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童貞スーサイズ
第三章 「
(ディス・イズ・ノット・ア)ラヴ・ソング



■第21 話 ■ メメント・モリ

 まるでストーブの上にかけられた薬缶のように熱くなった太田を踊り場に残し、芳雄はその場から逃げ去るように立ち去った。

「……ちょっと……」とか「待って……」とか、太田が声を掛けたような気がするが、芳雄の耳には入らなかった。
 オレンジ色の携帯は“I wanna be your dog”のメロディを奏で続けている。
 ビルから通りに出て、ひたすら走った。着メロは鳴りやまない。
 どれだけ走ったろうか。芳雄の息が切れても、着信音は鳴り続けていた。
 
 芳雄は携帯を手に取り……着信表示が「NIRVANA」となっているのを確認すると……受信ボタンを押した。
 「もしもし?」
 「出るの遅いよ、ボケ」ドウ子の声だった。「なんか、取り込み中だった?」

 一瞬芳雄はぎくりとして周りを見回した……どこからか……ドウ子が見ているような気がしたのだ。
 
「今、大丈夫?」ドウ子が聞く。
「……ああ、まあ」芳雄は答えながらも、どうせドウ子にはこちらの都合など聞く意思はまったくないんだろうな、と思った。「大丈夫だけど……何だよ」
「今晩開いてる?……開いてるよねえ、ふつう
「………」
「あたしのこと、忘れてなかった?」いきなり素っ頓狂なことをドウ子が言う。
「……そんな訳ないだろ」
 少しは嫌味を込めたつもりだった。ドウ子には通じないことはわかっていたが。 
「よかったあ……あたしが目を離してる隙に、あんたが誰か別の女にでも目移りしてたらどうしようかと思ったよ」言葉の後半、ドウ子は嘲るように笑っていた。「そんな生意気なマネ、してないよねえ?」
 
 またも芳雄は周囲を見回した。
 カマをかけられているんだろうか? ……やはりどこから、ドウ子が芳雄の一挙一動を見守っているのだろうか。
 それともドウ子は千里眼の持ち主なのか。
 
「……忘れないでね、あんたは、あたしたちのもんなんだからね」
「……」
「あんたが何をしてようと、どこに居ようと、あんたはあたしたちのものなの、あんたに自由なんてないんだから。わかる?」
「……今日は何をさせようってんだよ」
 芳雄は低く呟くように言った。
「来りゃわかるよ、あ、今日は衣装、こっちで用意するから。そのまま来ていいよ」
 
 ドウ子はある有名ホテルの名前と、部屋番号を告げると、そのまま電話を切った。

 携帯を手に、芳雄はその場に立ちつくしていた。
 ほったらかしにしてきた太田のところに、一瞬っでも戻るべきか。
 いや、もう太田はあの踊り場には居ないだろう。太田を酷く怒らせてしまったに違いない。
 
 ほんの……ほんのついさっきまで、自分は自由の味をを謳歌していた。
 かりそめの、ほんの瞬く間の自由。
 大したことはしていないにせよ、自分は太田にとって征服者であり、太田を自分の玩具のように扱った。
 その享楽の最中に、ドウ子からの電話があった……芳雄はそれが、単なる偶然とは思えなかった。
 これは何かの因果なのだろうか?ドウ子たちの玩具であることを忘れて、自由気ままに振る舞ったことに対する罰を、これから自分は受けることになるのだろうか。
 不安があった。恐怖があった。
 しかし、それよりも太田に対してあのようなことをしてしまった後悔のほうが、ずっと辛かった。
 

 
 小一時間後、ドウ子が名前を告げたホテルを通りの向こうに見据え、芳雄は立ち尽くしていた。
 重厚な造りの高層建築。入口には奇妙な帽子を被った、年輩のドアマンが立っている。
 いわゆる“超一流”のクラスに入るホテルだった。
 芳雄も名前くらいは聞いたことがあり、それが高級ホテルであることは知っていたが……いざそれを目の前にすると、やはり威圧感に気圧される。
 学生ズボンと半袖のシャツ姿であのベルボーイの腋をすり抜け、フロントに入るには少し勇気が要りそうだった。
 
 しばらく通りの向いから足踏みしていた芳雄だったが、やがて覚悟を決めて通りを渡る。
 どうせ、言われたとおりに行くしか、ほかに道はないのである。
 
 赤い帽子とジャケット、サイドにラインの入ったパンツを来たドアマンは、芳雄が入口に近づくとドアを開けてくれた。まったく優雅かつ流れるような仕草で。芳雄はドアをくぐりながら、またも自分が非日常の世界に足を踏み入れたことを感じた。
 ベルボーイの帽子と同じ、暗い赤の絨毯が敷き詰められたフロントロビーは、閑散としていた。
 入口から見るとフロントは遙か遠くに見える。
 端正な顔立ちの男性フロントマンが顔を上げて芳雄を一瞥した。思わず芳雄は下を向いてしまった。
 
「よう……早いね」
 突然後ろから声を掛けられる。
 振り向くと前回よりもいくらかはましな紺の縦縞のスーツを着た大柳が立っていた。
 手にはあのトランクを下げており、この日のためにおろしたのであろうそのスーツからは防虫剤の匂いがいした。
「もう部屋でドウ子ちゃん待ってるはずだから……とりあえず部屋に行こうか」
 そう言ってエレベータの方へ歩き出す。芳雄も慌てて大柳の後を追った。
 
 旧式の大型エレベータの中には、ヨーダのように年老いたエレベーターボーイがいた。
「……すごいとこですね」芳雄はエレベーターボーイに聞こえないよう、小声で大柳に言った。「こんなとこ……いつも使うんですか」
「いつもって訳じゃないよ。今日はちょっと大仕事なもんでね」
 大柳も小声で答える。
「大仕事?」
「うん、ウチも立派になったもんだよ。こんな大仕事が来るなんてね……あ、今日はパーティみたいなもんだから、気楽にしといて。リラックスしてね」
「……はあ」
「しっかし……この国はどうなってんのかね。」
 誰に言うともなく、大柳が呟いた。
 
 この国? 一体何のことだ?
 
 ドアを開ける。部屋はいわゆる、スイートルームだった。
 応接間の中央に置かれたソファに、ドウ子が座っている。
 大柳と芳雄が入ってきても、単行本から顔を上げない。
 今日のドウ子は癖毛を頭のうしろで強引にひっつめて束ね、紺のブレザーにレジメンタル・タイ、緑のチェックのスカートに紺のハイソックス、よく磨かれた黒のローファーを履いていた。

「よお、ドウ子ちゃん……お待たせ」
 大柳が声を掛けてもドウ子は返事をしなかった。
 よっぽど読書に熱中しているらしい。
 立ちつくす芳雄を残して、大柳はドウ子の斜め向かい向いのソファに腰を下ろし、タバコに火を点けた。
 
「ああ……あんたの衣装、クロゼットの中に入ってるから、見て」
 
 ドウ子が本から顔を上げずに、クロゼットを指さして芳雄に言った。
 クロゼットを開ける。
 中には紺のカラーのついた、今どき珍しいタイプの古風なセーラー服が入っていた。
 
「……これを着ろってのかよ」
 芳雄は一向に顔を上げないドウ子に言った。
「何よ、着たくないっての?」
 ドウ子は本から視線を上げずに言う。
「着るよ。着るしかないんだろ?」
 芳雄は衣装を手に、ドウ子の方を省みた。
「こんなスゴいホテルに、一体だれが来るんだよ?」
大勢」ドウ子はまだ顔を上げない。「誰だかはナイショ
「ナイショ?」
「うん、あんたなんかが知る権利のないような人たち、あ、バスルームそっちだから着替えといで」
 
 もやもやした思いを抱えながら、芳雄は衣装を手に、バスルームへ向かった。
 大理石貼りのバスルームは、芳雄の自宅の部屋よりも……いや一階のダイニングよりもずっと広かった。
 黙って服を脱ぎ、パンツ一枚になる。
 そしてセーラー服に掛けられていたビニールの覆いを取り、まず上着を着た。
 とてもぴったりしたデザインだった……まるで芳雄のために特注されたように。
 次にスカートを身につける……たまげた。
 冗談みたいにスカートの丈が短い。芳雄の白い太股がほとんど丸見えになっている。
 今日び、ここまで短いスカートで街を歩いている女子中高生はもはや少数派だ。
 芳雄は赤面しながら、バスルームにしつらえられた大きな鏡に自分を映してみた。
 
 そういえば最近、忙しさにかまけて散髪をしていないせいか、前髪が完全に目の上あたりまで伸びている。
 そして、ぴったりした紺のカラーのセーラー服。冗談のように短いスカート。
 鏡で自分を見ていると、自分で自分をめちゃくちゃに侮辱しているような気分になった。
 
……一体、こんな恰好をさせられて、自分は何をしているんだろうか?
 
 ほんの1時間ほど前までは、自分は太田のいたいけな身体を弄ぶ捕食者の側だった。
 それが今、こんなセーラー服を着せられて、またも見知らぬ誰かに弄ばれようとしている。
 自分の境遇の皮肉に、皮肉で力ない笑いがこみ上げてくる。鏡の中に居るセーラー服を着た少女も、ぷっ、と吹き出した。
 その少女に、この冗談みたいな衣装はとても似合っている。
 
 それは太田よりも魅力的だったし、今ソファの上で何やら読書に集中しているドウ子よりもずっと魅力的であるかも知れない。
 
 そしてまた認めたくない事だが……芳雄はセーラー服の自分に姿に欲情していた。
 みるみるうちに、パンツの中で陰茎が固くなっていく。
 短いスカートの中ではそれは否応なしに目立つ。
 芳雄はこれから待ち受けているであろう、未知の運命に対する不安に心を向けるよう試みた。
 そうすることで、この場にきて固くなっていく陰茎をなんとか鎮めようとした。

 一向にそれが静まらないので、芳雄はこれから起こることに自分がそれほど不安を感じていないことを知った。



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