どちらへお掛けですか
作:西田三郎
■火曜の朝、午前2時30分
「それで…あたしの脚を……その人がグイッと……」
「グイっと?」気を遣ってはいたのだが、声が裏返っていた。昨日から24時間ばかりt……失業中でとくにやることも、考えることもないおれは、昨日みすみすと薫に電話を切らせてしまった自分を責め、後悔に喘いでいた。
しかし……気も狂わんばかりだったたおれの予想を裏切り、薫から電話が掛かってきた。
今度はうれしさで気も狂わんばかりに跳ね上がったおれだったが、なんとか自分の声にその気持ちが出ないよう、平静を繕っていた。
しかし、薫がきっちりと昨日の続き…家庭教師である37歳の男に、自分の部屋でいきなりキスされてベッドの上に押し倒され、服を全部剥かれた上で男の熱 い怒張を握らされ、乳首を舐められてからのその後……をおずおずと語りだした頃から、おれの声には自分でもわかるほど、ありありと動揺の色が出ている。
「はい。グイッと……その、左右に脚を開かれたんです……」
「はあ……それは……」おれは唇を舐めた。それはからからに乾いていた「それは、恥ずかしかったでしょうね」
「……はい、とっても……」薫の声がいっそう小さくなる。「死にたいくらい、恥ずかしかったです」
生まれてはじめて触れた、生の男の欲情に戸惑っている少女の脚を強引に開き、まだ誰にも見せたことのない秘密の翳りと裂け目を剥き出しにする…なんとまあ、いやらしくも怪しからん男だろうか。しかもその男は、おれと同級生だときたもんだ。頭の中に薫の姿態をまた、鮮明に思い描く。
顔を真っ赤にして目を閉じ、必死で脚を閉じようとする全裸の少女。しかし男の脂ぎった手は、彼女の繊細な膝頭をしっかりと押さえて閉じることを許さな い。少女はなんとかそれを手で隠そうとするが、その手は空しく男の手によって払いのけられる。やがて…もはや何をしても自分の秘所を男の目から逃がすこと ができないと諦めた少女は…しっかりと目を閉じ、顔を背けてその赤く染まった瑞々しい頬を男に見せたのだろうか。
電話を受けてからすぐにパジャマのズボンに潜り込んだおれ手は、もう先走りを滲ましている亀頭をいじくっていた。
「それから……どうしました?」焦らず、逃がさず、ゆっくり聞くのだ「ゆっくり話してください。落ち着いて、慎重に」
「それから……」薫が口ごもる「……それからは……やっぱり…恥ずかしくて…とても……」
「そうですか、さぞ辛かったでしょうね」おれは“寛容の声”を出す。
「いえ……辛いとか…そういうんじゃなくって……」薫が軽く咳払いした「やっぱり……言います」
「無理しなくていいですよ」
おれの心の中でくす玉が割れた。
「いえ、誰かに聞いてほしいんです。あたしが秘密にしてることを、全部。あの……ぜったい、この事は誰にも漏れませんか? ほんとに、この話を誰かに言ったりしませんか?」
「もちろん」おれはきっぱりと言う「あなたとわたしだけの秘密です」
それを言っておれは、いま自分のやっていることのやましさが、倍増したような気がした。
「ええと……それから、その人は……その、あたしの、脚の間に……顔を……」
「顔を?」
「…はい、顔を…こういうのって、ヘンですよね? やっぱ、異常ですよね?」薫はもう涙声だ。
「いえ、全然。異常でもなんでもありません。普通の行為です」
「あ、ありがとうございます。それで、その人はあたしの脚の間で、舌を伸ばして………あの、その……あの……あたしの……あたしの……」
「ゆっくり……落ち着いて、ゆっくり喋って下さい」言いながら、おれ自身が焦っていた。
「あたしの……あたしの……あそこを……舐めたんです……」薫は言葉をを吐き出すように言った「ぺろぺろ、ぺろぺろ、犬みたいに、あたしのあそこを……音を立てて舐めたんです。ヘンですか? ヘンですよね?」
「いえ……」おれは唸るように言った。「ヘンではありません、至極普通のことですよ」
「あたし……そのときはじめて怖くなって……なんだか、ヘンな感じがして、怖くなって、はじめて、やめてって言ったんです。お願い、やめてって……でも……その人……」
「止めてくれなかった?」
「そうです。あたしの腰に両手を伸ばして……あたし、いつのまにか背中を反らせていたんですけど、そこに手を入れられて……しっかりと腰を……掴まれたんです。そのあと、その人、舐めやすい姿勢になって……ますます……」
「舐めた?」
「はい。ますます激しく……激しく、いやらしい音を立てて、あたしのあそこを舐めるんです……あたし、必死で腰を振りました……やめて、お願いって叫び ながら……でも……その時……あたし……本気でやめってって、思ってなかったんだと思います。だって、抵抗しようと思えばできたし、もっと本気で大きな声 で泣きだしたら、たぶんやめてくれたと思うんですけど……でも、なぜか……恥ずかしくて……それで……」
「どうしたんです?」おれはもはや亀頭をいじくるだけではなく、固くなった陰茎そのものを握りしめていた「……で、どうしたんです?」
「恥ずかしいだけじゃなくって……なんだか……とってもへんな気分になってきて……声も、へんな声がでてきて…からだが、痺れたみたいに動かなくなっ て…ねえ、ヘンでしょ? あたしって、やっぱりヘンですよね? 男の人にそんないやらしいことされて、そんなになるなんて」
「いえ、ちっともヘンではありませんよ」陰茎を握る手にぐっと力が入る「それは、あなたが健康な証拠です。できたら、その時の気分を、もう少し詳しく話していただけますか?」
「……はい」そういって薫は鼻を啜った「それで……なんだか、その時は、へんな気分になっちゃって……すぐ、抵抗できなくなりました。声も、出すと、ぜ んぶへんな声になっちゃいそうで…それで、あたし、自分の指を噛んで、我慢しました。それでも、その人、止めてくれなくて……」
「はあ、なるほど。そうでしょうね」
「……それで、その人、あたしのあそこから口を離して、またあたしの閉じかかってた膝を……グイッと開いたんです。あたし、びっくりしちゃって……その 後で、これまでの恥ずかしさなんて、まるでリハーサルかなんかだったと思えるくらいに、もっと恥ずかしくなりました。だって、その人、あたしのあそこをじ いっと見るんですよ。……なんだか、そこ、滅茶苦茶になってるし………それで、その人が……その人が……」
「……何かを言った?」まったくの当てずっぽうだったが、多分おれならそうしただろうな、と思われることを言ってみた「あなたに、何かを言ったんですね?」
「はい……“薫ちゃん、気持ちいい?”って……“もう、濡れてるよ”って……」
「……はあ」おれの怒張はパンツとパジャマのズボンを突き破りそうだった。
「……そんなの、あたしもわかってます。そんなこと……わざわざ言われなくても……それから、その人、こう言いました“もっと気持ちよくしてあげる”って……」
「なるほど」おれは言ったが、いったい何が“なるほど”なんだ。
「……それで、その人の顔がまた、脚の間に入ってきて……あたし、慌てて脚を閉じようとしたんですけど……間に合わなくて……また、その人の舌が、あたしのあそこにくっつきました。でも、今度は……その……舌の先が……あの……ク……ク」
「クリトリスに?…つまり陰核ですね」何を言っているのだ、おれは。
「……はっ……はい……あの、その舌の先が……ク……クリ…クリトリスに……あたし、思わず、飛び上がっちゃいました。その隙に、腰にまわしていたその人の手が、お尻まで降りてきて……しっかり、おしりを下から握りしめられたんです……それで、あたしを動けなくして……その人の舌が……ますます……」
「……はあ」畜生、今日はなんて素晴らしい日なんだ。目がチカチカしてきた。
「…ますます、その…クリ…トリスを直接舐めてきて……あたし、悲鳴をあげちゃいました……自分でもバカみたいと思うくらいの、へんな声出しちゃっ て……もう、ほとんど、赤ちゃんみたいな泣き声なんです……バカみたいと自分でも思ったけど……とっても……とっても……」
「とっても、何ですか?」おれは呻き混じりに言った「言って下さい」
「とっても、気持ちよくて……うっ」薫は本格的に泣き始めた。「すいません。あたし、やっぱりヘンですよね……そんなことされて、気持ちよくなるなんて」
「全然へんではありませんよ、むしろ……」
「でも、その後」おれの当たり障りのない相槌を遮って、薫が言った。「その人、あたしのあそこと、お尻の穴の両方に、指を入れてきたんですよ? 舌は、 クリ…トリスをべろべろ舐めながら、その上に指を前と…………後ろ両方に入れてきたんです。でも……でも……なんだか……痛くなくて……お尻の穴なんか、 自分でも触ったことないのに……それでも……それでもあたし……」
「……いいですよ、続けてください」
「それでもあたし、もっともっと、どこまでもどこまでも気持ちよくなっちゃって……太股でその人の顔を締め付けたんです……もっと、もっとって言っ て……」薫はしばらく言葉にならない嗚咽で話を中断した。ひととおり泣くと、鼻を啜ってまた話し始めた「……それで……生まれてはじめて、……そのオル……オル……オ…」
「…オルガスムスを?」おれが助け船を出す。
「…そうです。それです… それを感じたんです。頭の中が真っ白になって、気を失ったみたいになって……一瞬、気を失ったみたいになりました。自分の躰が、どうかしちゃったんじゃな いかって……思いました。ひょっとしたら、これはあたしが見ている夢なのかも知れないって思ったり……でも、すぐ意識が戻って……見上げると、相変わらず その人が立ってて……」
「…性交したんですか?その後?」
いかん。焦り過ぎた。
「……いえ、その時はしませんでした」
「はあ」おれはもどかしいような、ホッとしたような、不思議な心持ちで相槌を打った。
「あたしが高校に入るまでは……たまに、ほんのたまに……家に両親が居ないときなんかに……その人があたしに、同じようないやらしいことをするんです。 あたし、いつの間にか、自分がほんとにそれがいやなのか、どうなのか、わからなくなっちゃって……」
薫は自嘲的に少し笑った。
敢えて相槌は打たなかった。
「やっぱり、あたし、ヘンですよね。ほかの友達が学校で、彼氏とか作ってんのに、あたしだけ、なんか13の頃に置いてけぼりになったみたいに……友達が、 女の子だけでいやらしい話するときも、あたしだけは、あの人と繰り返しているいやらしいことを、はっきり思い出しちゃったりして……」
「……お気の毒に」
おれは少し悲しくなった。そして薫のことを愛しく思えた。しかし、勃起はますます激しくなるばかりだった。
人間として、どうなってんだ? おれは自問自答した。
「……高校に入ってからも……その人、あたしのからだをそんな風におもちゃにするだけで、その……セ、セックスはしないんです……でも……その人……ある日“これまでのお返しをしてよ”って言って……その……あの……あれを……あたしの口に……」
「口?」おれはこれまでの会話の中で一番素っ頓狂な声を出した。
「……はい……いきなり、その人が部屋の床にあたしをひざまづかせて……目の前に……あれを……あっ!!」
「わっ!」おれは心底びっくりした。「どうしました!?」
「あのっ……お母さんが来たみたいなので、もう切ります。ごめんなさい! また明日電話します!」
「もしもし?」
電話は切れた。
灰皿を見ると、電話を受ける前に火を点け、ほとんど口を付けなかった煙草が、フィルターまで灰になっていた。
おれは布団の中に潜り込んで、その晩も2回抜いた。
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