図書館ボーイ
作:西田三郎
■6■ わたしのお古を着なさい
「うっ!…………あっ……あっ……あっ!!」
信じられない……机の上に広げられた本の、リアルな女性器の図版の上に、突っ伏してしまった。
う、うそだろ……………こ、こんなとこで……………こんなとこで……………最後まで……………そんな…………。
“………………”
“………………”
ぼくのことを見てひそひそ言ってたはずの女子高生二人も、今は沈黙していた。
「“……えー……イッっちゃったの?マジ?……信じらんなーい……”って顔して、かなりヒいてるよ。女子高生のおねーさんたち」仲馬さんがイヤフォンから囁く。「……いや、 わたしも信じらんなーい……だーれが最後までいっちゃえ、なんて指示しましたかあ?……………ほーんと、きみってカワイイ顔して、エッチなんだねえ?」
「……………」何も言い返せなかった。
「……………この変態。パンツ、汚しちゃったでしょ」
「……………」
「ズボンも、汚しちゃったでしょ」
「……………」
確かに……すごい量を出してしまったみたいだ……それはパンツから染み出して、内側からズボンの布地まで汚そうとしている。
「ホラホラ、そのままヘバってると、ウチの椅子が汚れちゃうでしょ」
と、そのとき、ぽんと背後から肩を叩かれた。
感電したみたいに飛び上がる。
肩ごしに見上げると、本を数冊抱えた仲馬さんが、ぼくを見下ろしていた。
長い髪が、イヤフォンをうまく隠している。
「ほら」
トン、と目の前に文庫本が置かれた。
何かが挟まれているようだ。
仲馬さんがかがみ込み、まだ息も絶え絶えのぼくの肩を抱く。
「……さーて……ミッション2といきましょっか」
仲馬さんがぼくの耳に唇を近づけて囁いた……イヤフォンをつけた左耳ではなく、つけていない右耳に。
遠目には……どんなふうに見えてるだろうか。具合が悪そうな少年を気遣う、やさしい図書館のおねえさん、というところだろうか。
ぼくは……仲馬さんが差し出した本を手に取った。
表紙のタイトルに目をやる。
セリーヌという作家の『なしくずしの死』というタイトルの本だった。
「まず、汚れた服を着替えなきゃね」
また、ぽん、と肩を叩かれる。
その衝撃で、またびくん、と下半身がうねり、残りの液を漏らしてしまった。
仲馬さんは僕の上半身をやさしく起こすと、僕は頬をくっつけていた『カラー図解:女性器の形状』をよいしょ、といって持ち上げ、ぱたんと閉じた。
そして、最初から抱えていた数冊の本と一緒にその本を胸の前で抱えなおす。
「貴重な本なんだからさ〜……汚さないでよね〜」今度はマイクから仲馬さんの笑い声が聞こえてきた。「じゃ、本の間のブツを見てね」
あんまり充実してなさそうな小さなお尻をわざとらしくくねくねらせながら、仲馬さんが“セクシーな女”の仕草を思いっきりバカにしたような歩き方で、ぼくから離れていく。さっき女子高生たちが立っていたテーブルのあたりを通り過ぎると、その後ろ姿は書架の影に消えた。
女子高生二人組は、もうそこにはいなかった。
本に挟まれていたのは、図書館の入館ゲートの近くにあるコインロッカーの鍵だった。
番号は66番。
ぼくは制服のワイシャツの裾をズボンから出すと、濡れた下半身をなんとか隠して……中腰でコインロッカーまで、そろり、そろりと向かった。
ゆっくり歩かないと、ぐしょぐしょになったパンツが気持ち悪かったし……これ以上ズボンを汚したくはなかった。
いったい家に帰ってから、どうやってこれをクリーニングに出そうか……どうやってお母さんに気づかれずにパンツを洗おうか……くだらないことだけ ど、そのときのぼくにとっては重要なことをあれこれ考えていたので……ぼくの歩き方について誰かがヘンに思うだろうか、とかそういうことはあまり気になら なかった。
コインロッカーまで辿りつき、66番を開ける……中には、「ピーチ・ジョン」の紙袋があった……知ってる。女の人の下着メーカーだ……つくづくあの変態女は……ぼくを辱め尽くすつもりらしい……。
袋を取り出して……中を覗き込む。
「ひっ」
一瞬、紙袋を下に落としそうになった。
透明ビニール袋に入れられた、人間の頭部のようなものが見えたからだ。
……でもこれは、そんなホラー話なんかじゃない。
いまぼくが体験しているのは、どしようもない下ネタの世界であり、ほとんど気の狂った変態が描いたマンガの世界なのだ。
ビニール袋に入ったそれは……けっこうちゃんとした作りの、黒髪のかつらだった。
そしてそれを袋から取り出すと……その下には、人間の頭よりもゾッとするものが入っていた。
「……な……なんなんですか……これは……」ぼくは喉のマイクロフォンを抑えて言った。声が震えている。「…………なんで……こんな……」
「えー……気に入らない?……だって、これだってきみが、ほんとにやったことでしょ?」
「そんな……でも……だって……それを……ここで……」
「あれこれ悩んでるうちに、きみのパンツとズボンはどんどん汚れてくわよ……ほら、ぜったい似合うから……来てみてってば……」
「なんで……」ぼくは潜めた声で言った。「なんで……仲馬さんはこの服を持ってるんです?」
うふふ、とイヤフォンの向こうで仲馬さんが笑う。
「なぜって……あたしはきみの学校の卒業生だからです。あたしのお古……着るのイヤ?」
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