジャーのホック、それとセットのパンツの布地が見えた。これまでの人生のうちで、僕が見てきた美しいものなどたかが知れている。そうだな、学生のころ北海道の北端に旅行したことがあるが……その時に見た流氷は確かに、この世のものとは思えないくらい美しかった。 
 しかし、開かれたブラウスの背中から覗く奥さんの背中は、その何百倍も美しい。
 もしこの瞬間、宅急便かなんかがこの部屋にやって来たら、気の毒だがその配達係をぶっ殺してやるからな。
 
 僕は後ろから奥さんにがぶり寄り、ブラウスを引き下ろした。
 「いやっ……」奥さんの、細くて丸い肩が剥き出しになる。
 「はむっ……」有無を言わせず、その肩口にかぶりついた。
 「……ちょっと……ち、ちょっと待って……待ってよ……まだお風呂にも入ってないし……お化粧も落としてないし……あの、ちょっと、ほんとに待って。あの、ちゃんと、その、ちゃんとお風呂に入って、着替えてから……ね、ちゃんと、ちゃんとしようよ……ねえ」
 「……いいや、ダメだ。いますぐ。い、いますぐここで……」
 「ダメだって……こ、こんな。ここ、台所じゃん……そんな、こんなとこで……あっ、きゃっ!!」
 
 僕は自分でも自分のことをかなり紳士だと思っているし、もともと理性的なほうで人前で怒りを露わにしたり感情をむき出しにしたりするようなことはほとんどない。
 
 しかしそれが何だ。くそくらえだ、そんな長所
 
 僕は荒々しく奥さんのワンピースを床まで引き落とし、奥さんをこちらに向かせた。
 
 「……おおう」思わずマヌケな声が出てしまう。
 
 そんな事は女性そのものの価値とは何の関係もないことは判っている。しかしそれにしても……奥さんは所謂、“着やせするタイプ”というやつだったらしい。ブラジャーのカップの上半分からは、布地では覆いきれない部分が溢れていた。比喩的な表現ではなく、ほんとうに溢れていたのだ
 ちょっと待ってくれ……今夜、僕はこれを、好きなように触ったり揉んだりできるというわけか。というか、今夜以降、ずっとこれを好きなように扱えるというわけか。女性の胸の大きさなんかに拘る男はほんとうにアホだと、今日まで思い続けてきたが……胸があるのに越したことはない
 越したことがないに決まっているだろうが。
 
 「……は、……あの、ちょっと………ホントに………」奥さんが上目遣いに僕を見上げる。
 パンいち、ブラいちでだ。もう一度書くが、パンいち、ブラいちでだ。
 「………ここじゃ、イヤ。ねえ、あっちで………」奥さんはそっと僕の耳に口を近づけた。「あっちで、しよ」
 

<つづく>

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