ハードコアな夜
作:西田三郎「第9話」 ■奥さん、そんなによかったのかい?
おかしい。あまりにもおかし過ぎる。
おれが気を失っている間に、地球が宇宙人の怪光線攻撃かなにかを受けて、おれ以外の人間全員の頭がいかれてしまったのか、それともおれが殴られたショックでおかしくなってしまったのか。どちらかといえば後者のほうが可能性のありそうな話だが、おれにとって一番好ましいのは、これがおれの見ている悪夢だっていうことだ。悪夢であるなら、いつかは醒める。
…しかし、一番恐ろしいのは、おれがはじめっからいかれた妄想に取り憑かれてたんじゃないかってこと。
つまり、この1週間前に奥さんに会ったのも、この珍妙なコントを演じることを頼まれたのも、奥さんからこのコントの小道具が宅急便で送られてきたのもつまり……すべておれの妄想なんじゃないかってことだ。……つまり、おれは見ず知らずの若夫婦の家に押し入って、ダンナさんを縛り上げ、その目の前で新妻を犯したのだ。
おい、冗談じゃないぜ。それじゃあおれは、本当の鬼畜生じゃないか。
やってきたあの警官はおれを逮捕しようともせず、のんびりベッドに腰掛けてダンナさんの話を聞いていた。ダンナさんはかなり亢奮した様子で、顔を真っ赤にして早口でまくしたてている。
奥さんは部屋の隅の床に座っていて……ダンナさんが話の中で、自分のことを淫売呼ばわりする度に、ビクッと身を竦めた。そして、恨めしげにおれを睨む。
この部屋の力関係はつまりこんな感じだ。
警官→ダンナさん→奥さん→おれ
「この強姦野郎はね」ダンナさんが唾を飛ばしながら語る。“強姦野郎”というのは即ち、おれのことだ。「女房の股ぐらに顔を突っ込んで、あそこをなめ回したんですよ。べちゃべちゃべちゃべちゃ、音を立ててね。するとあの淫乱女は、どうなったと思います?……抵抗するのも忘れて、よがり狂いやがったんです。本当ですよ。信じられますか?ベッドの上で腰を振りたくって、海老反りになって悶え狂いやがったんです。……聞いて下さいよお巡りさん。僕はね、一度も女房にアソコを舐めることを許してもらったことが無いんです。それがですよ、突然家に押し入ってきたあの強姦野郎にそんなことをさせて、感じまくって、挙げ句の果てはそのままイきやがったんです。……判りますか?お巡りさん。僕がどんな気分だったか、判りますか?」
「はあ……」酷薄そうな警官は、手帖にメモをするふりをしながら、明らかに話を楽しんでいた。「……で、それから?」
「……ええ、イかされてから、アイツは……あのウジ虫は、女房を……あの淫売を、裏返しにして四つん這いにさせました。それで、ゆっくりゆっくり……僕に見せつけるように、挿入したんです。あのアバズレ、どうなったと思います?………町内中に聞こえそうな喘ぎ声を出して、狂ったみたいに乱れやがったんです。結婚してから、あんなふうになった女房を見たことありません。それも、それもですよ……普段は僕に、正常位しか許さないくせに……」
「……そんな………あんまりよ」奥さんが涙声で言う「だって、怖かったんだもの。言うとおりしないと、このけだものが、あなたとあたしのことを殺すって……」
言うまでもないが、“このけだもの”ってのはおれのことだ。
「……後背位にはじまって、松葉崩し、座位に騎乗位……僕もいちいち覚えていませんけどね、とにかく僕の知っている体位全部を、僕の目の前で試しやがったんです!そうだろ?淫売!!」
「…そんな…」奥さんは青くなって立ちすくんだ。
もう何が何だかわからん。
せめてコンドームを外してパンツとズボンを履かせてもらえないもんだろうか、とおれは考えていた。
「……奥さん、あんたにも質問、いいですか?」警官が言った「こっちに来て下さい」
「……」奥さんは黙って動こうとしない。
「こっちに来るんだよ!」ダンナさんが奥さんの手を掴んで、ベッドまで連れていった。
そして奥さんは、警官の真横に座らされる。
「…大変でしたねえ、ほんとに」
警官は自分の横に座った“奥さん”を、好色さを隠そうともせず眺め回した。特にトレーナーから伸びた脚のあたりを。“奥さん”は黙って俯いている。
「……いやあ、ご主人、キレイな奥さんですねえ、ほんとに。うらやましいですよ。こんなキレイな方が奥さんなんて……うちのなんかに比べると、もう、ほんとに……白鳥と野バトを比べるようなもんです……あ、いや、これは失礼」
「…でもね、お巡りさん。こいつは主人の目の前で犯されて2回もイくような、どうしようもない恥知らずのメスブタなんですよ。猫かぶってますけどね」
「まあまあダンナさん」警官はダンナさんを制すると、また奥さんの脚に目を移した「……いやでもしかし、あの強姦野郎の気持ちもわからないではないなあ……だって押し入った先にこんなキレイな奥さんが居るんだもの。なにかしようって気が起こらないほうが不思議ですよ……いや、まことに怪しからんことであるのは判ってますけどね」
「……」奥さんは俯いたまま、何も言わない。
「……ねえ奥さん」警官は“奥さん”の太股に手を置いた。
「…やっ…」“奥さん”が身を固くする。
「……ご主人ああ仰ってるけど、どうなの?…ほんとに、そんなに良かったの?」
おい。おいおいおいおいおいおい?
ちょっと待てよ。どうなってんだ、これは?
「……ねえ“奥さん”」警官は“奥さん”の耳元に口をつけんばかりにして、囁いた「……どうだった?ねえ?アンタ、ご主人の前でやらしいことたくさんされて、感じちゃったんだ…そうなの?」
「……やめて……下さい」“奥さん”は警官の口から逃れるように身を竦めた。このうえなくなまめかしく。
「……お巡りさんが聞いてらっしゃるじゃないか」なんとダンナさんは…“奥さん”に対して完全にいかがわしい感情を抱いているこのお巡りを咎める気が、全くないらしい「ちゃんと答えろよ」
「……そんな………」か細い声で“奥さん”が言う「あたし……そんな……感じてなんか、いません」
「……ウソつくなよ、この売女」ダンナさんは冷たく言い放つ。
「……そうだよ、“奥さん”。正直に言ってくんなきゃ」
お巡りはそう言うと……何とトレーナーの上から“奥さん”の胸を掴んだ。
「いやっ!!」“奥さん”が逃げようとする。
「じっとしてろ!!」ダンナさんが一喝する「いいですよ、お巡りさん。続けてください。そうすると、わかるはずです。この女がどれくらい淫乱かね」
一体なんなんだ、これは。悪夢にしても、こりゃタチが悪すぎる。
現実がこんなことでいいのか?ええ?一体どうなってる??
「……いや……」お巡りがトレーナーの上から乳房をじわじわと揉み込むのに対して、“奥さん”は震えながらきつく目を閉じて耐えていた。「……やめて」
「……こんなふうに、アイツに揉まれたの?…それで、気持ち良かったの?」
「……ん……や……」“奥さん”がまた異様になまめかしく身をくねらせた。
「じっとしとけ。お巡りさんの質問に答えるんだよ」とダンナさん。
「……そうですよ、“奥さん”。気持ちいいでしょ?……ねえ、アンタの口から教えてよ。アイツに、どんなことされた訳?……おれ警官なんだからさ、教えてくんなきゃ。アイツを逮捕できないよ」
「……け……警察のひとが……こんなこと……」“奥さん”が辛うじて言う「……やんっ!!」
警官のもう片方の手が、奧さんの股ぐらに侵入したのだ。
警官は指をぐにぐにと動かしているのだろう。それはおれの位置からは見えないが、“奥さん”の躰全体がくすぐられたようにむずがるのを見て判った。
「…あれまあ」警官はダンナさんを見上げた「……ホントだ。“奥さん”、また濡れちゃってるよ」
「……でしょ、そういう女なんですよ、こいつは」
「……いや……」股間をまさぐられて、青くなっていた“奥さん”の顔がまた上気しはじめる。
「……いやあ、やらしいなあ……」警官はそんな“奥さん”の反応を見ながら、さらに指をきわどい部分にまで侵入させているようだ「…ねえダンナさん、アイツを逮捕する前に、二人でこの淫乱奥さん、やっちゃいませんか?あんたも散々見せつけられて、腹の虫が収まらんでしょ……?ねえ?」
「…いやあ…」奥さんがびくっ、と身を震わせる。
「おい!!」おれはコンドームを装着した下半身を露出しながら叫んだ「……あんた、警察官だろ!!一体、どういうつもりなんだ!」
警官とダンナさんはぽかんと口を開いておれを見た。
「……あんなこと言われちゃいましたよ。強姦野郎に」と警官。
「……ぶっ殺しちゃってくださいよ」とダンナさんは笑う。
警官は“奥さん”を解放すると、ベッドサイドに置かれていたあのナイフ……手品のようにゴムから本物に入れ替わったあのナイフ…を左手で取り上げると、おれに歩み寄ってきた。そして……腰から.38口径(だかなんだか知らないが)を抜き、おれの額にねらいをつけた。
「なあ、刺されるのがいい?頭をぶち抜かれるのがいい?それとも黙って3Pを見物するか?」
警官はニッと笑った。
おれは今度こそ本当に小便を漏らしそうになったが…よく考えて見るとコンドームをしているのでたとえ漏らしたとしても余り被害はなかっただろう。NEXT/BACK TOP