インベーダー・フロム・過去
作:西田三郎「第18話」 ■巡礼の果て
そんなこんなで、過去の男達を訪ねるわたしの放浪は続いた。
当然、日常生活に支障が生じはじめてきた。
会社から、これ以上欠勤が続くようだったら契約を考え直さざるを得ない、と遠回しに言われるようになったけど……毎日、昨晩飲んだお酒がかなり残っていて、疲弊し、ぼんやりしているわたしの神経は、そんなことは些末な問題としてちゃんと受け止められなくなっていた。
それにしても……ここ3週間くらいで、わたしはかなりの数の男とやった。
3週間で12人。それをわたしはちゃんと手帖に記していた。今度はしっかり、それを覚えておきたかったからだ。男を呼びだして、それぞれのやりかたでいかされる度、それぞれの男たちの記憶が鮮明に蘇ってきた。まるで、過去をひとつひとつ取り戻して、それでパズルを仕上げていくみたいに。そうすることで、現在に繋がるわたし自身の存在が、少しずつ確かなものになっていくみたいに思えた。
これは、わたしにとって必要な心の旅なのだ。日常の仕事なんかよりずっとたいせつで重要な。
それに反して、夢の中に現れる“あの男”はますます曖昧になってゆく。
ある時彼は、大学2年のときに飲み屋の雑居ビルの非常階段でバックから入れてきたあの男であり、ある時はOL時代にわたしにお尻の穴を舐めさせた会社の上司になった。そうかと思えば大学1年の秋にわたしにはじめて大人のおもちゃを使った男になって…次の晩にはOL時代の後期にはじめてお尻に指を入れられた別の課の同期になった。
誰一人として、繰り返し夢に見てきた“あの男”そのものではなかった。
わたしはそんな生活を続けながら…いろんな男にいろんなところをいじられて、舐められて、いろいろ変わったことをされて、させられて、様々な体位でやられながら…必死に“夢の男”の面影をその行為のうちに探していた。それぞれは部分的に符号するのだけど…決してそれぞれの男は“夢の男”と同じではない。
そしてわたしはその週の最後あたりに……ついにはじめてわたしがやった(あんまり、“処女をあげた”なんてロマンチックな言い方はしたくない)あの男に会った。
大学1年のころ、彼はフリーターで、わたしより4歳年上だった。
つまり男は今、30を越えている訳だけど…駅前の待ち合わせ場所に走ってきた彼を見て、わたしは愕然とせずにおれなかった。これまで改めて会ってきた男たちは、会っていなかった期間の長さに応じてそれぞれに変わってはいたけど……その男の変わりっぷりにはいささか呆れてしまった。
わたしとはじめて会った頃、彼はスマートで長身で、少し悪っぽくて世間慣れした感じの、それなりに格好いい青年だった。しかし今目の前に走ってくるのは、多分そこらの量販店の中でも最下層の最低価格とおぼしきへなへなのスーツにたるみきった身体を包んだ、禿頭のデブだった。
「ひさしぶり。伊佐実ちゃん、あんまり変わってないね」ニヤけた顔で男は言った。
「むかしみたいに髪を短くしたから…」わたしは言った。「ごめんね、突然呼び出して」
「ううん、おれ、嬉しかったよ。ずっと伊佐実ちゃんに会いたかったんだ」
歯が浮くようなデマカセを口にしながら、男ははげた頭に溜まった汗を垢じみたハンカチで拭った。
しかしセックスに対する積極性は少しも失われていないようで、彼といきなりラブホテルに入ることになった。
彼も部屋に入るまで待ちきれず……ラブホテルのエレベータの中からわたしを抱きすくめ、厚ぼったい唇(これは昔と変わっていなかった)でわたしの口に吸い付いき、スカートの中に手を入れててきた。
蹴破るようにドアを開け、わたしは手荒く扱われている宅急便の荷物のように、ポーイっとベッドに投げ出された。わたし自身、いつも通りにすごく亢奮していたので、そのせいでまた身体が熱くなった。
「……ねえ、わたしとはじめてやった時のこと、覚えてる?」
「…え?」
「わたしとはじめてやったとき、どうしたか、…………ちゃんと覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」男がネクタイを解きながら言う「たしか伊佐実ちゃん、はじめてだったよね…そうじゃなかった?」
「うん」
「……やっぱりはじめての男は忘れらんない?」男が下卑た笑みを浮かべながらむしるようにわたしの服を剥いで、自分も服を脱ぎ散らかした「……そうなの?」
…ちゃんと覚えてたか。
まあ、ヤリ捨ててきた女の中でも、処女はあんまり居なかったのかも知れない。
「それでさ、確か、こうしたよね」男は解いたネクタイをぴんっと両手で引っ張って、わたしに迫ってきた。「ほら、覚えてる?」
「あ……」
男はネクタイでわたしに目隠しをした。
そうだった。わたしは確か、目隠しをされて処女を失ったんだっけ。
男は手際よくネクタイをわたしの頭の後ろで結ぶと、わたしの躰に残っていたブラジャーとパンツをはぎ取って全裸にし、わたしを仰向けに押し倒した。そして……わたしの両膝に手を掛けて。思いっきり左右に開いた。はじめてそんなことをされたときの、はずかしさといかがわしさが、ぽっとわたしの躰の芯に火をつけて……それはたちまちのうちに躰全体に燃え広がった。
「……いや……」と、わたしは当時を思い出して同じことを言った。
「……へえ……伊佐実ちゃん、ここもあのころと、そんなに変わってないじゃん」
「………ばか……」男のニヤけた顔は見えなかったが、わたしは顔を背けて見せた。
前戯がおざなりなのも、昔どおりだった。
男はほんの少しわたしの脚の間を指でいじると、いきなり挿入してきた。
はじめての時と違って……わたしはその時点でかなり亢ぶっていたので……男の肉棒はするん、とスムーズに奧まで届き、子宮を圧迫した。
「……んんっっ!!」
「……おおお…」男が情けない声をあげるのが聞こえる。
わたしは男の肉棒を締め付けた。
意識せずとも、自動的にしっかりと。男の肉棒はわたしの中でさらに大きくなった。
「……おら……おら……おら……おら……おら……おら……おら……おら」
男はそう言いながら、烈しく腰を打ち付けた。
「……あっ……んっ……………あっ……ああっ…あ、あ………」
はじめての血塗れのセックスのことを思い出して、わたしはあっというまに絶頂まで高ぶっていった。
すごく……すっごくよかった。
「………あ………や………やだ………もう…………んんっ!!」
わたしは男の肉棒を絞るようにしめつけて、いった。
ほんと、あっという間だった。男はそのまま耐えきれず、中で出した。
「………もう一回して…………」息も絶え絶えになりながら、わたしは見えない男に言った「あのときみたいに、ほら、後ろから………」
「……よし」
男の年齢からしてみると、酷な注文かと思ったけど、そうではなかった。
男は慌ててわたしを裏返し、這い蹲らせて、お尻を高く持ち上げさせると、全く硬さを失っていないそれをまた、一気にぶち込んできた。
「ああああっ!」わたしはまたそれを締め付ける。
今度、男は前よりだいぶ長くもった………。
「いやらしい女だな」とか「どうだいはじめてのチンポの味は」とか「あれからした男の誰よりもいいだろ」とか、そんな自分を鼓舞する言葉を吐きつけながら、男は目かくしされて四つん這いになったわたしのお尻に、烈しく音を立てて叩きつけ続けた。
自慢じゃないけど、わたしは男か再び中で出すまでに、2回もいった。
…でもやっぱり……その男も“夢の中の男”とは別人だった。
家に帰るといつも一人だ。
“公一の不在”という事実からいちはやく逃れるために……わたしはいつものように服も着替えずにウイスキーを生で煽りはじめた。
今日は2回も中に出されてしまった。
…まあいいや。多分、大丈夫な日だろう。そんなことをいちいち考えるのも面倒くさくなるほど、わたしは堕落していた。しかし、記録することは忘れなかった。わたしはべろべろになりながらも、自分の手帖に今日、あの男としてきたことを克明に手帖に記した。中に出された、とも書いた。
酔いでふらふらになった頭で自分の書いた記録を読み返しているときに………ほぼ3週間ぶりにわたしの携帯が鳴った。
着信表示を見て、酔いすぎたのか、それとももう夢でも見てるのかと思った。
公一からだった。<つづく>
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