イグジステンズ
〜存在のイっちゃいそうな軽さ〜


■6■ うなぎ
 
 テーブルを挟んで正面に座っていたじじいの体が、テーブルの底に沈み込んでいくように、どんどん小さくなっていった。
 それにつれて、テーブルの下でわたしの下半身をもてあそぶ(いやらしいね)じじいの手は、ますます激しく、あからさまになっていく。
 どう考えてもおかしい。いくら酔っているとはいえ、これはヘンだ。
 逃げなくては、と思ったら、いきなり両膝を掴まれて、ガバっと左右に開かれた。

「いやっ……」
「楽に……楽にしてください……このまま、すごく気持ちよくしてあげますから……」
「い、いや……い、いいよ、そんなの。いいってば……やっ……やらっ……」

 かちゃり、とベルトが外される。
 じじいは、どんどん正面の席に沈み込んでいく。さっきは胸までをテーブルの上に出していたのに、今はもう肩口くらいまで沈んでいた。
 そのぶん、手がこっちに伸びているようだ。
 おかしい。まるで砂時計じゃないか。
 というか……ここは居酒屋の中だ。わたしとじじいは、いい感じに出来上がった酔客のど真ん中にいる。わたしの位置から見えるボックス席には、若いサラリーマンの二人連れ。先輩と後輩だろうか。なにか大きな声で下ネタ関係の話をしている。
 背後の仕切りの向こうでは、女子大生的なノリのにぎやかな集団が大盛り上り中だ。ヒステリックなほどの笑い声が二分おきに炸裂する。
 両手にジョッキや料理を抱えた店のスタッフの女の子や男の子たちが、忙しそうに行き交う。
 ここは公の場だ。そんな中で、わたしは酔っ払ったことにつけこまれ、下半身にいたずら(超いやらしいね)されようとしている。

 だめだめだめだめだめ。
 むりむりむりむりむり。

 どんどんテーブルの下に飲み込まれていくじじいの体積の比率よりも、むしろそっちのほうが問題だ。
 とかなんとか思っているうちに、

「……やめ、らめ……」
 ああもう、廻らない舌がうっとおしい。そして抵抗できないのぼせた身体がうっとおしい。
 いや、抵抗できないのだろうか? しようと思えば、できるのではないだろうか? できるのに、していないだけなのではないだろうか? 
 ということは、自分で意志をもって抵抗していない、好きにさせている、ということになる。
 いやいやいやいやいや。そんなこと、今はどうでもいい。

 プチン、とショートパンツのボタンが外される。正面のじじいは、首あたりまでテーブルに飲み込まれている。
 じじいの長い顔が顎からじわじわとテーブルに飲み込まれていくにしたがっ て、ジジジ、ジジジ、とパンツのジッパーが降ろされていく。
 自分の手で、それを封じればいいのに、と思われるかもしれないけれど、手が動かなかった。
 いや、わたしが、手を動 かさなかった。
  じじいの顔半分がテーブルの下に飲み込まれている。目だけが、わたしをじっと見ている。
 テーブルの下がどんな状態になっているのかもうわ からないけれど、目だけが、わたしの表情を見据えている。まるで鰐みたいに。
 わたしが恥ずかしがるのを、わたしがちょっとでも反応を見せるのを、一つも取りこぼさず監視するように。

「腰を浮かせてください……」声はほとんど、テーブルの下から聞こえてきた。「ほら、腰を……」
「ん…………」

 自分でも自分の行動が信じられなくなるときが、たまにある。
 自分の身体が、自分ではないように思えるときがある。鏡に映った自分が、とても自分とは思えなくなるようなときもあるし、自分の意思でしているはずの行動が、誰かにさせられているように感じるときもある。
 そのときのわたしが、そんな状態だった。

 わたしは、言われるままに腰を浮かせていた。
 ズボンが引っ張られ、するすると太ももの上を這っていく。膝小僧のカーブを通り過ぎ、脛とふくらはぎを超特急ですべり降りて、すとん、と足首に落ちる。
 脱がされてしまった。
 酔客で賑わう居酒屋の中、テーブルの下で、わたしは今、パンいちだ。
 正面には目の下あたりまでテーブルの下に沈み込んだじじいの顔。
 もう、テーブルの下がどうなっているのか、自分で覗き込む勇気がない。

 なんで抵抗できなかったんだろう……いや、しなかったのだろう?
 酔っていたから? いや、どうなんだろう? あまりの非日常的な出来事に、現実感を失っていたから?
 いやいや、そんなことはもうどうでもいい。
 
  ホールスタッフの男の子や女の子たちが忙しそうに通路を行き来する。右隣りのサラリーマン二人連れの後輩のほうがどういうわけか泣き出して、先輩のほうも なぜかもらい泣きしている。背後の仕切りの向こうでは、女の子たちの集団が大声で「レリゴー、レリゴー」と歌っている。
 すさまじい喧騒の中、わたしはテーブルの下、下半身パンいちだった。
 そして、その下半身にまるで蛸の脚のように指が絡みついてくる。
 とても左右合計10本の指の仕業だとは思えなかった。
 脚の指まで使っているんじゃないかと思うくらい、膝小僧に、内ももに、そして下着の上からわたしの特に柔らかい部分に、縦横無尽に指が這い回る。

「あっ……んっ……くっ……くううっ……」

 感じていた。いやもう、はい。マジで感じてました。どーもすみません。
 でも、必死に声を出すのをこらえた。だって……そりゃ、そうでしょう。そうするのが、ちゃんとした社会人でしょう。
 最初は人差し指を噛んだ。その見てくれは、じじいの目からもかなりいやらしかったと思う。そして居酒屋の硬いベンチの上で身体をよじった。
 よじっても指はどこまでも追ってくる。絡みつき、這い回り、ほじくり出し、撫で、さすり、いじくる。
 そうやって、わたしの快感をもっと発掘しようとする。
 相変わらず、テーブルから目を出したじじいが、わたしの反応をガン見している。
「やらっ……あうっ……」
 ぬるり、と下着の脇から指が入ってきた。濡れた水際に指が浸される。
 わたしは思わず、テーブルに突っ伏していた。もうちょっとで、手をつけていなかったアボカドか冷奴を、顔で押しつぶすところだった。
「ああっ……ら、め、ら、ってば……や、や、いや、やだ、だめ、や、や、や……」
 わけもなくその確信的な部分を探りあてられ、こちょこちょとくすぐられる。
 人でごった返している居酒屋で、わたしの腰はぴょんぴょんと跳ねた。
 
 いったい、テーブルの下はどうなっているんだろう?
 じじいの手や指が伸びて、デスク裏のパソコンの配線みたいにごちゃごちゃになっている様を思い浮かべた。
 その中に、パンツ一枚の、わたしの下半身がある。
 飯田にも、あの小娘にも褒めてもらったわたしの自慢のお尻が、硬いベンチの上でぴょんぴょんと跳ねている。
 想像するだけでいやらしかった。
 わたしは、テーブルの下を覗こうとした。
 
 と、そのとき、わたしの太ももをじじいの体が這い上がってきた。 まるで穴からが出てくるみたいに。そうとしか表現できない。
 太ももに、しゅるっ、と布ずれの感触がしたと思ったら、それはじじいが着ているスーツの感触だった。黒い影がさっとわたしの下半身を横切る。
 じじいはあっという間にテーブルの下から身体を出すと、わたしの左真横にぴったりとその身体を納めた。
 恐る恐る顔を上げて見上げると、じじいの身体は心なしか細長くなっているように見えた。
 それにつれてもともと長かった顔がさらに長くなって、わたしの顔の左真横にある。

「思った以上に、素晴らしい感度ですね……」
 耳もとで囁かれて、わたしの身体はぶるっと震えた。
「や、やめれ……」
 と、じじいの手が……わたしの下着にかかる。
「これも、脱いじゃいましょう……もっと気持ちよくしてあげますよ……」
「こ、ここじゃ……」わたしは言った。「こんらとこじゃ……やら……」
「なぜです?」じじいは言った。「あなたが思っているほど、他人は他人に対して関心なんか持っちゃいませんよ……」
「ら、らって……ひ、ひとに見られちゃう……」
「そんなに人の目が気になりますか?」じじいが下着の脇からわたしのあそこに、こってりと悪戯をしながら言った。「じゃあ、場所を変えましょう」

 ふっと、視界が暗転した。

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