電話問答 作:西田三郎 ■奥さんもこんなことすんの?
タチバナの様子がどうもおかしいので、焼き肉屋を引き上げると、早々に近くのラブホテルにしけ込んだ。
タチバナとの情事(って言うとなんか生々しいな)で何回か使ったホテルだ。どうということのない、普通のホテル。しょっちゅう、おれたちみたいな不倫のムードを漲らせたカップルと出くわすこともある。とにかく今日のタチバナは口数が少ない。なんだか妙な感じだった。
部屋に入ると、いつもは一緒に風呂に入って、ビールなんかを飲んでから、セックスを始める。
おれもそんなに若くはないしね。
しかし、今日はタチバナの様子が変だったのもあって、部屋に入るなりいきなりタチバナを襲った。
「えっ…ちょっと…ちょっと待ってよ」
タチバナが言うのも聞かず、首筋などにキスをしながらベッドに押し倒した。
「やだっ…待ってって…ん…」
タチバナは首が弱い。おれはベッドのうえでタチバナの首を舐めながら、服を脱がし始めた。
「…や…ん…」
タチバナの抵抗が弱々しくなり、目が潤み、息が上がってきた。おれはタチバナの眼鏡を外し、そのへんに放り投げた。
ダサいコートを脱がして、ダサいスカートを剥いだ。あと、ダサいブラウスをはぎ取ると、ダサいブラジャーとダサいパンツと、ダサいストッキングに包まれてはいるが、それでもいやらしくて脂の乗った、女らしい躰の線が露わになった。毎度のことで慣れてきそうなもんだが、おれはそれでもかなり欲情していた。
「…やだ…」
タチバナはそう言って身をよじり、おれの視線から躰を隠そうとする。そんな毎度のリアクションもおれを興奮させた。とりあえず、これで一安心だ。タチバナもどうやらエロ・モードに入ったらしいし、何を考えていたのかは知らんが、これからの責めでゆっくり吐かせてやるとしよう。
おれは再びタチバナに襲いかかり、タチバナの躰をわずかばかりに隠していた、ブラジャーとパンスト、そしてパンツを続けざまにはぎ取った。タチバナは弱々しく抵抗したが、おれは意に介さなかった。すっかり全裸に剥いたタチバナを見下ろす。タチバナがさらに恥ずかしそうに身をよじった。タチバナの肌は青白いくらいに白く、きめ細やかだ。身長はそれほど高くないし、手脚もそんなに長くはない。しかし肉付きのバランスはすばらしい。以外に豊かで張りのある胸と、柔らかそうな二の腕、あまり肉のついていない腹周り、小振りな尻。こんなにもいい躰が日々、地味な事務服と本人の地味な性格に隠されているなんて、ほんとうにもったいない話だ。
いつもよりおれが興奮している様子なので、タチバナもそれに呼応していつもより興奮しているようだ。顔が紅潮していた。目の焦点が合っていない。
タチバナはおれをうつろな目で見上げると、ゆっくりと身を起こし、小さな尻を振りながら四つん這いでにじり寄ってきた。
「おいおい、さっきまで機嫌悪かったのにどうしたんだよ」おれは笑いながら意地悪を言った。
タチバナはぷいと横を向いてまた膨れた。しかし興奮は冷めていない。荒っぽい手つきで、おれの上着を脱がし、ズボンのベルトを外した。いつにない積極性である。どうしたもんだろうか。
やっぱり、あれかね。嫉妬心というやつは情欲の炎に油を注ぐものなんだろうか。気が付くとおれはズボンとパンツを降ろされ、上はシャツにネクタイをしたままという、とても娘には見せられないような情けない格好になってた。
タチバナがおれの股間に抱きついた。
張りつめた陰茎がタチバナの口に包み込まれる。
舌が動き始めた。
はっきりいって、タチバナはフェラチオが上手い。まったくどこでどうやって覚えたのか、と呆れるくらい上手い。こういうのはやっぱり、才能なんだろうな。素晴らしい舌使いからくる極上の快楽と、おれの前に跪き、目を閉じて一心不乱にフェラチオにいそしむタチバナの健気さに、おれは有頂天になっていた。
「なんか、今日はすごいな」おれはタチバナに言った。「いつもより、飢えてる感じがするけど」
タチバナがおれの肉棒を銜えたまま上目づかいにおれを見る。なんだか恨めしそうな顔だ。
そんな顔を見ると、へんな話だがおれはますます興奮した。
「タチバナ、ますます上手くなったんじゃないの?」
「…」
タチバナは言葉では答えなかった。その代わり、巧みな舌使いでおれを圧倒した。おれはあまりの快感に気が遠くなり、へたり込みそうになった。
ひとしきり舐め倒した後で、タチバナはおれの肉棒から口を離して、おれを見上げた。
「…ねえ、奥さんって、こんなことしてくれるの?」
「え?」おれは慌てて下を見た。「何だって?」
「…奥さんってこういうこと、してくれんの?」
「何だよ、急に」なにやら面倒くさそうなことになりそうな気配だった。
「ねえ、どっちよ。奥さんてこういうこと、すんの?」
「うーん」タチバナの本意は読めないが、ここはとりあえず答えておいた方がいいだろう。「するよ。たまに」
「…ふーん…」タチバナが少し目を伏せる。そしてまた肉棒に食いつく。
「おっ…」あまりにも激しい舌使いにおれは思わず腰を引いた。
その時だ。
音がした。ちょうど、おれの尻のあたりだ。そこには、タチバナの手がある。
聞き覚えのある“ピッ”という音だ。
タチバナが手を前に回す。
おれは目を疑った。タチバナの手には携帯が握られていた。しかもそれはおれの携帯だった。
タチバナがおれの携帯を操作する。
「おい!」おれは慌てて言った。「どこに電話してんだよ!」
タチバナはおれの肉棒を銜えたまま、どこかに電話している。おれは慌ててタチバナの手から携帯を奪い取った。しかし、一瞬遅かったようだ。携帯は繋がっていた。
「あなた?」携帯の向こうで妻が言った。
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