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童貞スーサイズ
第三章 「
(ディス・イズ・ノット・ア)ラヴ・ソング



■第26話 ■ 恋のダウンタウン
 なぜ教室のロッカーなんかにあんな大金を隠したのかと言えば、そこが一番安全な場所のように思えたからだ。
 自分の部屋に隠すのはリスクが大きすぎる。
 不在中に勝手に部屋に侵入し、勝手にエロ本を発見しては、勝手に大騒ぎするような姉が居るのだ。
 実を言うと自分の痴態をさんざん焼き付けられたあのDVDも、学校のロッカーに隠してある。
 これからも姉や母に見られるとマズいものは教室のロッカーに隠し続けるだろう。
 
 茶封筒に入った大金を目にした太田は目を丸くした。
 それも当然だろう。
 
 14歳の少年が持っている金にしては非常識な額だったし、そもそもそんな大金を教室のロッカーに隠していること自体が異常なのだから。
「な、なんなのそのお金……」
「バイトして稼いだんだ」
 芳雄は適当な事を言って誤魔化した。
「ち、血塗られてたりするお金だったりしないよね?」
「うーん……どうかな」
「家にお金の成る木でもあるの?」
「2本あるよ」
「お爺さんがものすごい資産家だとか?」
「うん、和歌山県の山の半分を持ってる」
 
 学校を出てからも太田の質問は絶え間なかったが、芳雄は何とか生返事と冗談で誤魔化した。

「……そのお金、どうするの?」
 太田が心配そうに小声で言う。
「二人で使うんだよ。お金は使うためにあるんだから」
「でも、そんな大金どうやって……」
「服とか欲しくない?そろそろ涼しくなってきたから、なんか新しい服を買おうよ。上から下まで、靴も新しいのを買おう。まっさらなやつを。その後二人でご飯を食べよう……どんな料理が好き?」
「な、なによそれ……」太田はいまだ疑い深げに目をきょろきょろさせている。「お、お金であたしの気持ちを奪おうってわけ? イヤらしいよ、そんなの……あ、ひょ、ひょっとしてお札であたしのほっぺたはり倒して、それであたしのカラダまで……」太田はその他もなんだかんだと御託を並べたが、先を歩く芳雄にしっかりとついてきた。「や、安く見ないでよね、あ、あたしそんな女じゃないんだから。それに…………こ、乞食じゃないんだから」
「わかってるよ。でもたまにはパーッとぜいたくしたくない?」
「……で、でも、なんであたしと……」
「ぼくは無駄遣いがしたいんだよ。一人で札びら切ってもしても楽しくないから、君と無駄遣いがしたいんだ。それだけだよ」
「こんなこと……しょっちゅうしてるわけ?その……月に一回とか、何週間に一回とか、女の子ひっかけて、そこらじゅうで札ビラ切ったりするのが趣味だったりするわけ?」
「いや、今日がはじめてだよ」

 一体、同じ歳の少女がどんな言葉で喜ぶのかはわからないが、少なくとも今のところ太田は不快感を感じているわけではなさそうだ。
 芳雄は太田のぎこちない受け答えがとても好ましく思えて、楽しくなった。
 人との会話でこんなにいい気分になったのは随分久しぶりな気がした。
 オレンジ色の携帯も、CD-Rに焼き付けられた恥ずかしい写真も、“クラブ・ニルヴァーナ”に関する謎も、そしてドウ子への思いさえ……
 今は芳雄の心の中で、しばし棚上げされている。
 芳雄はこの数ヶ月間、自分が負ってきた秘密の重さを知り、そしてそれから解放された自分の心の軽さを知った。
 
 そのまま電車に乗って街に出る。電車に揺られながらも、太田はなにか落ち着かず、そわそわしていた。
 そんな太田を見ていると、芳雄はさらにいい気分になる。
 鼻歌を歌い出したくなるような、爽やかな気分だ。
 すっかり日も短くなり、車窓から見る空は濃い紫色。
 空の色のことなんかを気にしたのは本当にいつ以来だろう。気がつくと芳雄は鼻歌を歌っていた。
 「遠き山に陽は落ちて」のメロディー。
 それがどこからやってきたのかは芳雄はわからなかったし、それについて深く考える気もなかった。

 二人で電車を降りたのははじめてドウ子と会ったあのラブホテル街がある街だ。
 気軽に行くことができる繁華街といえばそこしか思い浮かばなかったので仕方がない。
 未だ落ち着かない様子の太田の手を引っ張りながら、帰宅ラッシュの中を逆流して歩いた。
 気がつくと芳雄は太田の手を握っていた
 しばらくしてから、女の子とはじめて手を繋いで街を歩いていることに気づいた。
 
 とりあえず駅前のセレクトショップに入った。
 なんとなく制服のまま街をふらふらするのも気が引けたし、そこなら服からズボン、靴まで何でも揃いそうだったからだ。
 もっと高い店でも良かったのだが、芳雄はあまりファッションに関心がなく、太田は芳雄に輪をかけてその方面の知識に疎い様子だった。
 最初に目に付いた“なんとなく小綺麗な服を売っていそうな店”がその店だった。
 
 芳雄はオフホワイトのシャツと、濃紺のカジュアルな鹿の子ジャケット、七分丈のチノパンツを選び、レザーのスニーカーを買った。
 太田は頭から煙が出そうなくらい悩みながら、薄いグレーに控えめなフラワープリントのワンピース、ブルーのカーディガン、白いサンダルを選んだ。
 太田らしい地味で無難な選択だったが、真新しい“なんとなく小綺麗な服”に身を包んだ太田は以外なくらい魅力的だった。
 芳雄がじっと見ると太田はまた真っ赤になった。

「ホントにいいの?」
「いいから、いいから」

 服の代金に茶封筒の中の現金が何枚か消えたが、それでも一向に茶封筒は減る気配はない。
 やっぱりもっと高い店に行くべきだったろうか、と芳雄は思ったが、それなりにいい気分になれたし、なにより服を着替えた太田はとても魅力的だった。
 
 それから二人で中華料理を食べた。象牙の箸で食事するのは芳雄も太田もはじめてだ。
 北京ダックを食べるのもフカヒレの煮付けを食べるのも、燕の巣のスープを飲むのもはじめてだった。
 杏仁豆腐は芳雄も太田も食べたことがあったが、その店で食べた杏仁豆腐はこれまでに食べたどんな杏仁豆腐とも、素晴らしい方向に違っていた。
 
 二人はもどしそうになるくらい満腹したが、それでも茶封筒の中身は6分の1も減らない見込みだ。
 どうやら芳雄は、贅沢というものを舐めていたらしい。
 この茶封筒の金を全て使い切るつもりだったが、普段はこうした贅沢とは縁のない14歳の二人にいきなりそれだけの散財のアイデアを捻り出すのは不可能だった。食後に二人は真剣にお金の使い道を話し合った。

「欲しいもの、ないの?」と芳雄。
「うーん……ビーグル犬」
「連れて歩くわけにはいかないしなあ……指輪とかピアスとか、そんなの欲しくないの?」
「あたし金属アレルギーだから……そういう小林君も、なんか欲しいものないの?」
「うーん………自転車が欲しいけど、今日乗って帰るわけにはいかないしなあ……」
 
 結局二人にはろくな金の使い道が見つからなかった。もしお金で買えるなら、時間を買いたいな、と芳雄は思った。
 こうして二人楽しくお金の使い道に関して話し合うような、だらだらとけだるいが、心が安まる静かな時間。
 そうは思ったものの、そんなことを口にするのは何だかウソくさくて照れくさく、口にしてもそれはどうしようもないことなのだ。
 本当ならば、このまま太田とどこかのホテルの部屋でも取って、一晩中話し続けていたかった。
 本当に、話し続けていたいだけだ。
 散々、朝帰りや午前様を繰り返してきたのだ。
 今更、母に泣かれようが姉に喚かれようが、ほんとうにそんなことは地球の裏側で起きている戦争よりもどうでいい。
 ただ、芳雄が良くても太田は困るだろう。それを思うと芳雄は切ない気分になった。

 ここ数ヶ月間で自分が見てきたもの、されてきたこと、させられてきたことを考えれば、そんな些細なことを果たせないなんて、お笑い草だった。
 しかし、何故だかその矛盾を笑い飛ばすことのできるひねくれた気分が、今日はすっかり影を潜めている。
 今日の自分は変だな、と芳雄は思った。
 普段の自分が変すぎるのだろうけど、それにしても今日の自分は考え方、感じ方、ものの見方が違う。
 
 ろくな案もないまま、夜も遅くなってきたので二人店を出た。やはり、お金はなくならない。
 
 ぶらぶらとそのまま街を歩く。そういえば今日は金曜日だ。
 すでにべろんべろんに酔っ払って、肩を組みながら歩く若いサラリーマンの3人連れとすれ違った。
 学生風の男女5人グループとすれ違った。
 水商売風の女と、ヤクザ風の男のカップルともすれ違った。
 何人もの女子高生ともすれ違った。何人ものホストとすれ違った。
 芳雄の中のうきうきする気分は衰えない。
 ふと、太田は一体どんな気分なんだろう、と思って、少し後ろを歩く太田に振り返った。
 芳雄と目が合うと太田は慌てて目を逸らしたが、やがて用心深く芳雄に向き直り……ぴたりと足を止める。
 つられて芳雄も足を止める。太田が弱々しく、前方のしけた雑居ビルを指さした。
 安い飲食店がぎっしり入っているような、油染みた6階建ての建物だ。
 
 「ねえ……」太田はほとんど聞き取れないような声で言う。「……ああいうビルには、裏に非常階段とかあったりするのかな……?」
 「………?」芳雄は面食らった。「なんで?」
 「………いや、別に、何でもないんだけど、どうかなって思って」

 芳雄が太田の真意を掴みかねて戸惑っているうちに、太田の顔はまた真っ赤になっていく。
 ……太田がとんでもなく言いにくいことを言おうとしていることに気づくまで、数十秒ほど掛かった。
 やはり、女の子というのはわけがわからない
 いや、太田にドウ子、芳雄が知っている女の子はその二人だけなのではあるが。

 「……非常階段が好きなの?」芳雄は慎重に言葉を選んだ。
 「そういう訳じゃないけど……」太田も真っ赤になりながら、同じく慎重に言葉を選んでいたが、やがて観念したように口を開いた「いや……そうかも
 




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