インベーダー・フロム・過去
作:西田三郎「第17話」 ■ピルグリム
公一がいなくなって1週間が経つ。
公一の会社から何回も電話が掛かってきて、これ以上、無断欠勤が続くようなら公一の会社での立場はあやうくなる、と言われた。
…はあ。あんまりなにも感じなかった。
わたしは、わたしの問題で精一杯だった。わたしの問題その1…公一はどこに行ったのか?
わたしの問題その2…わたしの夢の中に出てくる男はつまり、誰なのか?
わたしの問題その3…意識を失った夜、わたしは誰と、何をしたのか?
わたしの問題その4…わたしを目隠ししていたあの公一のネクタイは一体何か?どこから手をつけていいのかわからない問題だった。
具体的に何をしていいのかよくわからないので、わたしは“巡礼”をはじめた。
「ええと……どうだっけ、こんなふうだっけかな」
学生時代によく行った飲み屋のビルの非常階段に、わたそしとその男は居た。
わたしは寒い中、手すりにつかまって、男に向けてお尻を突き出していた。パンツはすでに足首まで下ろされ、ハーフコートの裾から裸のお尻がむき出しになっている。寒いはずなんだけど、あまり冷気は感じなかった。とくにわたしの脚の間は…あまりに熱くたぎっていたので、かえって外の冷たい空気が心地よいくらいだった。
「……ほら……こうか?」男の指の腹が、少し冷えかけていたわたしの水面に触れた。
「…んっ」
「……そうそう、思い出してきたよ」男がゆっくり指を動かしながら言う「伊佐実ちゃん、こうするとすごく気持ちいいんだよね。こうやって、お尻つきだして触られると」
「……あっ」男の指に嬲られながら、わたしは言葉にも嬲られるなつかしい心地よさを味わった。
確か大学2年のときに、わたしは一度この非常階段でこんなふうに男といやらしいことをした。
当然だけど、こんなどうでもいい男のこと、わたしはすっかり忘れていた。
なにをしたかどころか、顔や、名前さえも。
わたしは自分の暗黒時代への巡礼を…わたしのはずかしい過去の地獄巡りをすることにした。
わたしは昔みたいに髪を短くした。
夜はたらふく飲んで、意識がなくなるくらいまで飲んで、タバコもがんがん吸った。
眠り込むと、毎夜のようにあのいやらしい夢を見るようになった。
夢の内容はこれまでと同じだったが、わたしを弄ぶ男の顔は、毎夜のように入れ替わった。
それは学生時代やOL時代、酔っぱらっているわたしを好きなように弄んで玩具にした男達それぞれの顔だった。…いや、“弄んだ”とか“玩具にした”とかいう書き方は偽善的だ。わたしはそのころよろこんで男達に自分の躰を好きに差し出して、弄ばせ、玩具にさせ、それを愉しんでいたのだから。
それゆえに、あの暑苦しい白浜海岸の中でわたしがされることは、日によってすこしずつ違っていた。
現れる男の数だけ、わたしへの攻め方もそれぞれに違っていた。
その全てにわたしは大きく反応して、同じように声を挙げて、同じように喘ぎ、悶えた。
目が覚めるといつも下着がぐっしょりと濡れていた…そしてその度に、わたしは男達のことをひとりずつ思い出していった。
この男を思いだしたのも夢のおかげだった。
思い出した男たちに片っ端から連絡をとって、久しぶりに会おう、という。
呆れ返るばかりだったけど、男達は皆、怪訝そうに振る舞うけれども、だれひとりとして断る者はいなかった。だって、ただでできるんだから。
「……は………はやく…」震える声で言って、潤む目で男を振り返る。あたしはお尻でゆっくり円を描いていた…自分でその動きを見て、恥ずかしくなったけど、おかげでもっといやらしい気分になった。「……おねがい、ちょうだい……」
「………待てよ。焦るなよ」男はコンドームを装着するのに難儀しているようだった。「…ほら、今すぐぶっこんでやるからね……伊佐実ちゃん、相変わらずやらしいなあ……やっぱあれ?ダンナさんだけじゃ満足できないの?…だからおれのこと思い出したの?」
…“相変わらず”って。
よく言うよ。わたしのことなんて電話が掛かってくるまですっかり忘れてたくせに。
男にしてみればわたしは、たまたまラッキーに挿れることのできた、何人かの女のひとり。
ほんの少しの、人生のスパイスみたいなもの。ふと、これまでの人生を思い返してみたときに、わたしみたいなヤリ捨ててきた女たちとのセックスを思い出して、男はニンマリする。…それで、自分の人生も、なかなかのもんだなっていう安っぽい自己満足を味わう。
…別にいいけどね。
正直いって、わたしは男の心の中にそんな俗物っぽい自己満足を見いだしても、そんなに反感を感じることはなかった。むしろ、男にとって自分が、“昔、挿れた穴”くらいに貶められて捉えられていることを感じて…逆に亢奮したりした。
昔、わたしが無意味な乱れた性生活を送っていたのは、確かに寂しさからくるものもあっただろうけど……それよりもむしろ、男にそこまで見下され、貶められることに屈折した悦びを見いだしていたからではなか、とさえ思えた。…別に縛られたり、鞭で打たれたり、蝋燭で攻められたりすることだけが、被虐の悦びなんじゃない。自分の立場をどこまでも貶めていくことで悦を感じるという意味では、わたしだってそんな変態の女の人たちと同じなのだ。
「………んっ…………くっ……………あっっ!」
わたしは思わず躰を海老反らせた。
突き出したお尻の間に、いきなり男がその太短い肉棒を、根元まで押し込んだのだ。
「………あ………………や………………ん……………きつ………い」
男はわざと動かなかった。
そう、夢の中の男みたいに、挿れたまま動かさずに、わたしの反応を眺めて目で愉しんでいた。
「…ほうら、どう……?………なつかしいでしょ、おれの。……伊佐実ちゃん、これが欲しかったんだよねえ?……ほら、何年も、これが忘れられなかったんだよねえ……?」
「………ん」嘘をつくのがいやだったので、わたしは黙っていた。
「……ほら、どうしてほしい?」
男がわたしの背中に上半身を乗っけるようにしてわたしの耳元で囁く。
「………ん………くっ」
「………ああ………いいなあ、伊佐実ちゃんの中。昔とおんなじで、暖かいよ。あったかくて、ぬるぬるして、ぎちぎち締め付けてるよ。……そんなにいい?思い出しちゃった?伊佐実ちゃん」
「……う………動かして……」わたしが泣きそうな声で言う。
「……ダンナさんとどっちが太い?ねえ、どっちがいい………?」男がびくん、と一回だけ突く。
「んっ!!………やっ………」
「……ほら、ダンナさん、こんなふうにしてくれる?おれみたいにしてくれる?」
「あっ……!…………いやっ……」男がまた、強く2回、びくん、びくんと動いたのだ。
「……自分で動いてごらん…………ほら」
「……ん……」
わたしは固く目を閉じ、男に言われたとおりした。
自分でこすりつけるように、挟み込んだ肉棒をしごきあげるように、前に後ろに、上に下に、右に左に動いた。
「……あっ……すげえ………すげえよ………伊佐実ちゃん………伊佐実ちゃんって、こんなやらしかったっけ…?………あっ……ああっ……」
男はそれから、1分ともたなかった。
わたしは夜見る夢で“過去の男”を思い出すたびに……そんなことを繰り返し、次々と昔の男達に会った。<つづく>
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