大人はよくしてくれない

作:西田三郎



■第八章 お兄ちゃん、ずるいわ

  イソヤマの膝の上に抱きかかえられたとき、悠也の意識はもうかなりはっきりとしていた。
  だが、がっしりと自分の身体を押さえつけるイソヤマの両腕からは逃れられない。
  腐った肉汁を含んだようなイソヤマの強烈な体臭と、いつの間にかかいていた自分の汗の匂いが混じりあい、思わず咽そうになる。イソヤマは悠也の顎を掴むと、自分の顔に悠也の顔を近づけた。何をされるのか悟った悠也の鼻腔を、イソヤマの腐敗臭をともなった口臭が襲う。
 
  「……や、や、やめろ……」じたばたと暴れたが、あっという間に唇を奪われ、舌が口の中に入ってくる。「んっ……ぐっ……うぐっっ………」

 舌を絡めとられ、粘性の高い大量の唾液が口内に流れ込んでくる。自由にならない舌で唾液を押し戻そうとしたが、それは二人の唇の合わせ目から溢れ、悠也の顎を垂れた。イソヤマの無精ひげがちくちくと悠也の顎や頬を刺す。頭をがっちりと右手で押さえられ、さらにイソヤマの左手がハーフパンツに潜り込んでくる。
  「ぷはっ!!!……やめろっっ!!!!
  「あれ?……ボク、もう濡れとるやないか」
  「……やめ………あっ……!!」
  トランクスのゴムから侵入したイソヤマの太くて厚い指が、がっしりと悠也の陰茎を捉えた。
  「……かっちんかっちんや……おい、ちあきちゃん!!!!」
  イソヤマに陰茎を直接握られたことのショックも冷めないうちに、イソヤマが食卓の向こうのちあきに声をかけた。はっとして、背後のちあきを見る。

 ちあきはビニールの上に作った大きな水溜りの上に下半身をぴったりつけたまま、うつぶせになっていた。ほとんど死んだようなうつろな目が、悠也を見ている。
  「……ちあきちゃん!!お兄ちゃん、かっちかちにしとるで!!!……ひどいお兄ちゃんやなあ!!……妹が一生けんめい、家族を助けるために頑張っとんのに、お兄ちゃんそれ見て、かっちんかっちんにしとったんやで!!!なんちゅうお兄ちゃんや!!!……こんな悪いお兄ちゃん、おっちゃんがしっかりとおしおきしたるさかいな!!!ちゃんと見ときや!!!」
  「やめ……あっ………」

 一旦ハーフパンツから手を抜かれたと思ったら、今度は膝の上でくるりと身体を反転させられ、ハーフパンツとトランクスを一気に脱がされた。抵抗しようと思ったが、意識ははっきりしてきたものの、まだ四肢にそれが上手く伝わらない。閉じようとする両脚の間に、イソヤマの分厚い膝が割り込み、大きく左右に開かれる。

  「……ほーれ……ちあきちゃん、見てみ……お兄ちゃん、こんなにビンビンになっとるで」
  「ああっ……くっ……」

 ちあきの空ろな視線は変わらなかった。しかしその視線の先に、大きく開かれた自分の脚と、下腹にくっつくほど硬くなった陰茎が無防備に晒されている。屈辱と、恥辱と、身の置き場もないほどのやるせなさ。これが、『みじめ』さの果てだろうか?……悠也はちあきの視線から、とりあえず逃がすことのできる自分の視線だけを逃がすことにした。

 逃げた先には、イソヤマの醜い笑みが待っている。

  「……ほんま……きれいな顔やなあ……ボク
  「…………」奥歯を噛み締める。を吐きかけてやりたかったが、口の中はからからに乾いていた。
  「……ちあきちゃんも可愛いけど、ほんまはおっちゃん、ずっとボクのこと狙っとったんやで……わかってたやろ?……わかってたんやろ?……そやから毎日お風呂に入りにおいで、言うてたのに、一週間に一回しかお風呂に来えへんかったんやろ?……ほんまに、悪い子や……」
  「うっ……」イソヤマが、悠也の髪に脂っぽい団子鼻を埋めてくる。
 
  すーはあ、すーはあ……イソヤマが自分の髪の匂いを嗅いでいる。
  熱い息に、ぞっとした。と同時に、ちあきの視線に晒されている陰茎がびくん、と震えた。
  触れられもしていないのに。
  「……匂うでえ……新陳代謝の匂いがするでえ……ボクみたいな歳やと、ほんま一日で身体のほとんどの細胞が入れ替わるんやなあ……おっちゃんも昔はそうやった……ボクみたいにキレイな子やったんや……なんでこんなにきれいな顔、きれいな肌しとるのに、毎日きれいにせえへんのや……」
  「あっ……やっ………」

  Tシャツの中にイソヤマの両手が忍び込んできて、上半身を撫で回しはじめた。へその周りを、わき腹を、浮き出たあばらの一筋一筋を、芋虫のような10本の指が這う……指は鎖骨の形を確認して、また下ってきた。そして、両方の乳首をきゅっ、とつまんだ。

  「うっ……あっ……」また陰茎がびくん、と震える。触れられているのは乳首なのに。
  「……乳首もピンピンや……いやらしい身体しとんのは、やっぱり兄妹いっしょやな……そこで寝てるタク坊も、多分おんなじやろなあ……君らは充分、このいやらしい身体使うて、おっちゃんから稼いだらええ……ボクもな、コンビニのブスのバイトたぶらかしてお弁当めぐんでもらうのん、情けないやろ?……これからは胸張って、おっちゃんとこに来たらええんや……そしたら……なんぼでもお金あげるさかいに……な、そやろ?
 
  “そやろ?”の声と同時に、両乳首を強く抓られた。
 
  「ああうっっっ!!!!」また陰茎が震え……今度はそれをイソヤマの右手がすばやく捕らえる。「はっ

 と、そこでちあきの声がした。

  「……お兄ちゃんは、ずるいわ」
  「え……ええ?……」

  イソヤマの手にゆっくりと陰茎を扱かれて、朦朧とする意識の中で、いきなり斬りつけられた気分だった。
  見ると、ちあきは床にぺったりと腹ばいになった姿勢で、あいかわらず悠也をぼんやり見ている。
  最初は、空耳かと思った。しかし悠也は次の瞬間、はっきりとちあきの唇が動くのを見た。

  「……お兄ちゃんは、ずるいねん
  「……な……なん……やて………あっうっ……」

 陰茎をしごかれながら、シャツの中で左の乳首を転がされる。甘い刺激の中で溺れる悠也に、ちあきは救いの手を差し伸べる気はないらしい。……当たり前だろう……なぜなら自分は……兄である悠也は……いまさっき、実の妹がこの人の皮を被ったけだものに徹底的にはずかしめられる様を、助けもせずに黙って見ていたのだから……酒に盛られた、薬のせいにして。

 「……お兄ちゃんは……自分だけ苦労しとると思ってんねん。ブサイクなコンビニのバイトに色目使うて、弁当めぐんでもらってくるだけのくせして……うちがそのおっさんに、これまで何されてきたんかは……今日ようわかったやろ?……それでうちは、電気代とガス代だけは払うてきたんや……おかんがおらんようになってからずっとな。知ってたやろ?……電気もガスも、タダやないんやで。このおっさんから稼いだ金で、うちが払うてきたんやで……」ちあきの声には抑揚がなかった。しかし言葉は鋭かった。「……なに、自分だけキレイで生きていこうとしてんねん……うちは、すすんでこのおっさんにさっきみたいなエロいことさせて、それでお金稼いどんねんで……今日かて、ほんまは5万円もらえるはずやったんや……お兄ちゃんを、この部屋に連れてきたらな……でも、5万円分は、うちが稼いだんやで……3万円分くらい、自分で稼ぎーさ……うちかて、お兄ちゃんの前であんなにはずかしいことされて、5万円稼いだんやで……ちょっとくらい、ガマンしーさ……稼げるやろ?3万円くらい……ちょっとはずかしい思いするだけで3万円やで。それでうちら、どれだけラクに暮らせると思てんねん……稼ぎいな……自分で
  「……………………」

  なにも言えなかった。
  突然、身体が精神と切り離された。陰茎を扱かれていることも、乳首を弄くられていることも、その二つによる甘い快感も……急にどこか遠くに行ってしまった。悠也は、自分からイソヤマを見上げた。
  「……どないしたんや。ボク
  「おっちゃん……お………お風呂場に……いこ………」
  「……なんでや。ここやったら、イヤなんか?」
  「……好きなことさせたるわ………ご、5万円。5万円……お風呂でやったら、何してもええから……5万円や……そやから……せめて……せめて妹の前でだけはやめて……ほんなら、3万円に値下げしてもええ」
  イソヤマが満足そうに笑う。悠也が発した言葉のうちの何かが、この男の外見よりもさらに醜悪な心に触れたのだろう。悠也も、イソヤマに笑みを返した。
  「よっしゃ……お風呂行こか………」

 イソヤマが悠也の身体を持ち上げた……思ったよりも力がある。
  「……やっぱり……」視界の外で、ちあきが呟いた。「……ずるいわ……お兄ちゃん

 


 

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