セルジュの舌
作:西田三郎
■序文■ イイヅカ君の思い出
すべての男は、当然のことながら、自分の体のように女性の体を理解しているわけではない。
セックスにおける愛撫で、女性がどのように反応するのか、どのように絶頂を迎えるのか、については、自らの普段感じている男性の肉体における快楽のあり方をもとに、想像するしかないのである。
女性に潮を吹かせたい、と願う男性はつまり、女性の肉体を『基本的には男性の肉体とそう変わらないものだ』という認識のもと、自らが感じる至上の快楽である『射精』から得られる快感を、女性が『潮吹き』によって得られると考える。
男の場合は、精液が出ること=絶頂であるからだ。
男も女もしょせんは同じなのだから、どこか一箇所、性感の中枢となる部位が存在するはずであり、そこに対する集中的で執拗な刺激を加えることによって、いかなる女性も絶頂を迎えるにちがいない。いや、そうでないとおかしい、と。
実はこれは、男の性感が(女性から見れば)大変奇妙で節操がないものであることに起因している。
男性の場合、陰茎への刺激はいかなる場合においても……機能的に問題のある人は除くとして……感覚として無批判に、かつ無条件に、性的快楽として変換される。
これは嘘ではない。
ちんこを他者からしごかれると、その相手が誰であろうと、その状況がいかなるものであろうと、男は性的に反応する。
そして、そのまま刺激を与え続ければ(性的なコンディションが良い人間であればなおさら)、尿道からカウパー氏腺液があふれ(いわゆる、なんだかんだ言ってこんなに濡れてるじゃねえか状態)、そのままさらに続ければ確実に射精する。
そのことで、どうしても書いておきたいことがある。
わたしがまだ何もしらない中学1年生の少年だったときの話だ。
クラスメイトのイイヅカ君から、奇妙な告白をされたのだ。
イイヅカ君は、非常にやんちゃで、子どもっぽいところもあるが、気のいい、明るい少年だった。
しかしその朝、彼はものすごく沈んでいた。
どうしたんだ、と問いかけたわたしに、イイヅカ君は驚くべき告白をした。
「西田、お前……電車で痴漢に遭うたこと……ある?」
「……ええ?」
彼は非常に真剣だった。いつものおちゃらけた雰囲気は、影すら見えない。
「……ここんとこ……毎日遭うんや……朝……電車で、毎日おんなじ奴に」
「え、それってあれか、いわゆる、『痴女』っちゅうやつか?」
「……それが……おっさんやねん。ふつうの、デブで、加齢臭バリバリの、汚いおっさん」
「……えええ?」
なんとまあ……どちらかといえば女性的で、女子に、それも上級生の女子生徒から人気があった美少年のわたしならまだしも、彼のようにいかにも『オトコノコ』的な少年が、そんな憂き目に遭うとは。
ホモの痴漢のうわさは聞いたことがあったが、まさかこんなに身近な話として聞くことになるとは。
「……でも、犯人わかってるんやろ?……駅員に突き出し立ったらええやん……」
いつも元気でやんちゃなイイヅカ君のことだ。
まさかデブで加齢臭バリバリの中年オヤジのことが怖い、なんてことはあるまい。
……いや、まてよ。
そうではないのかも。
わたしは自分の身に置き換えて考えてみた。
突然、満員電車で痴漢行為をはたらいてくる変態男。
男が怖いというよりも、その変態男が何を求めているのか、それを想像すると不気味である……相手は同性の少年だ。
男が究極的に求めているものは、一体なんなのか。
……それを考えると……なぜか心なし……わたしの股間もムズムズしてきた。
「そんなん簡単に言うけど……実際されてみたら、めちゃくちゃ恥ずかしいし、大きな声なんか出されへんわ。そしたらおっさん、だんだん調子に乗ってきよって……」
「何されたん?」完全に純粋かつ不純な好奇心で、わたしは聞いた。
「……チャック……下ろされて………ズボンの中に手入れてきた………」
「え???……直に、ちゅうことか?」
「いや……最初のうちは……パンツの上からやったんや……こりゃヤバイ、あかん、大声出して、助けを求めんとヤバい……思たよ、そりゃ。でもなんか、もうすでにチャック下ろされて、ズボンの中に手突っ込まれてるわけやん?……なんかそんなんされてんの、人に見られるん、めちゃ恥ずかしいやろ?………それに………」
「それに?」
「これ、ほんま、誰にも言うなよ。お前やから話すんやぞ。絶対秘密やぞ」
イイヅカ君は、真剣だっただった。
「言わへんよ。誰にも言うかいな……」
「……俺な、なんかへんな気分になってきて……このままおっさん放っといたら、一体どこまでしよるんやろう、って……なんかへんな好奇心がわいてきたんや……いや、自分でもおかしかったんやと思ってる。充分わかってるけどな……なあ西田、自分のことに置き換えて考えてみてくれ……なあ、お前やったらどうする?」
「……お、俺は……」
すでにその時点で、ゆるく勃起していた。
断じてわたしは、イイヅカ君に同性愛的な感情を抱いていたわけではない。
想像力が豊か過ぎただけだ。
「……それで、あえて、あえてもう、なんでもないふりして、おっさんの事、無視しとったんや……そしたらおっさんの手が……パンツの上のゴムのほうから中に……」
「え……………つまり………直で来られたんか?」
「そう、直や。しっかり、がっしりと握られた……おれ、めちゃくちゃ恥ずかしいけど……その時点で、かなりギンギンやったんや。自分でも信じられへんけど……」
イイヅカ君の顔は紅潮し、目は充血していた。
わたしが告解師でもあるかのように、彼が言葉を続ける。
告解師であるわたしの勃起は、ごまかせないくらいになっていた。
鼻息も、荒くなっていた。
「はじめて……はじめて人に握られると……あんなに感じが違うもんなんやなあ……なんか、気持ちええというか、痛いく らいやった。腰ぜんたいが、じ〜んと痺れてきて……頭の中がグラグラ回ってきて……それからは……ゆっくり……ゆっくり……なんかめちゃくちゃ焦らすみた いに……こってりしごかれた……特急電車やったしな……なかなか駅につかへんから、ほんま、10分くらいは……シコられてたと思う……なんか……先走りが垂れてきて……それを……ちんぽ全体に塗り広げられて……くちゃ、くちゃ、って……音までしてくるし……」
「で、最終的に、イってもうたわけか?」
もう少しましな聞きようもあったろうが、何せわたしも中学一年生だった。
「……我慢したよ……めちゃくちゃ我慢した……あかん、ここでイってもうたら、俺もうおしまいや……なにがあっても イってもうたらあかん……って……歯くいしばって、つま先踏みしめて、ひたすら耐えたわ……でも……わかるか?……そんなふうにわけのわからんオヤジにシ コられて、ああ、あかん、イったらあかん、って自分に言い聞かせたら言い聞かせるほど……ますます全身が痺れてきて……俺、あのときばかりは神に祈ったわ」
「神に?」うちの中学は、私学でキリスト教系だった。
「神様、お願いやから、イかせんといてください……ぼくにイくのを我慢する力をください……いま、その力をくれたら……一生を神様に捧げます……って……おれ、いつも宗教の時間は寝てて、ぜんぜん関心ないけど……あんなときばかりは、神様に頼ってまうもんやな……でも……あかんかった……神はおらんかった」
「つまり……」わたしは唾を飲み込んで、声を整えた「イってもたというわけか」
「ああ、あんなに我慢させられて、イったんは始めてやった……ものすごい量が出たわ……パンツが、グショグショになるくらいに……電車が駅についたら、慌てておっさんツキどばして、駅のトイレに駆け込んだわ……パンツ脱いで、捨てるためにな」
「っちゅうことは……お前今、ノーパンなんか」
「そうや……でも、パンツ脱いでびっくりしたんやけど………パンツの中に……これが入ってた」
そういって、イイヅカ君は……ビニールの小袋に入った五千円札を見せてくれた。
これはあくまで、わたしが彼から聞いた話であって、ほんとうのことかどうかはわからない。
しかし……わたしはいまだにAVなどで潮を吹かされる女性を見るたびに、イイヅカ君のことを思い出す。
そんなイイヅカ君への思い出をもとに、わたしは「セルジュの舌」を書いた。
この作品を、イイヅカ君に捧げたい。
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