バベイオモイド神様が見てる
〜秋〜
作:西田三郎
■2005年4月20日(晴れ)
偉大なるバベイオモイド神様。
いよいよあたしも今年の6月15日、14歳になります。遺薔薇屠死夫様と同じ歳です。
そして、今年ついに遺薔薇屠死夫様が6月(これもやはりバベイオモイド神様のお導きでしょう)に医療少年院から退院されるそうです!
あたしは6月が待ち遠しくて仕方ありません。
遺薔薇屠死夫様が退院後、いったいどこで暮らし、なにをして生きていくのかはまだわかりません。
司法当局もそのことは伏せておくつもりのようです。インターネットではいろんなうわさが飛び交ってますが……とにかく遺薔薇屠死夫様があたしたちの暮らすこの社会に出てこられるのです。
何としてでもあたしは彼に会いにいくつもりです。
そして人を殺したときの気持ちはどんな感じか、人の首を切り取るときの気持ちはどんな感じか、その首を切り取ったときに射精したときはどんな気分がしたか、全身の血をぬりたくったときの気分はどうだったか……いろんなことを直接彼に聞きたいと思います。
また、遺薔薇屠死夫様が警察に捕まってから起きた、いろんな事件についても話し合いたいと思います。
たとえばあの京都で遺薔薇屠死夫様の事件をまねた「まへきとおりも」さんのこと、バスジャック事件のこと、九州の12歳の少年のこと、ダラスちゃんのこと、そして2001年9月11日のテロのことについて……それらに関して、どんなふうに思い、感じたのかをぜひ聞いてみたいと思います。
でももちろんいちばん話し合いたいのはあなたのこと……そう、バベイオモイド神様、あなたのことです。
遺薔薇屠死夫様がバベイオモイド神様に出会ったいきさつ、そして今もその神様にあたしが毎日祈りをささげていることを、正直に彼に伝えたいと思います。この日記ももう4冊目になりますが、なんならこの日記をそのまま持っていって読んでもらうのもいいでしょう。
この日記のことはこれまでさいわいにも誰にも知られずにいました。
その日記をはじめて他人に見せるその相手が、遺薔薇屠死夫様だなんて……考えただけでも興奮して胸がどきどきし、少し濡れてしまいます。
外ではもう散ってしまった桜の木に、薄緑色の葉がつきはじめています。
おだやかな光が辺りを照らし、ぼんやりしていると眠くなってしまいます。
あたしの大嫌いな、昼と太陽の季節がやってこようとしています。
あたしは夜が大好きです。夜の闇がほんとうに好きです。
たぶん、遺薔薇屠死夫様なら、あたしのこんな気持ちをわかってくれると思います。
出来ることなら、真っ暗な闇の中で遺薔薇屠死夫様と話し合いたいと思います。そしてその闇の奧には、バベイオモイド神様、あなたもいらっしゃるのでしょうね。
すべてを語り終えた後、あたしは遺薔薇屠死夫様に処女をあげるつもりです。
別にあたしの処女なんてもらって遺薔薇屠死夫様が喜ぶかどうかは知りません。でもあたしが思うに、遺薔薇屠死夫様は14歳のときから20歳になる今まで、ずっと医療少年院にいたわけですし、よっぽどのことがないかぎり……童貞だと思うのですね。
つまり暗い闇の中、バベオイモイド神様に見守られながらの、使徒同士、童貞と処女のセックス……。
吐き気がするほどロマンチックじゃないですか!!
あたしはそれを思うだけで舞い上がってしまい、今があたしが夏の次に大嫌いな季節である春であることなど、これっぽちも気になりません。
ところで……あたしに友だちができました。
同じくラスの、柳川という名の男子です。
あ、男子だからってヘンに思わないでください。
あたしは柳川には恋愛感情なんかこれっぽっちも持っていません。
あたしは他人を外見で判断できるほど美人でも可愛くもありませんが……(それでもクラスの中では中の上、くらいではないかと思います)柳川はまったく男性的な魅力というものがありません。彼の身長は150センチに満たず、身体もまるでアフリカの孤児のようにガリガリのやせっぽちです。あたしは最近ぐんぐん背が伸びて、比較的背が高いほうなので、彼の体重はあたしよりもずっと軽いと思います。顔つきはというと……そうですね、ドブネズミに似ています。出っ歯で目がぎらぎらしているところなんか得に。
柳川は銀縁メガネの下からいつもぎらぎらした視線を周囲に向けて、クラスの中でも完全に孤立しています。彼が誰かと話をしているところを見たことがありません。かといっていじめを受けているわけでもありません。
柳川には独特の人をよせつけないうす気味悪いムードがあって……誰も彼には近づこうとしないのです。
彼はいつも休み時間、本を読んでいます。
彼は読む本にカバーを掛けません。だからいつも彼の読んでいる本のおどろおどろしい表紙は、むきだしになっています。それがますます彼から人を遠ざけているようです。ひょっとするとそうすることによって彼は、自分のまわりにバリアのようなものをつくって自分を守っているのかも知れません。
あたしも彼と同じで、あまりクラスメイトとは口を効かないほうです。
しかしある日、ふと彼が読んでいる本に目がとまりました。
一橋文哉の「宮崎勤事件−塗りつぶされたシナリオ」。
「それ、面白い?」あたしはなんとなく柳川に声をかけました。
「………」柳川ははっと顔を上げて、あたしの顔を見ました。
「面白そうじゃん、それ、読み終わったらかしてよ」
「………あ、んん、うん」なんだかよくわからない返事を柳川はしました。
宮崎勤さんはあんまりあたしの好みの犯罪者ではなかったのですが、やはり彼もまたバベイオモイド神様、あなたの使徒のひとりなのでしょう。あたしは柳川にはまったく興味はありませんでしたが、まあこの日本でバベイオモイド神様がなされたことの中でも、一番有名なこの事件に関しては、前から興味がありました。
翌日、柳川はあたしにその本を貸してくれました。
それからすこしずつ、柳川と話をするようになりました。
柳川はあたしと同じで、陰惨な事件の情報を集めるのが大好きな一種のオタクでした。あたしもそうなのでしょうか?まあそれはそれでいいでしょう。柳川はチャールズ・マンソンやジョン・ウェイン・ゲーシー、デイヴィッド・バーコウィッツやジェフリー・ダーマーといったアメリカの連続殺人犯にかんする情報をたくさん持っていました。
なかでも彼のお気に入りはテッド・バンディだそうです。
あたしはそれらの名前は一応知っていましたし、そうした情報を集めるという点で彼と趣味がとてもよく合っているといえました。
しかしあたしはどちらかというと、海外の殺人鬼よりも日本の殺人犯が好きです。
小平義雄や西口彰、永山則夫や大久保清、勝田清孝に小野悦男など……。
ベスト3を上げるならば、
3位 「埼玉愛犬家連続殺人事件」の関根元
2位 梅川昭美
そしてなんといっても1位は遺薔薇屠死夫様です。
あたしはあたしの知っていることを話し、柳川は自分の知っていることを話し、けっこう話が合いました。本を貸し借りしたり、何か陰惨な事件がおきるたびにそのことについて語り合ったり。
これもヘンに誤解されそうでいやなのですが、あたしは柳川の家にしょっちゅう出入りするようになりました。
柳川は一人っ子で、両親が共働きのせいで家にはだれもいないことが多いのです。
柳川はけっこうな量の犯罪にかんする本や事件のスクラップ、ニュースのビデオ録画などのコレクションを持っていて、彼の部屋に遊びにいくのがあたしも楽しくて仕方ありませんでした。
また彼は、重症のネット中毒でした。
彼のパソコンにはびっくりするような数の死体写真や残虐動画のたぐいがぎっしり詰まっていました。中にはあたしがそれまで見ることができなかったカッター少女、ダラスちゃんの画像もありました。想像していたよりずっとかわいかった。
何より感動したのは、遺薔薇屠死夫様の逮捕前の画像を見ることができたことです!
あたしの想像よりもずっと利発そうで繊細なそのお顔に、しばらく見とれてしまいました。
柳川はあたしが遺薔薇屠死夫様の大ファンであることを知って、遺薔薇屠死夫様の画像とニュース映像などの素材をDVDに焼いてくれました。以来、あたしはこっそり自分の部屋のパソコンでそれを見ています。
ほんとうに柳川には感謝です。
しかし……さっきも書きましたようにあたしは柳川に恋愛感情なんてもってませんし、むこうもあたしに恋愛感情をもっているとは思っていません。性別を越えた友情?………なんだか書いただけで吐き気がしてきますが、たぶんあたしと柳川の間にあるのは、それに近いものなのでしょう。友情という言葉もなんだか好きになれませんね。好きにならないというか、書いているだけでとりはだが立ってきます。じゃああたしと柳川の間にあるのはなんだろう……同好の志?
そんな感じかな。
PS:
でも最近、柳川はあたしの肩や背中に、気安く手を触れてくるようになりました。
なんかかんちがいしてるんでしょうか?<つづく>
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