図書館ボーイ

作:西田三郎


■4■ ゴシゴシ


「……で……これからどうすればいいんですか」

 女子高生たちは、ぼくのことをチラチラ見ながら、クスクス笑っている。
 あの写メはいったい誰に送られるのだろうか。彼女たちの友達、全員だろうか。ツイッターかなにかに、アップされたりするのだろうか。
 どきどきしながら、うつむいたまま固まっていた。
 机の上に広げられているのが、リアルな女性器の図がでかでかと載っている本であることも忘れて。

「……そうだな〜……どうしよっかな〜……」
「……なっ……なんでもいいから……はっ……はやく決めてください」

 女子高生たちはまだぼくのことを見てクスクス笑っている。
 そうやってぼくが笑われているのを見るのも、彼女のお愉しみのうちなのだろう。

「……じゃーね……そうだな〜」底意地の悪さがにじみ出してくるような仲馬さんの声。「……じゃあさ、ポケットに手、突っ込んでよ。右手」
「えっ……」おっそろしく、イヤな予感がした。
「……できるでしょ?……ってか、やってたよね、きみ。この図書館で。おんなじことでしょ……?……さあ、ポケットに手入れてよ」
「……い、いやです……」

 ぼくは首を振った……仲馬さんがどこにいるのかもわからないのに。
 仲馬さんがぼくに何をさせようとしているのかは、容易に想像がついた……。
 そ、それを今ここで?……マジで?……ムリムリムリ……そんなの絶対ムリだって……。

「『いやです』だって〜……生意気だけどかわい〜」
「じょっ、冗談じゃないですっ!」

“見て見て、またあの子、なんか一人でブツブツ言ってる〜”
“マジ、ヤバいよ〜コワいよ〜変態だよ〜”

 女子高生たちの声……いや、気になるけど、それどころじゃなかった。
 次から次へと『それどころじゃない』問題が起きて、ぼくの頭を混乱させる。いや、混乱させているのは仲馬さんなのだが。

「ほら、ポケットに手を入れなさい……あのこと、バラしちゃっていいの?」
「……でっ……でもっ……」
「やらないとバラしちゃおっと。きみの学校のみんなに教えちゃおっと」
「……………」
「…………ほら。ポッケにお手々入れて。ほらほら」
「…………」

 ぼくは、うつむいたまま、右手をポケットに入れた。どうせ……選択肢はないんだ。

「……ほら、握って」仲馬さんは非情だった。
「えっ……」
「なーにが“えっ”だってーの。ほら、ニギニギしましょうね〜……」
「だ、だって」
「だってとか言ってる場合じゃないよ。ほら
一気にぎゅっ、と握っちゃおう!」
「……………」

 どうせ……選択肢はないんだ。
 深く、ポケットに手を突っ込んで……探して……握った。

「んっ……」声を出してしまって、“しまった”と思った。
「“んっ”だって〜……いきなり声出ちゃってんじゃん!」
「……………」ぼくは、ぎゅっと唇を噛み締めた。「…………で……どうするんですか」
「…………どうするって〜……決まってるじゃん?……わたしに言わせたいの〜?」
「…………って…………あのっ…………」

 さっきまでクスクス笑っていた女子高生の二人組をちらりと見上げる。

“わっ!こっち見たよ!変態くん”
“何?何?……写メ撮ったの気づかれた?”

 ……いや、それはとっくに気づいてるし。
 ぼくは……何をさせられるか、わかりきっていたが、とりあえずその状態で仲馬さんの指示を待つことにした。
 ……絶 対、ぜったいに……自分から次の動きに出るつもりはなかった。
 自分の意志でそんなことを……こんな場所でするなんて……それだけは……それだけは……絶対にしない、とぼくは誓った。
 
 確かに……どうせ、選択肢はない……でも、それが……ぼくにできる精一杯の抵抗だった。

 しばらくの間があった。
 仲馬さんはどこからか、ぼくの姿をずっと監視しているのだろう。

 ぼくはポケットの中で自分の一部を握り締めながら……待った。
 気がつけば、身体が震えていた。女子高生たちは、もうぼくを見て笑っていなかった。

「さぁて……そろそろ観念して、動かしてみようかね」ついに、仲馬さんからの指令が下る。「ほら、ゴシゴシしなさいよ」
「……………」唇を痛いほど噛み締めた。
「ほら、やって。ゴシゴシしちゃいなさいよ……もう、元気になっちゃってるでしょ?」
「…………くっ」

 確かに……そうだった。
 数枚の布越しに、ぼくは固くなった自分の身体の一部を握り締めていた。
 それはどんどん固くなり……熱くなり……脈づいているようだった。
 

 自分で自分が情けない……でも……。

 
 ばくは……ゆっくりとポケットの中の手を“ゴシゴシ”しはじめた。



 

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