呪い殺されない方法


作:西田三郎


■9■ 呪い殺されない方法

 つまり……こういう事だ。自分が呪い殺される前に、誰かに怨霊を押し付けて、人を呪い殺すことの楽しさを幽霊たちに教えてやる。
 そうすれば、幽霊たちは無差別に人を呪い殺すことに取り憑かれ、自分を殺した奴を呪い殺すのを忘れる……そういうことらしい。

「でも……ちょっと待てよ。それってあまりにも……幽霊の連中ってのは間抜けすぎない?」
「幽霊ってのは間抜けなのよ……おっと」サダコが手を差し出してわたしの背後に呼びかける。「おばさん、気にしないでね……何もあんたのことだけを言って るんじゃないから……ところであんた、なんであんた、そんなおばさん殺したの?」
「うーん……なぜかな……殺しやすかったから……かな」
「はあ」
「一緒に飲もう、つったら簡単についてきたし……独身だったし、身寄りもないようだし……まあ、そういうことになるかな……」おれは背後が……特に耳元が 気になって仕方がなかった。「……なあ、まだおばさん、君のことを見てるのか?」
「うん、見てるよ。えらく怒った顔で……」
「ぞっとするよな」
「してないくせに……まあいいいや。あんたは殺す相手に対しては別にこだわりがないみたいだけど、それと同じよ。殺しやすい相手を狙って、殺す。幽霊だっ て、呪って効果がある人を狙って、呪う……たとえば、霊感が強かったり……特に臆病だったり……精神が不安定だったり……そういう人のほうが、自分たちの 存在を感じ取ってくれるし……追い込みやすいでしょ。子供のいじめと 同じよ」
「はあ……」荒唐無稽な話ではあるが、それなりに筋が通っていそうな気もする。「……今、おれのうしろにいるオバサンや……この前、君と一緒にいるときに おれの後ろにいたロングヘアの舌出し女なんかだって……実は、そんな感じってこと?」
「もちろん。だってあんた、その人たちのこと、ちっとも気にしてないでしょ。幽霊だって、怖がってくれないんじゃ……存在意義ないじゃん。あ、幽霊に“存 在意義”ってのもヘンか」
「なるほど……幽霊のほうも自分に関心が向かないとなると、つまらない、ってことか」
「そ。ヤクザウヨクダンタイ暴走族や、痴 漢と同じ」

 確かに……理屈は合っている。

「その方法を使えば、確実に幽霊は追い払えるってことだね?」
「……“確実”ってこんな話でオカシイと思わない?……まあ、たいていは……いけると思うよ。さっそく試してみたら?……今、あんたの後ろにいるオバサン とか、この前の“仲間由紀恵”さんとかに……」

 別に……わたしにしてみれば、周りをうろついたり、たまにわたしを驚かそうとする類の幽霊どもは、どうってことはない。しかしまあ、試しにこいつらを誰 かに押し付けてみて、効果のほどを見てみる、というのは悪くない。せっかく、サダコにもそれなりの情報料を払う羽目になったわけだし……ああ、充分に試し てみる価値はある。

「……でも……“噛みつき少女”のほうに、効果あるかな?……あいつは露骨に、おれに襲いかかってきて、おれを傷つけた……たぶん、おれのことを殺そうと 思えばいつでも殺せるんだろう……手ごわそうだよな」
「さあ……?」サダコが首をかしげる。「でも、やってみなきゃわかんないじゃん」
「あいつは、なんでほかの幽霊とは違うんだろう?……特に強い霊だ、とかそういうのか?」
「ちょっと待ってよ……あたし、別に“幽霊博士”じゃないんだからさ。何でもわかるわけじゃないよ」
「じゃあいいや……きみ個人的には、何でだと思う?」

 気がつくとわたしのジョッキも空になっていた。
 お代わりを注文する。
 サダコは横を向いて煙草を吹かしながらしばらく考えていたが……やがて何かひらめいたらしく、わたしに向き直った。

「わかった!……その子の生前の性格の問題だよ」
「へ?」
「恐ろしく執念深くて、残忍で、陰湿で、陰険で、人が苦しむのを見て喜ぶタイプ。たぶん学校じゃあ、いじめっ子のリーダーになってるようなタイプ。そのま ま大人に成長したら……男を手玉にとって破滅させるタイプ。自分のせいで何人の男がハメツしたり自殺する羽目になっても……ちーっとも気にしないタイ プ……そんな感じ なんじゃない?……あんた! たまたまとはいえ、いいことしたねえ!……あんたのおかげで、その子に死に追いやられるはずだった人間の何人かが、確実に 助かったよ!」

 またサダコがケラケラと笑い出す。
 こっちはとても、調子を合わせて笑う気にはなれない。

「そういうのが……幽霊になると……マズいじゃないか。おれにとっては」
「おまけに、そーいう子はすっごく頭がいいからねえ……なかなか手ごわいと思うよ」
「ううむ……」困った。問題はそいつなのだ。ほかの幽霊は、本来ならどうでもいい。
「まあ、あんたを慰めるわけじゃないけど……案外、スンナリ行くかもよ」
「優しいね。慰めてくれるんだ」おれはサダコにもう一杯飲むように勧めた。
「ありがと。まあその子は……あんたとほとんど同じ性格なんじゃない? あんたもそうだったでしょう?……子供の頃から残忍で、陰湿で、陰険で、人が 苦しむのを見て喜ぶタイプだったでしょ?……いじめられたことなんて、ないでしょ? 人をいじめたことしか、ないでしょ?……だから今、そんなふうに成 長しちゃったんでしょ?……その子も今は殺されたばっかりであんたに執着してるかもしれないけど、矛先をちょっと変えてあげたら、ダレカレなく無差別に 呪っ て、歯型をつけまくったり殺したりするのに、すぐに夢中になっちゃうよ」
「……そうかな……」
「きっとそうだよ」

 サダコのジョッキがやってきた。わたしももう一杯、ビールを注文した。

「……で……具体的には、どうすれば幽霊たちを他人に押し付けられるんだい?」
「聞いて笑わないでね」ビールの泡に口をつけながら、サダコがクスクス笑う。「……けっこうロマンチックだから。それに、あくまでウチのおばあちゃんが 言ってたことだから」
「笑わないよ」笑う気分でもなかった。
「まずは、その人が死んだ場所……つまりあんたがその人を殺した場所にもう一回行く」
「はあ」それは簡単だ。毎回同じ場所だから。
「そして、殺した人のことを思い出す」
「うん」それも簡単だ……ご親切にもみんな、幽霊になって自分の顔を見せつけに来るのだから……。
「さらに、その人のことを思い出しながら……涙を流す。これをスポイトか何かで吸い取って……塩水と混ぜる……そして、それを幽霊を押し付けたい人に飲ま せる……これだけ」
「それだけ?……涙? 塩水?……塩水ってのは、どれくらいの割合の塩水? 食塩でいいわけ?」
「そのへんは、テキトーでいいんじゃない?」
「はあ………」

 わたしは椅子の背もたれに、ぐったりと身を預けた。
 なんというか……これは……“金運を呼ぶブレスレット”レベルだ。
 効果のほどがどうこうと言うより……あまりにもバカバカしい。
 そして……致命的な問題がある。

「……その……」わたしはサダコに聞いた。「きみのおばあちゃんは、その方法を試してみたのか?」
「うん。うちのおばあちゃん、恐ろしいほどキョーレツな霊に呪われてたからね……一人は知らない若い女。あと、先に死んだおじいちゃんにも……理由は教え てくれなかったけど」
「君のおばあちゃん……二人も殺したのか?」
「さあね。詳しいことは子どもだったから知らない……まあ、あんたに比べりゃ、どーってことない数でしょ?」

 確かにまあ……それはそうだ。

「で、おばあちゃんは、その“おまじない”を実践したわけだ……誰に押し付けたの?」
「あたしのお母さん」サダコがそう言って、軽くゲップをした。
「えっ」
「嫁姑モンダイでね。いろいろあったんじゃない?……お母さん、今も精神病院にいるよ。たぶん、一生出られないんじゃないかなあ……まあ、あたしもお母さ んのこと、キライだったからいいんだけどさ」
「はあ………」
 効果のほどに関しては……サダコの話を信用するならば……少しは期待できるような気がしてきた。
 しかし……やはり致命的な問題は残っていた。

 わたしは物心ついてからこの方、一度も泣いたことがないのだ。
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