ハードコアな夜
作:西田三郎「第7話」 ■あんたの女房はネジを巻けば欲情するぜ
「ダンナさん、見たかい?……“奥さん”、いっちゃったよ」
ベッドの上で身を竦めて、荒い息を吐きながら呻いている“奥さん”を見下ろしながらおれは言った。ダンナさんの様子はますます凄まじいものになっていた。顔はもはや紅潮なんて生やさしいものではなく、グロテスクに赤黒く変色していた。おれの陰茎と同じくらいに。
「なあ、“奥さん”、良かったろ?」顔を背けている“奥さん”におれは言う。
「……いや……」“奥さん”はそうつぶやくと、余韻に震えながら顔をシーツに埋めた。
とにかくおれの“アドリブ”が効を奏して、場は最高潮に盛り上がっていた。
「さてと」おれはまた、“段取り”に戻った。
“奥さん”の躰をベッドの上で裏返し、尻を持ち上げる。
「いやっ」“奥さん”が逃げようとする。
「…なんだよ、“奥さん”もう諦めろよ」おれはがっしりとその腰を捉える。
「……お願い、お願いだから、せめてあの人の前では…やめて…」
「……だめだな。おれは誰かに見てもらってないと燃えないんだよ」
言うまでもないが、こうしたやりとりは“段取り”どおりである。
上半身を起こそうとする“奥さん”の頭を抑えてベッドに押しつける。“奥さん”は尻だけを上に突き出して這い蹲るような格好になった。
いやあ、何というか……いかがわしい眺めだった。
先ほど迎えたオルガスムスが、“奥さん”の全身をうっすらと汗でぬめらせている。まだ余韻を味わっているのか、“奥さん”の尻は時折、ぴくん、ぴくんと疼き…おれの唾液と“奥さん”の淫液の混合物が、内股にいくつもの垂れ筋を作っていた。
“奥さん”の顔が見たくなって、顔の半分に掛かっていた髪を掻き上げてやる。
全身の中でも特に紅潮した頬に、汗に濡れた髪の生え際。
眉間に皺を寄せてしっかりと目を閉じるその横顔は、少なからずおれの中に残っていた最低限のモラルと常識を一瞬にして塗りつぶした。
逸る気持ちを抑えて、ナップサックから“小道具”の中に入っていたコンドームを取りだし、慌てて箱を開け、包みを破き、裏表を確認してから装着する…これだけの動作が、これほどまでにもどかしく思えたことはない。
薄いゴム製品がはち切れるのではないかと思えるほど、おれは怒張していた。
「ほれ」奧さんの手を取り、ゴムに包まれた肉棒を握らせる。
「…いやっ!」“奥さん”が手を引こうとする。
「なんだよ。ちゃんと握ってくれよ。握って、自分で挿れてみなよ」
「……い……や……」
「ほうれ」
「くっ」
浅く、先端を水面につけた。
じたばたしていた“奥さん”の腰の動きが、ぴたり、と止まる。
おれは敢えて腰を前に進めなかった。これまた“アドリブ”だった。
どうしてもおれは…この“奥さん”が、自らはしたない快楽のために積極的な動きに出る瞬間を、見たくてしようがなくなったのだ。
「…………く……んっ……」
「どうだい?“奥さん”」
おれはほんの少しだけ、腰を引いた。“奥さん”の腰がそれを追ってくる。
「挿れて、ほしいかい?」
「……は……いやっ…」“奥さん”の上半身が武者震いするようにぶるぶるっ、と震えた。
「ほうら」おれがますます腰を引く。
「やああ…」“奥さん”の腰がまた追いかけてくる…いかがわしすぎる眺めだった。
「“挿れて”って言ってごらん」またおれがアドリブをかます「ほら、言うんだよ」
「…い…いやっ…、そ……そんな…」“奥さん”が恨めしそうにおれを省みた「…んっ」
「…ほうら……“奥さん”、…どうだい、挿れてほしいんだろ?」
「……くうっ…」“奥さん”はついに根を挙げた「…い………挿れ………て」
「そうれ」
「うううんっっ!!!!」
そこから先は“段取り”もくそもなかった。
“奥さん”は驚異的な柔軟さで尻をふりたくり、おれをぎりぎりと締め上げながら、背を波打たせて喘いだ。町内中に聞こえそうな声を挙げて。おれも負けじとなんか淫らな言葉でも掛けて煽ってやろうと思ったが…絶対的な肉体の快楽の前にそんな浅はかな企みは瞬時にしてうち砕かれた。
「………あああっっ……あんっ………あっあ、あ、もっと……もっと……もっと…」
「…こうか?え?こうなのか?…これでいいんか?“奥さん”よ?!」
「……ああっ……やっ…いっ………いいっ……そ……そう………もっと……ああっ」
おれはすばやく“奥さん”から肉棒を引き抜くと、“奥さん”の躰を横にして足首を持ち、高く持ち上げると大きく開いた脚の間にまた突き立てた。思いっきり恥ずかしい体位で、“奥さん”を犯しつくしたかった。
当然、こんなのもアドリブである。ここまで来てるんだ…“段取り”なんぞくそくらえだ!!
「……やああっっ……そんな………そんな、の………あっ……あ、あ、ああ……やだ………いい」
「ダンナさんはこんなふうにしてくれるかあ?」上擦った声で叫んだ。
ダンナさんの方を見た。その目は見開かれて飛び出しそうであり、心配になるほど顔がどす黒くなっている。
「…ほうら、ダンナさん、よく見とけよ!!“奥さん”、いいんだってさ!こんなふうにされたかったんだってさ!ほら、見ろよ!“奥さん”がよがってるとこを!!ほら!ほら!いい?いいかこの淫売!…ほら、ダンナさん、あんたの女房はネジを巻けば欲情するぜ!!」
昔、どこかで聞いた台詞だったが、これもまたおれの即興だった。
おれはまた陰茎を引き抜くと“奥さん”の態勢を変え、また突き立てた。
…ええと…その後どんなふうにしたかは割愛していいかな?
その時は必死で、何を、どんな風に、どんな順序でしたのかいちいちメモをとってられる状態じゃなかったもんで、いまいち正確に覚えていない。
とにかくおれは、知っている限りの体位を“奥さん”にとらせると、挿入し、メチャクチャに責めた。“奥さん”は120%、肉の悦びに溺れているように見えた。このおれよりもずっと。
まあ、そんな状態なら一生続いてもやぶさかではなかったけれども、そうもいかない。
最後の体位ちゃんと覚えている。
ベッドの上にあぐらを掻いたおれの膝の上に“奥さん”が前向き乗っかって、おれの首に手を回していた。まるで抱きあっているかのような態勢だった。
「………あ…………あ………いや………だめ………もう……だめ……」
“奥さん”の声がだんだんか細くなり、それに反比例して腰の動きは烈しくなった。
「……あ……“奥さん”……おれも…」よくそこまで持ったもんだ。
「……ふっ…………………くううっ!……」“奥さん”がおれを抱きしめる。
「…おうっ」おれも“奥さん”を抱きしめた。
“奥さん”がいっそうきいつく締め上げてくる。
陰茎が根元からロケットみたいに飛び出すのではないかと思うほど、烈しい射精感が襲い……おれの目の前は一瞬白くなった。
一息ついて…おれは“奥さん”から離れ、ベッドから降りた。
“奥さん”はまだベッドの上ではあはあ言いながら息づいていた。
コンドームの先には驚くほど濃厚な大量の精液が溜まり、ぶら下がっている。
と、ダンナさんのことが気になった。見ると、やばいくらいにダンナさんは黒光りするくらいのぼせていた。コンドームを外すのも忘れ、おれはダンナさんに駆け寄って口のガムテープをはがした。
ぷはっとダンナさんが息を吐いて、ぜいぜい息を吐く。
「だ…大丈夫ですか?」コンドームをつけたまま言う台詞ではないと思ったが、心配になっておれは声を掛けた。
「ああ」ダンナさんはぎょろりと見開いた目でおれを見た「手錠と、ロープを外してくんないか」
おれはコンドームをぶらぶらさせたまま、言われたとおりにした。
ダンナさんは手首を揉みながら、ベッドの上にぐったりと突っ伏している“奥さん”を見た。
そしておれを見て、にっと笑顔を見せた。目は相変わらず見開いたまま。
笑い返そうとすると、おれはダンナさんに殴り倒され、気を失った。NEXT/BACK TOP