電動
作:西田三郎

「第4話」

■夫の死

 昼の間のままごとのようなささやかな夫婦の生活に、バイブレータによる夜の生活が加わり、わたしははじめて夫と、完全な夫婦になれたような気がしました。
 恐らくバイブレータを発明した人は、男の勝手な征服欲だけを実現することだけを考え、このいかがわしい代物を産みだしたのでしょう。しかし、わたしはその名も知らぬ発明者に感謝しています。この世界中に居る、わたしたちのような何千、何万の男性のインポテンツに悩む夫婦が、カップルが、この発明のおかげでお互いの愛をさらに深いものにすることができるのです。
 くれぐれも笑わないでください。これはわたしの本当に正直な気持ちなのですから。
 わたしと夫は、人類の英知が産みだしたこのバイブレーターというすばらしい道具を得て、毎夜のように愛し合うようになりました。昼間は、まるで中学生のカップルのような二人。
その二人が、夜にはこのバイブレーターを用いて、まるで獣のように愛し合うのです。
 
 しかし…。

 そんな幸せは長くは続きませんでした。
 何故なのでしょう?不幸な運命というものは、幸せが最高潮に熟れ、完全に成就するのその瞬間を待っていたかのように、襲いかかってきます。
 性器としてはもう男性の役割を失っていた夫の躰の奥で、その病は密かに進行し、あっという間に夫の命を奪っていきました。
 病名は前立腺癌…。
 皮肉としては出来過ぎの病でした。発見されたときには夫の癌はもう手のつけられないほど進行していました。
 唯一良かったのは、夫があまり長く苦しまずに逝ったこと。
 充分にお別れをすることも、わたしの心がこの事実を受け入れるよりも先に、夫は逝ってしまいました。
 わたしは文字通り、夫が残したこの家に取り残されてしまいました。
 未亡人という言葉は、非常に残酷な意味を持つ言葉です。
 ほんとうに愛する人を亡くした者がひたすら待ちわびるのは、自らの死によって愛する人とあの世で再会を果たすこと。わたしにはもう何も考えられませんでした。
 人とも会わず、ほとんど外出もしない日々が半年ほど続きました。
 しかし人間というのは不思議なものですね。
 そんな風に心はこの世界との絶縁のみを求めていても、躰はひとりでに生きようとします。
 時間が来ればお腹も空くし、御飯を食べればトイレにも行きたくなる。
 毎日お風呂に入らないと身体も汚れて気持ち悪くなる。
 服は毎日着替えないといけないし、着替えないといけないなら洗濯もしなければならない。
 汚れてきた部屋に居ると気が滅入ってくるので、部屋の掃除もしなければならない。
 そんな風に勝手に生き続けようとする身体が、半ば強制的にわたしに“生活”を再開させました。
 こんなにも悲しいのに、こんなにも寂しいのに、それでもわたしの心を裏切って生命を維持し続けようとする身体が憎らしくて仕方がありませんでした。
 
 そんな日々を送っていた、ある夜のことでした。
 わたしはいつものように、誰も居ない家で、お風呂に入っていました。しんと静まり返った家の中は、わたしの寂しさに拍車をかけます。お風呂から上がっても、ベッドに戻っても、もう夫はいないのです。わたしがその絡みつくような孤独を洗い流すように、シャワーを浴びていたその時、わたしの身体に、奇妙な感覚が走りました。
 「?!」
 左の乳首に、見えない「何か」が押しつけられました。
 そして、その「何か」が、小刻みに振動を始めたのです。
 

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