愛の這ったあと
ある寝取られ男の記憶の系譜

作:西田三郎




■11  『あの男と再会して、話をした』
 

 その日は日曜日で、午前中、これまた別の人妻とセックスをして、昼は一緒にわたしが作ったチャーハンを食べて、午後はのんびりしたいので1時半くらいに追い返した。とてもいい女だった。43歳であのスレンダーでハリのある体系はすばらしい。ほんとうに43歳かどうかは知らないし、調べようもないが。わたしとはテレクラで知り合ったそうだ……もちろん記憶にない。女は非常に上機嫌に帰っていった……わたしは2回、女をイかせただけだが、何かとてもいいことをしたような気がしていた。
  セックスでしあわせになれるなんて、安上がりな話じゃないか。

 家の裏手にある狭い庭の植物……妻が手入れしていたものだけど、わたしはそれらについてよく知らない。にテキトーに水をやって(水をやっとけば何とかなるだろう)、庭に面した軒先で足の爪を切っていた。日曜日には、いつもそうする。これはこの家に妻がいたころから、ずっと続けている習慣だった。
  左足の爪をぜんぶきれいに切り上げて、ヤスリをかけ、左手に爪きりを持ち替えてさあ、今度は右足を切ろうかと、ふと、顔を上げると、申し訳程度のうちの低い垣根の後ろに、男が立っていた。

  あの男だった……おれの“妻”だと自称する女と、おれたちの寝室でセックスしていた、あの中年男だ。
  男は白いポロシャツを着て、薄い髪を風に揺らし、誇らしげに出っ張った腹を突き出して、笑っていた。
  ちょっと意外で唐突だったが、わたしも爪きりを置いて、男に笑いかけた。

  「……元気ですか?ダンナさん」と男は言った。「あんたの奥さんは、元気?」
  「……そちらの奥さんは元気ですか?」とやり返す。「寂しがってませんか?わたしが訪ねてこないから」
 
  男は笑みを崩さなかった。そのままズボンのポケットに手を突っ込むと、タバコのパックを取り出して、一本銜える。そして、芝居がかった身振りでポケットを探った。「、ありますか」
  めんどくさい男だ。わたしがゆっくり立ち上がると、ツッカケを履き、男の立っている場所まで歩いていき、垣根をはさんで100円ライターで火をつけてやった。あのいかれた女のせいで、わたしは習慣的にタバコを吸うようになっていた。

  男は目を細めて……薄い頭の毛を揺らせながら、実にうまそうにタバコを吸った。
  わたしも自分のポケットからタバコのパックを出して、一本くわえ、火をつけた。

 「……妻はね。わたしで満足してますよ」男が、煙を吐きながら言う。「妻がね、この愛しいわたしの妻がね……まあ、ご存知でしょうけど、わたしは10も歳の離れた妻を貰ってるわけで……しかも、あんなにかわいい顔をしていて……子供みたいな身体つきをした女をですよ……夫として、自由に弄り回すことができる、法律の範囲内でそうすることができる、ってだけで……もうそれは充分しあわせなことなのかも知れないんですけどね……でもまあ……お分かりでしょうけど……うちの妻はあまり、そんなふうにセックスに関して、積極的なカンジには見えないでしょ……?……あなたの奥さんと違って

 ちらり、と男がわたしの表情を盗み見た。
  まあ、つまり何らかの言葉による打撃を放ったつもりで、わたしがそれにどれだけダメージを受けたのかを確かめたかったのだろう。いや、いくらなんでもそれはムリだ。なぜならあのこいつの知ってる“あなたの奥さん”はわたしの妻ではないのだから。実際、わたしは何も感じなかった。

  「……うちの『妻』、良かったですか」わたしは言った。「それは良かった」
 つまり『妻』とは、あの知らない女のことである。

  「まあまあ……でしたね」男は少し、拗ねたようだ。わたしが思い通りの反応を見せなかったからだろう。  「……まあいいや……話を戻しましょう。とにかく、あれ以来……わたくしども夫婦の生活は、とてもよくなりましてね……といいますのも、あなたの存在と、あなたがうちのやつとセックスした、という事実がわたしにとっても……そしてそうちのやつにとっても、ものすごくいい刺激になっているみたいなんですよ。……実はあれから……あなたに傘を投げつけられてあなたのお家を追い出されてから、慌てて車で家に帰ったんですけど……家に帰るなり、そのまま家で待ってたあいつをソファに押し倒したんですよ。ええ、こんなことはもう、若い頃でもありませんでした。いや、あなたの奥さんとさんざんハメ倒した後でしたけど………」ここでまた、ちらりと男はわたしの反応を盗み見た……もちろん、屁とも思わない。「……パンツの中は、なんかの病気にでも掛かったのかと思うくらいにビンビンでした。あんなのは、高校生の頃以来かな……?……エロ本を買って、家につくなりオナニーするぞ!!って意気込んでるときに、そんなふうになったでしょ?……ねえ?」
  「はあ」気のない返事をした。まあ誰だってそれくらいの経験はある。
  「それで、あいつの服をビッリビリに破いたんです。ええ、まるでレイプするみたいに。ええ、あいつは白いブラウスを着ていましたけど、胸をむんずと掴んで、思い切り左右に開いたんです。ええ、ドラマみたいに一気にボタンが弾き飛ばされましたよ。あいつは……それまではずっと泣いてましたが、あんまりビックリしてない様子でした……わたしに前を開かれると……泣きながらわたしの首に手を回してきたんですよ。どういうつもりだったんですかねえ……つまり、わたしに対してすまない、と。ごめんなさいあなた、と。今日はいくらでも好きなようにさせげる、と。そんな気分だったんですかねえ……いや、あいつ、そーいうところがある女でしょ?あなたも、よく知ってるはずだ」

 男が煙を吐きながら、わたしの顔を見た。笑っていた。まさに、思い出話かなにかを分かちあってるかのような、そんな表情だった。わたしは寒気を感じた……このおっさんは、キモい、と女子高生のように思った。つまり、おっさんはどういうつもりか知らないが、わたしを自分の仲間にしたいのである。自分の側に、わたしを引き込もうとしているのである。何の仲間に?……わたしに何か、罪悪感を抱けと?冗談じゃない。

 「……それにわたし、すごく腹が立ちましてね。いや、最初は何で腹が立ったのかわかりませんでした。……でもつまり、こういうことなんです。そのときのわたしは……そんなふうに、あいつに『受け入れてもらう』ことを『許される』っていうかね……なんというか、そんなふうに物わかりよく受け入れられたくない気分だったんですよ。そんなので、収まるわけがなかった。あいつの予想の範囲内になんか、絶対収まってやるもんか……とまあ、アホらしいことですけどそんなふうに考えたわけです。……で、力任せに、ブラウスを引き裂きました。脱がすんじゃなくて、引きちぎる感じです。あいつは痛そうにしていましたが、抗議しませんでした。それがまた、わたしをイラつかせました。思いつくままにブラウスの残ってる布を掴んでは、引きちぎりました。あっという間に、妻の二の腕にわずかに布が残るだけになりました。あいつの肌は白いでしょう……?……わたしがおもいっきり引っ張るもんで、いたるとろこが赤く擦り剥けてました。わたしは、ますます亢奮しました。ええ、あれほど、怒りが自分を昂ぶらせるものだとは思いませんでしたよ………あと、上半身はブラジャーだけでした……まあ、ご存知のとおり(ちらりと、またわたしの反応を見る)あいつはあんまり胸がないでしょ。あんたんとこの奥さんと違って(ここで、自嘲的に笑う)……ヘンな話ですけど、『てめえ、乳ねえクセに何をそんなもんつけてんだよ』って、そのことがムカついてきましてね、引きちぎりましたよ。さすがに、このときばかりは痛そうでしたけど、必死に歯を食いしばって耐えてました。それを見ると、ますます盛り上がってきましてねええ………留め金が壊れたブラジャーで、そのまま、あいつの手首を後ろ手に縛り上げたんです」

  男の下半身を見た……明らかに男は勃起していた。
  見たくもないが、チノクロスのパンツの前が、突っ張っていた

 

 

 

 

NEXTBACK

TOP