大きくて、固くて、太くて、いきり立つ魔法

作:西田三郎


■10■ ラフ&ラヴ

「ああっ……おおっ……たまらんっ……これ、これヤバイわ……あ、あ かんっ!」
 いま、喘ぎ、わたしに許しを請うているのは、夫で、ヤスで、クニトモさんの ほうでした。
「こっ……これまでのお返しやっ!……ほ、ほれっ!……ゆ、“許してくださいサエコさん”っちゅーてみい!……ぼ、“僕、もうイッちゃいそうですっ!死んじゃいそうですっ!”って言うてみ いっ!!」
 わたしはヤスの胸板に手をつき、目隠しをされたままだったので、手探りでふたつの乳首を探り当てて、つねるように刺激してやりました……もう、そっちもビ ンビンです……って下品ですか?
 そして、腰を前後左右に、上下に、時には回転させて、ぎりぎりのところまで抜いては、また深く腰を降ろしたりして、責めたくりました。わたしもほんと、 下品でいやらしいインラン奥さんになりきっていました。
 もっと恥ずかしい意地悪も思いつきました。
「あっ……あかんっ……そ、そんなとこあかんっ……」ヤスが女の子のように喘ぎます。「そっ……そこは……そこはあかんっ……かんにん、かんにんやサエコさんっ……あああっ!……んんんっ……んっ……」

 さて、わたしは何をしたでしょう?

 手を後ろに回して、もう、きゅっと縮こまっているヤスのその……タマタマの部分をひとしきりなでると……その……お、お、お尻の穴を探りあてて……指 を、一気に滑り込ませてやりました。
 わたしが盛大に溢れさせていた、ぬるぬるさんのおかげで……するり、と指はその狭い穴に潜り込みました。「ああああっ……やっ……やめてっ……やめ てっ……サエコさんっ……もうだめっ……」
「なっ、なんでオネエ口調になっとんねん!……あっ……あああ あっ!」
 わたしにいじめられると、ヤスのあれはわたしの身体の中で、ますます硬く、太く、長く、熱く、カリが高く(だんだん意味がわかってきました)……長くなっていくようです。もう、破裂し ちゃいそうなくらいに。 
 ……そうやって、どれくらいヤスを苛め抜いたでしょうか。
ぐ、ぐ、ぐえっ……
 夫が妙な声を上げたかと思うと、その後……ピクリとも動かなくなってしまったのです。
「……ヤス?」
 返事がありません。
「……なあ、ヤス?」
 返事なし。わたしの中に納まったままのアレは、まったく硬さも、太さも、熱さも、カリの高さも、失ってはいなかったのですが……太ももの下の夫の身体 は、しんと静まり返っています。
「ヤス?……ヤス??……」
 わたしはフワフワ手錠を嵌められた手で、自分の目隠しを外しました。
や、ヤス????
 驚きました……ヤスはかっと目を見開いたまま、口から舌をだらりとたらして、よだれを垂れ流し……ぞっとするくらい青白い、死んだような顔色で……意識を失っていました。
 一瞬、わたしはほんとうにヤスが死んでしまったのかと思いました。
ヤス!?……ん、んんっ……」
 身体の奥深くまでめりこんでいたアレを……なんとかヤスの胸に手を置いて引き抜きます。
 わたしの身体から、それが収まっていた感覚は消えませんでしたが……その、隆々といきり立ったままのヤスのアレ……びんびん棒を目にしたときの、戦慄は、今でも忘れることができません。
「……きゃっ………ひ、ひええ……」
 それは、真っ黒でした。
 わたしの出した体液でべとべとだったおかげで、本当にそれは黒光りしていました。よく見ると、黒ではありません。恐ろしく黒に近 い、紫……そうですね……ナスの色を していました。太さも、硬さも、長さも……これが自分の身体に収まっていたのかと思うと、それまで全身を痺れさせていた快感と、エッチな気分が、さあっと 引いていきました。その表面を荒々しく這い回る血管だけが、意識をなくして死体のようになっているヤスの全身から、どんどん血を吸い取っているかのように…… びくん、びくんと息づいていました。
「ヤス!しっかりして!死んだらあかんっ!!」
 フワフワ手錠は、案外あっさり外すことができる代物でした。わたしはヤスの胸に馬乗りになると……そのとき、ヤスの身体がゾッとするくらい冷たかったのが忘れられません……ヤスの頬を力任せに往復ビン タしました。まったく反応がありません。
ヤス!死んだらあかんっ!こんなアホなことでっ!……あんなアホな 薬飲むからっ!……あほっ!……ほんまにあほっ!……死んだら承知せえへんでっ!…… なあ、死なんといて……死なんといてヤス……」
 わたしは派手な往復ビンタを無反応なヤスに浴びせながら、いつの間にか泣きじゃくっていました。
 そのときです。

 くうーん……。

 はっとして振り返ると、ベッドルームの入り口のところで、わたしたちの愛犬、豆芝 のボバが、心配そうに、怖そうに、不安そうに、わたしたちのことを見ていました。『あの……おせっかいかもしれませんけど……だいじょうぶ でしょうか……?』とでも言いたげな表情で。
 もう、恥も外聞もない。わたしはボバの視線に鼓舞されるようにベッドから勢いよく飛び降りると、頭にはまだ鉢巻のように目隠しを巻いたまま、ぬるぬるの全 裸のまま、階段を走り降りました。ボバもわたしについてきます。そして家の固定電話から……119番に電話しました。
 何を、どうやって説明したのかは、はっきり覚えていません。
 ただ、電話をするわたしの様子を、ボバがずっと……心配そうに見守っていたことは、はっきり覚えています。





「ほんま、危ないとこやった、って先生が言うてたんやよ……心臓が、 止まりかけてたみたいや、って……全身の血が……その、お、おちんち んに行ってしもて……そこでせき止められて……出られへんようになっ てたんやて……」
「……ああ……あの薬……」ヤスが天井を見たまま……わたしに目を合わせないまま、つぶやくように言いました「……帰ったら、すぐ捨てるわ……」
あたりまえや」わたしはぴしゃりと言いました。「あとね、リビング の滑車も、ちゃんと外すんやで。それからあの…………電マやら、ロータやら、何やら、ベッドの仕掛けやら、ローションやら……この前のセーラー服とかも、捨ててもらう からね。ほんま、アホやわあんたは……」
 ここは病院の集中治療室です。
 ほんと……こんなアホな理由ではありましたが、夫は……相当危険な状態だったことは事実のようです。
 ベッドが並ぶ中、そこに横たわる患者さんたちはほんとうに大変そうな人が多かったですけれど……少なくともヤスは、意識を取り戻しました。
 じきに、退院 できるだろうと先生も言ってくれました。半分ニタニタ笑いながら。
 わたしはベッドサイドに立ちながら、うれしさと安堵で泣きそうでしたが、ぐっと堪えました。
 もう、体中の水分が抜けたみたいな状態だったので、そう簡単には涙も出てこなかったでしょうけど。
「おちんちんも……あとちょっとで、壊疽おこして、切ってもらわなあ かんとこやったんやで」これも、本当でした。
「……その……元には……戻るんやろか……」ちらり、とヤスが自分の下半身を見ます。
 シーツを突き上げるアレは、一時よりはマシになったとは言え、まだかなりの状態でした。
 看護師さんが様子を見に来てくれるたびにそのマンガみたいにシーツを持ち上げた器官から、チラと目ては目を逸らすのが……ヤスは自業自得として……わたしまで消えてなくなりたいくらい恥ずかしかったのを覚えています。
「……もう、ちょん切ってもらったらよかったんや。こんなアホちんちん」わたしは言いました。
「……ほんまやな……」予想よりかなり沈んだ声で、ヤスが答えまし た。「こんな俺なんか、ちんこ切り取られてもたらよかったんや……ほんまもんの、役立たずやもんなあ……」
「はあ?」何を言い出すんでしょうか。アホだとは思いますが、役立たずだとは思いません。
「……あのなあ、おれ、ちょっと前から元気なかったやろ……サエには言うてなかったんやけど……会社で、技術部から、営業に異動になりそうやねん……会社 も不景気で、リストラが進んどって……うちの部署からも、どんどん営業部門に 回されてる人、ほんま多いねん……言うてもみんな……俺も含めてやけど……技術屋やろ?……はっきり言って、営業なんか、できるわけないねん……みんな、辞めていってしもうたわ……そやから、俺、メ チャクチャ不安やってん……ずっとSEでやってきたし……口下手やから……営業なんかできるわけないし……」
「ほな、辞めたらええねん」わたしは言いました。「あたしのヒモ、やる?」
「そんなん言うたかて……」
「もし営業にまわされて、ほんまに営業の仕事がイヤやねんやったら、辞めたらえーや んか。ほんで、どっか別の会社で、SEやったらえーやん。給料下がってもええやんか。あたし、稼いでんねんで。ぜんぜん、そんなん気にせえ へんわ。そんなアホな会社、こっちから辞めたったらえーねん
 わたしは、まったく嘘偽りのない言葉を述べていました。声は明るい調子でした。無理してそうしていたわけではありません。元気がないヤスを、これ以上見 ているのはイヤでした……って、その、全体的な元気のなさのことですよ。インポのことは関係ありません。
「……俺は、だめな男やなあ……SEとしてもダメ、それで、営業もやっていく自信ない……俺はな、サエ……あかん男なんや……何もできへん。一人前にできるこ となんて、何ひとつない。ほんま、俺には何もできへん……最近は…… 君とセックスするのんかって……」
「でも、あたしにやさしくしてくれるやん……あたしを楽しませてくれるやん」わたしは、ヤスの耳に口を近づけて言いました。「あと……すごいエッチやし……ヒモとしては、素質じゅうぶんやで」
「……ヒモかあ……でも、ちんちん、治るかなあ……」
「治らへんかっても、ええよ」わたしは、はっきり言いました。「あんたは、あたしをさんざん笑かしてくれるし……今日かて……ほんま……」
 重病患者さんたちでいっぱいのICUで笑うのは、気が引けましたが……堪え切れずにわたしは笑い出してしまいました。
 笑い出すと同時に、身体の中に残っていた水分が、涙になって頬を流れました。
 ほんとうに、笑いからやってきた涙でした。
「ほんま、ヤス……あんた、ケッサクやで」
 ヤスが弱弱しく……でも少し安心した顔で、わたしに笑顔を見せてくれました。

 ほんっっっとアホな夫ですけど、結婚して、ほんとうに良かったと思っています。 <了>

2013.7.6


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