インベーダー・フロム・過去 
作:西田三郎

「第16話」

■ビフォア・ビギニング

 「ふつう、何年も会ってない学生時代の友達からいきなり会おうって電話掛かってきた場合、新興宗教かマルチ商法の勧誘だわな」
 7年振りに電話をしたわたしに、島原君はそう言った。
 
 公一はまだ帰ってこない。
 週末、わたしは繁華街の喫茶店で島原君と向かい合って座っていた。
 大学の学生課で島原君の所在を調べて、ためらいながらもダメ元で彼に連絡してみた。
 
 島原君は初めいぶかしがったが……週末に会うことを承諾してくれた。
 よほどヒマだったのだろう。
 
 しかし待ち合わせ場所の喫茶店に現れた彼を見て…わたしは驚き、そしてがっかりした。
 
 「…ごめんね、急に呼び出して」わたしは自分の口調から落胆を隠し切れていなかった。
 「ま、いいけど。別に。ヒマだからね」嘘偽りない彼の近況だろう。
 そう言って島原君は煙草に火を点け、煙をふわっと吹き上げた。
 わたしも動揺する心を鎮めるために、自分の煙草に火を点けた。マルボロ・ライト…昨日からは特に、ひっきりなしに吸っている。
 島原君が吐いた煙と、わたしの吐いた煙がテーブルの上で絡み合う。

 …それにしても…。
 
 紫煙の向こうの顔は、わたしの夢に出てくる“シマハラ”とは、まるで違っていた
 確かに中年を間近に控えた年齢にはなっているけれども…余りにも違いすぎる。夢の中の“シマハラ”はこんな丸顔でもないし、えくぼもない。夢の中の“シマハラ”と比べても眉が薄すぎるし、奥二重だ。夢の中の“シマハラ”は細面で、切れ長の一重瞼。鼻もまったく違っていた。
 夢の中の“シマハラ”よりも現実の島原君は、もっと小さな鼻をしていた。
 
 「で、話って何?」島原君は半笑いでわたしの顔を見た。「宗教?マルチ?
 「……島原君、わたしあなたと、学生時代、白浜に行ったよね?」
 「え?」島原君はぽかんと口を開けた「…だっけ?
 「島原君、バイクに乗ってたよね」わたしは言った「確か、ホンダの、おっきなバイク」
 「…ああ」島原君は遠い目をした「3年前に売っちゃったけどね。結婚資金の足しに」
 「結婚?結婚したの?島原君?」
 「…いや」島原君はほんとうに苦虫を噛んでいるような顔で言った「結局うまくいかなかったけど」
 「……まあ、それはいいとして島原君、わたしをバイクに乗せて、白浜へ連れてってくれたよね?」
 「……うん……」島原君の目が泳ぎ、ぴたっと何かに定まった。どうやら思い出したらしい。
 「……白浜でしたこと、覚えてる?」わたしは目線を落として言った「あの、その、ふたりでしたこと…」
 「………」島原君はうつむいて、コーヒーを啜る「何で今更、そんなこと?」
 わたしは鞄から例の写真を取りだすと…周囲に人目がないことを確かめて、こっそり島原君に手渡した。彼は何とはなしに写真に目をやったが、写真に写っているものを見て、目を見開いた
 そう、写真には二十歳の頃のわたしが、上半身裸で腕で胸を隠して写っている
 「…これ…」島原君は言った。
 「それ撮ったの、島原君だよね?」わたしは小声で言った「…だよね?……そうだよ。島原君、確か、カメラ好きだったよね」
 「え?」さも意外そうに、島原君は目を丸くした
 「…いつも肌身離さず、カメラ持ち歩いてたじゃん。ほら、あのポラロイドカメラ。それでわたしの写真、撮ったんじゃん」
 「……あの…違うよ」島原君は言った「それ、多分おれじゃない
 「……え?」
 「それは、田崎だよ。ほら、あの時一緒に白浜に行った。おれはカメラなんて、“写るんです”しか触ったことないよ」
 
 …………ええ??
 
 「ホラ、あのとき白浜へは、確か6人で行ったんだ。男は、おれと田崎と藤原と…あと誰だっけ……ああ、木梨。それで女は、きみと………あと……あと、誰だっけ。あの、あの……おっぱいの大きな子。ああ、ここまで名前が出てきてるんだけど、出てこないや。ああ……ええっと……ミホちゃん、そうそう、ミホちゃんだ。」
 
 誰の名も、まったく思い出せない。 
 わたしは目眩を感じた。
 つまり、こういうことだ。
 わたしの記憶はこんがらがっている。
 
 「あの……じゃあ、この写真を撮ったのは、田崎くん?」
 「……確か、そう」
 「……あの、つまりわたしと、島原くんは……その……ボート小屋で………その……アレして、写真撮ったのは……田崎くんってこと?………つまり………その………」
 「………うん」島原君は居心地悪そうに身じろぎした。「……つまり……」
 「……あたしは、田崎君とも、その………」
 「………田崎とも、藤原とも、木梨ともしたよ。……つまりその………順番で
 
 目の前が暗くなった。
 喫茶店のソファに座りながら、墜落する飛行機に乗っているような気分になった。
 
 「……そんな……」わたしは言葉もなく、黙り込んだ。気が付くと、泣いていた。
 「昔のことじゃないか」テーブルの上で震えるわたしの手の上に、島原君が触れた。
 
 顔を上げる……気の毒そうにわたしを見る、27歳の島原君の締まりのない顔があった。
 
 そこから1時間くらい後…わたしと島原君は、その喫茶店から一番近いところにあるラブホテルの一室に居た。エレベータの中でさえ、堪えきれずに激しくキスをした。
 二人でもつれるように、部屋になだれ込んだ。島原君はもの凄い勢いでわたしの服をむしり……わたしはたちまち、全裸にされた。島原君はもの凄く亢奮していた。……怖いくらいに
 
 「……できるだけ、思い出してやって」わたしはベッドから降りて、壁に手をつき、お尻を突き出した「できるだけ、記憶のとおりに…………おんなじように、して
 「…よし
 
 島原君は、前戯もほどほどに、突っ込んできた。
 乱暴に突き立て、おっぱいを絞るように揉んだ。
 痛かったけど、わたしも相当に亢奮していたので……それほど苦にはならなかった。
 
 島原君が“夢の中の男”とは全く別人ではないことをそこから知った。
 島原君は確かに“夢の中の男”ほどねっとりと、じらすようにわたしを亢ぶらせたりしないけど……執拗にわたしの耳を舐める癖があった。そして時折、耳たぶを甘噛みする。
 その感触だけは確かに……夢のまんまであり、電車の中に現れるニセ“シマハラ”の舐めかたと似ていた。
 
 つまり、こういうことだ。

判ったことその1…“侵略者”=“シマハラ”ではない
判ったことその2…“シマハラ”=島原君ではない
判ったことその3…“夢の中の男”=島原君でもないし、“侵略者”でもない
判ったことその4…夢の中に出てくる男の一部は……島原君自身である

 公一はずっと帰って来なかった……そして、わたしの“巡礼”がはじまった。

<つづく>
 

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