お母さんなんて呼ばなくていいのよ 
作:西田三郎

■3ヶ月後

 その日、父は上機嫌だった。
 一重と英治を、有名な肉屋に連れていき、すき焼きを振る舞った。
 英治は外ですき焼きを食べるのは初めてだった。一重も初めてだと言った。
 実際、とてもいい肉だった。上等の霜降りロース。たっぷりと脂肪を乗せた肉は、口の中でとろけた。甘辛く芳醇なたれも絶妙に肉の旨みを引 き立てている。
 父はとても上機嫌で、やたら肉を頬張り、英治や一重にも食べろ食べろとうるさいくらいに勧めた。
 ビールもよく飲んだ。コップが空になる前に、一重がビールを注ぎ足した。
 父はまるで永久機関のようだった。
 英治はなんとなく醒めていた。以前のように、父に甲斐甲斐しくよりそう一重に、子どもっぽい怒りや苛立ちを覚えることはなくなった。あれから、父と一重 の仲むつまじい姿は、どことなく別の世界の出来事のような、遠くの出来事のようなことに思えた。そのことに関しては、現実感 がもてなくなっていた。何故かはわからない。
 「どうしたの、今日はこんなごちそうなんて」
 「…ん…なんでだと思う?」父が聞いた。「…父さん、いいことがあったんだ。」
 父が思わせぶりに一重に目配せをする。一重が恥ずかしそうに目を伏せて、父を叩く素振りをした。「…ていうか…、父さんと一重に、いいこ とがあったってのかな」調子づいた父がおどけた調子で続ける。「な?一重」
 「…もう…やだ…恥ずかしい」一重が少女のように恥じらってみせる。
 「…何?」英治は心底どうでも良かったが、とりあえず聞いた。「何があったの?」
 「…英治、お前に弟か妹が出来るぞ」
 「…え?」
 一重がちらりと英治を見た。あの日見せた、悲しそうな目だった。しかし父が嬉しそうに一重の方を向くと、悲しげな目の憂いは一瞬にして消え、また少女よ うな恥じらいが戻った。英治はその一瞬の変化を見逃さなかった。

 「お前、妹か弟を欲しがってたもんなあ!」父がそう言って笑った。
 あれから、“白い顔の女”は英治の枕元に現れなくなった。毎朝のように射精させられ、早朝洗面所でパンツを洗うことも無くなった。あれ以来、一重があん なふうに英治を犯したこともない。英治は普通に、毎晩自慰をしている。たまに、あの日一重から受けた陵辱を思 い描くこともあるが、それも毎日ではない。すべてにおいて、平静が戻っていた。さらにそこからは、一重に対する意味のない苛立ちや怒りが、すっ かり消えていた
 「…あたし…お母さんになるのね…」一重が言った。父は嬉しそうに一重の腹に手を当てた。
 一重は笑いながら、それを払いのけた。しばらく父と、一重のじゃれあいが続いた。
 英治はそれを、醒めた目で見ていた。
 「おめでとう…」抑揚のない声で、英治は言った。
 それが父と一重に聞こえたのかどうかは、判らない。 (了)
  
2003.11.30
 

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