ほんとうにお願いします 作:西田三郎 ■口唇
河底さんは、流しに手を突いて尻を突き出したまま、肩で息をしている。おれは100メートル走った直後のような息づかいで、自分のズボンの前に染みが広がるのを見ていた。
「…チクショウ、はないやろ…」河底さんが、そのままの姿勢で顔を上げずに言う。
気を悪くしただろうか?
「すいません…」
河底さんがゆっくりと顔を上げておれを見た。半開きの目が、さらに熱を帯びていて、潤んでいた。しかし顔は笑っていた。俺はなぜか武者震いをした。
「何なん、もう、出てもうたん」河底さんがゆっくりと躰を起こし、おれに向き直る。
「はい…」どうしようもなく情けないが、事実だった。
河底さんはおれに歩み寄ると、猫のようなしなやか動きで、おれの前に膝をついた。
自然で、無駄のない動きだった。
「あの…」
「いいから、見せてみ」
河底さんがおれのズボン前に手を伸ばす。慌ててその手を制しようとした。
「あの…、ちょっと」
「いいから…」制しようとしたおれの手をさらに優しく制すると、おれのズボンの前ボタンを外し、ジッパーを下ろした。「気にせんといて」
「でも…」といいながら、おれが河底さんがズボンと、べとべとになったパンツを下ろすのに任せていた。
「すごい、出てる…」河底さんが言った。
その通りだった。こんなに出たのは何年ぶりだろうか。量も大概だったが、その濃度も尋常ではなかった。まるで水銀のような質感の、濃厚な精液が陰毛のあたりで固まっている。そのひとかたまりが、ゆっくりと内股を這い降りるのを感じた。
「でも、まだ立ってる…」と、河底さんは言い、おれを下から見上げた。いたずらっぽい笑みを作っているが、相変わらず目は潤んでおり、かすかに荒い鼻息の音が聞こえた。「元気やねえ」
「若いですから…」
「何よ、あたしと二つしかかわらんくせに」河底さんが少し膨れたような顔をした。
と、いきなり河底さんは目を閉じ、おれの股間に顔を埋めた。
「ちょっと…」おれはまた、思わず腰を引いてしまった(何をしにこの部屋に来たんだ?)。しかし河底さんが両手でおれの両尻をがっちりと掴み、離さなかった。
そこから2分くらいのことはどのように表現すればいいのか。
おれはそれまで2回ほどソープに行ったことがある。そのときはそのときですばらしいと思ったもんだが、今日味わったそれとは比べ物にはならない。プロ並み、いや、それ以上である。ちなみにおれはそれまでお金を払っていない女にフェラチオをしてもらったことがない。河底さんはおれの陰茎を躊躇無く口に含むと、陰茎に付いたおれの濃い精液を舐め取るように、舌を使い始めた。舌は陰茎の下辺を側面を亀頭の周りを、尿道の上を這い回り、一瞬たりとも同じ場所にう止まることはなかった。全身にしびれのようなものさえ感じた。河底さんは激しく頭を動かし、舌でおれを追い回した。思わずおれは河底さんの頭を両手で押さえていた。しかも驚くべきことに、河底さんは舐め取った精液を飲み込んでいた。のどが忙しなく動くのが見えた。その間、河底さんは目を固く閉じていた。少し眉間にしわを寄せて。いったいどこまでいやらしい女なんだ。
一体これまで、何人の男のものをこんな風に口で慰めてきたのか。
そのうちの何人は、こんな風に台所でしゃぶったのか。
ひょっとするとこんな風に食事の後、台所で尻の動きで一旦イかせてから、口でしゃぶるのがこの阿婆擦れのいつもの手口なのか?おれはまんまとそれに填っているのだろうか?でもまあ、どうでも良かった。とにかくすばらしい舌使いだ。しかもタダだ。
余計なことを考えているうちにまたおれは最高潮に高まっていた。
「ちょっと…河底さん」
「ん…」河底さんが口を離した。涎と、その他の液の複合物が細く糸を引いた。河底さんの目は完全にとろんとしていて、熱が高まっているようだった。「何?」
「あの…」
「また、“チクショウ”か?」河底さんが八重歯を見せて笑う。
「させてください。お願いします」おれは言った。
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