ハードコアな夜
作:西田三郎「第4話」 ■あんたの目の前で可愛がってやるよ
ちょっと退屈だったかな。
じゃ、話をそこから1週間後に戻そう。
「きゃっ……」
おれは“奥さん”をベッドに突き飛ばした。彼女の体はしなやかで…くにゃり、とベッドに崩れ落ちる。先週よりもずっと亢奮させられた…というか、今まで生きてきた中で一番、亢奮したかもしれない。
「お……おい!……やめてくれ!妻に乱暴しないでくれ!」
おれに縛り上げられて、芋虫のように寝室の床に転がされたダンナさんが言う。
なかなか快適そうな寝室だった。ベッドはセミダブルで、観葉植物や北欧製っぽいランプシェードが置いてあったりして。ダンナさんの股間に目をやると、やはりぎんぎんにズボンがつっぱっている。…おれよりもずっと。
「……やめろ!………頼む、止めてくれ!!」ダンナさんが叫ぶ。ご近所に迷惑にならない程度に。
「しっ!黙れ!!」おれは段取り通りに言うと、見るからに鋭利そうなゴム製ナイフをダンナさんに突きつけた「……あんたは大人しくそこで見物してりゃあいいんだよ。」
「やめろ!!…この人でなし!!」ダンナさんがこれまた段取り通りに叫ぶので、おれは次の段取りに移った。
ナップサックからガムテープを取りだし、その一切れをちぎり取って、ダンナさんの口に貼りつける。
「むぐ……」
「大人しく、見てな」おれはダンナさんを見下ろしながら言った「たまにはこんな刺激的なのもいいだろ?…なかなか新鮮で、悪くないと思うぜ」
さてと。
“奥さん”に向き直る。
これまた段取り通りに…というかそれ以上に、“奥さん”の様子は完璧だった。
ベッドの上で上半身を起こし、怯えた目でおれを見て…しかし期待と亢奮で頬をかすかにピンク色に染めながら…“奥さん”は手だけで後じさった。なんというか……90を過ぎた爺さんでもおっ勃つような眺めだった。
「……い……いや……」“奥さん”は言った「……やめて……おねがい」
おれはベッドに這い上がった。
アドリブをかましたい衝動にかられたが……まだ“段取り”を守るだけの理性は残っていた。
「……“奥さん”、いいじゃねえか。ほら、ここは夫婦の寝室だろ?相手が違うだけで、いつもやってることじゃねーか。ダンナさんも居ることだしさ、ほんのちょっと、おれのことをダンナさんだと思ってくれよ……あとは、いつも通りやるだけでいいんだからさ」
ちょっと長いセリフだったが、思ったようにちゃんと言えた。おれには演技の才能があるかも。
「……や……やだ……」“奥さん”はさらに後じさり……枕元の壁に背をつける。
「……じゃあ、ダンナさんのやり方じゃなく、おれのやり方でやるまでだぜ。……ちょっと手荒なことをするかも知れねえが、そのほうがあんたのお好みだっていうんだったら、おれはそれでいいんだぜ…?“奥さん”、あれか?手荒く扱われるのが好きかい?」…素晴らしいセリフだった。「SMスナイパー」もどきのこうしたセリフを吐いているうちに……不思議なもんだな……そうしたセリフが、だんだん自分のものになってくる。つまり自分が、冷酷で無慈悲で好色で粘着な、SM小説の中の陵辱者そのものになっていくような…そんな気分だ。そしてそれは、悪い気分ではなかった。一言吐くたびにひとつづつ、自分を縛り制限していた何かから解放されていくような…そんな不思議な爽快感をおれは味わっていた。
「脱ぎな」俺は言った「自分で、脱ぐんだよ」
「……え……そ………そんな」
おれはゴムナイフを“奥さん”の目の前に翳した。
「……それとも、こいつで剥いてやろうか?」まあ、それは5年かけても無理だろうが「……そうすると、ちょっとあんたのきれいな躰にちょっとばかり傷がつくかも知れねえが…それでいいのかい?」
床に転がっていたダンナさんが、ひときわウンウン唸って暴れた。
「……ん?ダンナさん、そっちのほうがお好みかい?」
ダンナさんがブンブン首を振る。
「…ほれ、脱ぐんだよ……」“奥さん”に向き直る。そしておれは語気を荒めた「脱ぐんだよ!!」
「………わかりました………わかったから、乱暴しないで」
“奥さん”はそろそろと……トレーナーの裾に手を掛けた。
そこからの風景は、詩的なまでに淫靡で、扇情的なものだった。
……恐怖にうち震え、たとえようもない羞恥に攻め苛まれながら……陵辱者と自分の亭主の目の前で…ゆっくり、ゆっくりトレーナーを脱いで行く人妻。息を飲んだ。“奥さん”がトレーナーから頭を抜くと、柔らかい彼女の髪がくしゃくしゃになってはらりと肩に落ちた。布地の下に隠されていたほれぼれするような白い肌と…高級そうな薄いベージュのブラジャーに押しつぶされた豊かな胸が露わになる。ブラジャーは少しきつめのようだ。その戒めの上半分からはみ出した肉は、なめらかで、ゼリーのようにふるふると揺れた。薄い腹には無様ではないくらいに柔らかそうな薄い脂が載っていて…股上の浅いジーンズの線の少し上にちょこん、とある臍は、きれいな縦型だった。
この2週間前…あの安ホテルでもおれは、“奥さん”の美しい肢体が糸切れひとつつけずに完全に開かれているのを鑑賞しもんだが……“奥さん”の自宅の寝室で見るその躰は、まるで違って見えた。
亢奮もまた、凶暴で凶悪な質感がした。
「………」トレーナーを脱いでしまうと、“奥さん”は許しを乞うような目でおれを見た。
「……何してんだ。下も。ジーンズも脱ぐんだよ」段取りどおりで、完璧だった。
「………はい」素直に、“奥さん”はジーンズの前ホックに手をかけた。
ぷちん、とボタンが外される音の後、ゆっくり、ゆっくり、“奥さん”はジーンズの前チャックを下げていった。…ジジ…ジジ…ジジ…という微かな音と、おれと、ダンナさんと、“奥さん”自身が漏らす低い鼻息だけが、部屋の中に響いた。次第に開いていくジーンズの前から、ブラジャーとセットらしいパンティの布地が覗く…“奥さん”はそうしながら、ちらちらとスキーマスクに包まれたおれの顔をのぞき見た。…多分、おれの亢奮を感じたかったのだろう。“奥さん”は同時に、ダンナさんのほうもちらちらと見ていた。
チャックが下まで下がり、“奥さん”はベッドに腰を置いたままゆっくりとジーンズを下ろし始めた。パンティ越しになだらかな丘陵が見て取れた。きめ細かな肌につつまれた、太股が次第に露わになり……膝頭が、ふくらはぎが現れ、やがてジーンズは“奥さん”の足首から離れた。
「………」“奥さん”が少し潤んだ目でおれを見上げる。
「………いい躰だ………」おれの声はさらに上擦っていた「……いいカラカだぜ、“奥さん”よ」
セリフの後半は、少し噛んでしまった。
「………」“奥さん”はきっと唇を噛むと、恥ずかしげに目を伏せる。淫獣にまさに躰を奪われんとする、貞淑な若妻というキャラクターに、“奥さん”はなりきっているようだった。
「……とりあえず、ストリップは中断だ」おれも負けじと陵辱者になりきる「……じゃあ、まず、これでもお願いするかな」
おれがジッパーを卸す音に、“奥さん”がはっと顔を上げる。
「……さて、いつもダンナさんにしてあげてるみたいに、同じようにおれにもしてもらおうか」
「……い……いや」“奥さん”が声を震わせる「……で、出来ません………そんなこと……」
「…………何言ってんだよ。いつもしてることだろ?」
「……そんな……やだ…………」“奥さん”が縋るような目線でおれを見上げる「……できません………そんなへんなこと………お願い」
“よく言うぜ、この変態の淫売が”とおれは思った……なんだか、考え方や感じ方までSM小説のレイプ魔のようになっていたようだ。
「……じやあ、無理矢理にでもその可愛いお口にブチ込んでもいいんだぜ?やっぱあんた、手荒く扱われたいのか?」
「…………」“奥さん”はしばらく俯いて、逡巡するふりをしながら……被虐の悦びに浸っているらしかたった「……あなた…………見ないで」
“奥さん”は静かに目を閉じて………すでに引き出していたおれの肉帽に指を伸ばした。
自分でも病気じゃないかと思うくらい、自分のそれは固くなり、赤黒く充血していた。
ちょん、と“奥さん”のつめたい指が触れる。
おれは思わず腰を引き……“奥さん”も一瞬指を引いた。
しかしお互いに気を取り直し、“段取り”を続けた。
“奥さん”がまた目を閉じて…そのすこし厚い唇を開いて、ピンクの舌を見せた。NEXT/BACK TOP