ハードコアな夜
作:西田三郎

「第8話」

■なんであんなによがるんだよ

 「もしもし、警察ですか?……すぐ来て下さい。ウチに強盗が入ったんです。…ええ、今は大丈夫です。強盗はやっつけましたので。とにかく早く来て、こいつを逮捕してください。住所は…」
 
 ダンナさんが電話で話している。おれは意識を取り戻した。
 “奥さん”はトレーナーの上だけを着て、ベッドに腰掛け、あの長い脚を投げ出していた。
 おれは精液の溜まったコンドームを装着したままの萎縮した陰茎を剥きだしにして、ロープにぐるぐる巻きにされて床に転がっていたけれど…それでも“奥さん”の脚はすばらしいと思った。
 いや、いいんだ。“奥さん”の脚なんてどうでも。
 とにかく一体これは何なんだ?どういう訳なんだ?
 少なくとものんびり“奥さん”の脚を鑑賞している場合ではないようだ。
 
 「…あなた……」“奥さん”が震える声で言った。
 「何も言うな」ダンナさんは受話器を置いてから、決して“奥さん”に目を合わせなかった。
 「……でも……」
 「……気持ち良かったんだろ?さんざん見せつけてくれたじゃないか」ダンナさんが低い声で言う「信じられないな、ダンナの目の前で2回もいくなんて」
 「……で、でも…」
 「……はあ?」ダンナさんおれから奪い取ったゴム製ナイフでおれを示した「……なにが、“でも”だよ。あいつの言うとおり、君はネジを巻いたら欲情する女だよ。」
 「……ご免なさい……」“奥さん”は下を向いて……泣き始めた。
 
 おいおい、ちょっと待てよ。
 
 どうやらおれは置いてけぼりになっているようだ。
 「あの、すいません、ちょっといいですか?」おれは床から叫んだ。
 「……何だよ、このブタ野郎」ダンナさんがゴムナイフを手に近寄ってきて、おれを見下ろす。
 「……あの、あのですね。“奥さん”?これちょっと、何ですか?こんなの“段取り”にありませんでしたよ。どういう訳なんです?」
 「……“段取り”い??」ダンナさんが“奥さん”に振り返る「…なんだ、“段取り”って」
 “奥さん”はビクッと身を竦めて、おれの目をちらりと見たあと、ダンナさんに向き直った。
 
 「…わかんない………なにそれ」
 
 「……ええ??」おれは思わず腹筋を使って半身を起こした。「ちょっと、ちょっと待って下さいよ。“奥さん”、そりゃないですよ。なんでそんな嘘をつくんです??このことは、ダンナさんも承知の上なんでしょ?そうじゃないの?」
 「……あなた、この人………やっぱり頭がおかしいのよ」と“奥さん”。
 「おい!あんた、とぼけるなよ。これは全部、芝居だったんだよ。ねえダンナさん、信じてくださいよ。おれは“奥さん”に頼まれて、“奥さん”にあんたの目の前で自分を犯してくれって頼まれたんだよ。……なあ、信じてくれ。……あ、そうだ、おれのナップサック、ナップサックを見てくれよ。」
 「…黙れこのクズ野郎!」おれはダンナさんから足蹴を喰らって、また床に這った。
 「…たのむよ。おれのナップサックを見てくれって。中に、今日することの“段取り”を書いた台本があるから。それ読みゃ判るよ。今日やったことは全部芝居だったって!」
 「ナップサックだとお?」ダンナさんが投げ捨てられたナップサックを取り上げた。
 がさがさと中を探るダンナさんの一挙一動を、おれはチビりそうになりながら見守った。
 ダンナさんはナップサックの中を床にぶちまけた。手錠やロープやガムテープやコンドームの箱が散らばったが…肝心の“段取り”はそこに含まれていなかった。
 「おい、このゲス野郎」ダンナさんはおれにゴム製ナイフを突きつけた。
 ふつうならそんなにビビることはないだろう。なんてったて、ゴム製の玩具なんだから。
 
 しかし、そうではなかった。それは本物のナイフに差し代わっていた。
 
 「…ちょっと……ちょっと待ってくれ。いったいこりゃあ……どうなってんだ?
 「どうかしてんのはお前の頭だよ」ダンナさんは冷たい刃をおれの頬に押しつけた「…このキチガイめ。あん?さっきは気持ちよかったかあ??おれの女房は、そんなに良かったのかよ???
 「……頼む……聞いてくれ。そんな訳はないんだ、おれはほんとうに……」
 「黙れ!!」おれはまた、腹を蹴られた。
 
 おれが呻いていると、ダンナさんはナイフを手に“奥さん”に迫っていった。
 「おい、ちょっと待てって……落ち着けよ、なあ……」
 「てめえは黙ってやがれ!!
 “奥さん”は怯えて、ベッドの上を後じさった。
 「……おい、どうなんだよ。そんなにあいつのチンポは良かったのか?……ええ?フツウじゃないぜ。主人の目の前で2回もいっちまうなんて。…お前、おれには最近、フェラチオひとつしてくれねえじゃねえか。それをなんだ?あんなに丹念にしゃぶりやがって」
 「……そ、そんな……だって……」“奥さん”がまたちらりとおれを見た「……だって、あいつがむりやり……あたし、怖くて」
 「……怖かったあ?……よく言うぜ。おれとは正常位でしかさせねえくせしやがって。一体オマエら、何回体位を変えたよ?ええ?……よがってたじゃねえか。よがり狂ってたじゃねえか!この淫売!……おまえ、そんなにいやらしい女だったのかよ?……強盗に主人の目の前で犯されて、2回もいっちまうような淫売だったのかよ!!」
 「……許して……あたしも、あたしも……そんなこと……したくなかったんだよ?でも……あの人があんまり怖くて……」
 「……本気で怖がってる女が2回もいくかよ!!
 …云々。
 痴話げんかと言うにはあまりにも穏やかではないダンナさんの罵倒は続いた。
 おれはマジで漏らしそうになっていた。
 
 と、その時、玄関のベルが鳴った。
 ダンナさんがまた、ナイフをおれに向けた。
 「……警察が来たぜ。観念するんだな。殺されなかっただけでも有り難いと思えよ
 ダンナさんは寝室を出ていった。
 
 おれはくらくらする頭で、すがるように“奥さん”を見た。
 「…なあ、あんた、こりゃあ、どういうことだよ
 「………」
 「……ぜんぜん話が違うじゃないか。どうなってんだよって聞いてんだ」
 「……黙っててよ。このけだもの」“奥さん”はそう言うと、おれを睨み付けた。
 おれの頭はさらに混乱して、仕舞には部屋の天井がぐるぐると回り始めた。
 
 「こっちです、お巡りさん」ダンナさんに引き続いて、お巡りさんが部屋に入ってきた。
 
 「ああ??」
 おれとお巡りは、同時に声をあげた
 40代のやせ型、酷薄そうな薄い眉に細い目と唇、低い鼻、貧相な身体……。
 そう、小一時間ほど前に、この家の外でおれに声を掛けた、あの警官だった。

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