ハードコアな夜
作:西田三郎「第2話」 ■よーし、団欒はそこまでだ。
玄関の門を開けて、ドアの前でナップサックを開ける。
黄色の間抜けな色の目出し帽が入っていた。頭頂部に、真っ赤なぼんぼりがついている。おれは周囲を伺うと、それを被った。今、この姿を人に見られたら、どんなスペクタクルな言い訳をするべきか考えながら。
そして、ナイフを取りだした。よし、取り敢えずオッケー。
しかし…本当によく出来ている。刃の部分がゴムで出来ているようには全く見えない。
ドアノブを回す……段取りどおり、鍵は開いていた。靴を脱いで家に上がり、短い廊下の突き当たり(と、いうのも段取りのままだ)のリビングを目指す。
ドアをバーン!!と出来るだけ大げさに起きた。
おれの心の中では、ジャジャーン!とファンファーレが鳴り響いていた。
“奥さん”とそのダンナさんが、おれに背を向けてテレビを観ていた。
はっと、二人がおれの方を振り返る。
“奥さん”は白いぴったりしたトレーナーに、ジーンズ姿。3日前とは違い、化粧気がなく、髪もルーズにうしろで纏めていたけど、やっぱり相変わらず綺麗でエロかった。ダンナさんのほうは、“奥さん”よりはず6つか7つくらい年上に見えた。眼鏡を掛けて、痩せた体つきの、良さそうな人だ。一瞬だったが、たぶんこのダンナさんみたいな人はよく人に好かれるんだろうなあ、と思って、おれも彼を好きになりかけた。
「…よーし!!団欒はそこまでだぜ、お二人さん!!」おれは叫んだ。
段取りでは“よーし、団欒はそこまでだ!”だけだったのだが、最後の方は、おれのアドリブである。まあ、許される範囲内のアドリブだろう。
「なっ……」ダンナさんはそれだけ言って言葉を失った。
「……あ」おくさんはぽかんと口を開けておれを見た。
素晴らしい。二人のリアクションは全く段取りどおりだった。
おれは危険極まりない刃渡り20センチのゴム製サバイバルナイフを振り回しながら、二人に駆け寄った。そして段取りどおり二人の前に廻ると…二人は呆然としてソファから立ち上がれずもそれを見届けているばかり、という段取りだったが、それも完璧だった…ダンナさんの胸ぐらを掴み、ゴムの刃を目の前に突きつけた。
「ほら、大人しくしろ!!いいか、騒ぐんじゃねえぞ!騒いだら目玉をエグるぞ!!」
言っとくが、この台詞はおれが考えたものじゃない。そんな野蛮なこと、おれには考えもつかない。
「…ひっ」ダンナさんは自分の目の前に突きつけられたゴムの刃を寄り目で見た。
「…やめて…」“奥さん”がか細い声で言った「…乱暴しないで」
「アンタらが大人しくしていれば、おれも乱暴はしねえさ」おれは言った。見事な台詞廻しだった「いいか、声を上げるんじゃねえぞ。そしたらおれは、乱暴しねえ。あんたらは、おれの言うとおり、大人しくしてればいいんだ。判ったな?」
「…金か…?」ダンナさんが見事に震える声で言う「…金なら、やる。だから妻には、乱暴しないでくれ。お願いだ」
「……金?」おれも負けじと言う「……おい、おれを強盗かなんかと、勘違いしてんのか?」
「……何だって?」ダンナさんが言う。
「誰が金が欲しいなんて言ったよ。おれはコジキか?」
「……え……?」
「……おれがコジキに見えるかって聞いてんだよ?!」
ダンナさんは、真っ青になりながらも、首を横に振る。ほんとうビビっているようにしか見えない。
「黙って大人しくしてりゃあいいんだよ!」
そういいながらおれはダンナさんを立たせて、すこし強めにソファに押し倒した。
「きゃっ…」“奥さん”が小さく声を上げる「…やめて…大人しくしますから…」
恐怖に震えている(ように見える)“奥さん”は、このうえなく魅力的だった。まるで近所のスーパーにでも買いに行くようなラフなスタイルだったけれども…それが“奥さん”自身の素材のすばらしさを引き立てていた。玉子を逆さにしたようなシャープな輪郭の中に切れ長の一重瞼と、小さな鼻、すこし目立つ厚めの唇がバランス良く配置されている。先日会ったときもメイクはナチュラルな感じだったが、肌は抜けるように白く、今は蒼ざめて見える。白いトレーナーを押し上げている勢いのある豊かな胸。長いがメリハリのある脚はジーンズに包まれ、その造形の美をこれ見よがしに強調している…思い切り無意識に。
そして…こんなことを思ったのはその時がはじめてだが…“怯え”の表情というのは何故かくも女性を魅力を引き立てるのか。真面目な顔も笑顔もアノ時の顔も魅力的でなくても構わない。とにかく、女性は怯えているときの顔さえ魅力的ならオッケー、という新たなルールがおれの中で芽生えた。
そしてこれから奥さんとすることを思うと…おれは耳鳴りがするくらい欲情していた。
へんな表現だったかな?そのとき実際に、耳鳴りがしたもんだから。
おれはナップサックから手錠を取りだすと、ダンナさんにを放り投げた。本物の手錠だった。以外と軽くて、ちゃちな作りに見えるが、頑丈なのは確かだ。鍵がないと、それを外すことはできない。
「さあ、ダンナさん、それを手に填めるんだ。」おれは言った。
「……一体……一体、君は何を……」ダンナさんが呆然としながら…呆然としているふりをしながら…おれを見上げる「お金なら、たいしてないが…今あるぶんは全部……」
「だから言ってるだろ」おれはショートケーキもまっぷたつにできないくらい鋭利なゴム製ナイフをまたダンナさんにつきつけた「おれの目的は、金じゃねえんだよ。ぐずぐずしてねえで、早くその手錠を填めな。言うとおりにしねえと、あんたの奥さんの顔に傷がつくぜ」
「…ひっ」隣で聞いていた“奥さん”が、すくみ上がった。
「…わかった。わかったから落ち着いてくれ。ちゃんと手錠をするから」
ダンナさんは大人しく自分の両手首に手錠を掛けた。
“奥さん”は少し紅潮した頬でそれを眺めていた。
ダンナさんも青ざめた顔を装ってはいるが、鼻息が少し荒くなってきているように思う。
「…さて、奥さん。立ちな」
「きゃっ…」
おれは“奥さん”の腕を掴んで立たせると、痛くないように気を遣いながらその腕を後ろにひねり、その背中を引き寄せた。
「いや……」奥さんは言った「お願い、やめて」
「おい!妻に何をするんだ!!」ダンナさんが叫ぶ。
「あんたが考えているそのとおりのことだよ!」おれは出来るだけドスの効いた声を出したつもりだが、声が裏返っていた。
“奥さん”の首筋を自分の鼻でかき分けて、髪の匂いを嗅いだ。
風呂上がりなのか、シャンプーのいい香りがした。たぶん、桃の香りだろう。
「おい………君、まさか……」だんなさんが両手上のまま、ゆっくりと立ち上がる「たのむ…変なことは考えないでくれ………なあ、たのむよ。金なら……」
「座ってな!」今度は声を裏返さずに言えた。そして、大きく息を吸い込んで言う「……奥さん、たまんねえぜえええ」
「……やっ」
おれは奥さんの腕をひねり上げている右手はそのままに、左手を前に回して、ついにトレーナーの上からその豊かで、弾力のありそうな旨を鷲掴みにした。
「……や……いや…………」ゆっくいと乳房を捏ねてやると…おくさんはなまめかしく、軟体動物の動きで躰をくねらせた。「………やめ…て」
呆然と見ているダンナさんを見ると、見事にズボン前が突っ張っている。
世の中は広い。
おれは息を吸い込んで、序幕のハイライトであるその台詞を慎重に言った。
「さて………ご夫婦の寝室にご案内いただこうか……いつもやってるところで、やってやるよ。……それともお二人はいつも、リビングでしてんのか?」
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