呪い殺されない方法
作:西田三郎
妻の代理人として弁護士が面会にやってきて、離婚届に署名・捺印しろと言ってきた。
■18■ にらめっこに勝つ。
もちろん断った。
その翌日に……なんと、サダコから手紙が着た。
“前略、人殺し(笑)”
と、その手紙は始まっていた。
“元気ですか。
いや、これから近いうちに確実に死ぬ運命にある人に「元気ですか」もヘンですね。
死を目前にしている気分はどうですか?
実際、自分のこととして死をとらえるのは、どんな気分ですか?
やっぱり怖いですか?
自分のやったことに対して、後悔したりしてるんですか?”
彼女はやはり、わたしという人間をまるで理解していなかったらしい。
友達だと思っていたのに、残念だ……と思っていると、手紙の内容は意外な方向に進んでいく。
“別にあなたを責めてるんじゃなくて、最近、とてもで気になるのです。
あなたと会っていたころには、あなたのような人間と一緒にいたのに、自分の死を本気で意識することはありませんでした。
心底、どーでもいい、って思ってました。
死のうが生きようが、大した違いはない、と。
でも、あなたに死刑判決が出て、はじめて自覚したのです。
あたしもいつかは死ぬんだ、と。
それを恐れようとも、無視しようとも、必ず人は死ぬんだということを。
意識する、しない。恐れる、恐れない。生きたい、死にたい。
そんな人間のちっぽけな思いなんて、「死」の前ではほんとうにちっぽけなものです。
わたしたちはそれから、逃れられないのです。”
わたしは、彼女が何を書いているのか、何を意図してるのかさっぱり理解できなかった。
“おかしなものですね。
あなたとは、あなたが殺した人たちのことや、あなたの周りにいる幽霊たちのことを、さんざん笑いものにして、ヘラヘラしていたのに。
べつに死ぬのが怖いのではありませんが、あたしは幽霊たちの存在を知りながら、自分が死ぬことについては、実は真剣に考えたことがなかったのです。
これはほんとうに、とても奇妙で、不思議なことです。”
いや……わたしは別に、自分が死ぬとはこれっぽっちも思ってないのだが。
しかしまあ……たしかに、わたしだって永遠に生き続けることはできない。いずれは、寿命が尽きる日がやってくる。
それは避けようのない話だ。サダコに教 えてもらったまじないのようなもので、避けることができるならそれに越したことはないが……それは不可能だろう。死んでから何が待っているかは知らない が、幽霊を見慣れているはずのサダコがそれを理解していないことは本当に不可解だ。
わかりきっていることではないか。
死後の世界などなく、死んだら無があるだけだ。
なぜこの世に無数の幽霊たちが彷徨っているのか?……死の先には、何も無いからだ。
天国もなければ、地獄も ない。ただ無があるだけだ。
それを受け入れられない者たちが、幽霊になってこの世を彷徨っているのだ。
“わたしもあなたも、限られた生を生きているんですね。
わたしやあなたは、死んだあと、幽霊になってこの世に止まるでしょうか?
わたしはこの世の中なんて、もうこれっきりにしたい。
幽霊になるつもりも、生まれ変わるつもりもありません。
そんな思いがうまく言葉にならず、わたしがあなたに初めて出会ったとき、
わたしはあなたに「死にたい」なんて言ったのだと思います。”
そういえば、サダコが「退屈だから死にたい」と言っていたのを思い出す。たしかに、退屈だという理由だけで死に急ぐ人間はいないだろう。
それに人間、いざとなったら、どんな奴でも生き延びることを求める。
それは十分、この目で見てきたことだ。それでも人間たちは事あるたびに「死にたい」と口にする。
自分の求めているものが見えなくなったときに、ため息をつくように。
“ところで、あなたの息子さんが亡くなったことを、週刊誌で読みました。
この人でなし(笑)
世間は、息子さんの身に起こったことは、あなたがしたことに対する罰だと思っているようです。
息子さんは何も悪くないのに。
どうやら世の中の人々は、悪いことをした人には必ずそれ相応の報いがあってほしいと願うばかりに、まったく関係のないことを“報い”だ、“因果だ”と考 えるようです。
確かに、あなたのような人間の息子としてこの世に生まれてしまって、息子さんは本当に不運だったと思います。
あなたが逮捕されたことも、死刑判決を受けたことも、不運の結果です。
わたしはあなたに、呪いから逃れる方法を教えました。
しかし、運命から逃れる方法はわたしも知りません。
わたしもあなたも、運命から逃れることはできないのです。
息子さんを身代わりにしてまで、幽霊から逃れ、生き残ろうとしたあなたの、生きることに対する執着心には脱帽します。
皮肉ではありません。
でも、あなたは少しだけ運命を先延ばしにしただけなのです。
わたしも、あなたも、いずれは死ぬのです”
……何を当たり前のことを書いているのだろうか?
もちろんそうだ。運命からは逃れられない。誰の未来にも、死が待っている。
だから、わたしは一日でも、半日でも、一時間でも、一分でも、一秒でも、長く生きたいと願っている。
そのためなら、どんな犠牲でも払うし、努力を惜しまない。
“今、ネットで噂が広まっています。
日本国中のいたるところで、「真っ白な」歯を持つ「真っ黒な」幽霊に噛み付かれた、という人が続出しているそうです。
何人かは死んだとか、精神病院に入ったとか。
あの霊はあなたから解放されて、方々で人々を恐怖のドンゾコに落とし入れているようです。
彼女は、とても楽しんでいるでしょうね。
あなたが自由だった頃みたいに。
羨ましいですか?(笑)
ひょっとすると、あなたが生きているうちにあなたのところに帰ってくるかも。
そうなると逃げ場所がないから、あなたは大変でしょうね。
いや、なんか脅してるみたいですみません。
たぶん、それはないと思います。
彼女も、もうすぐ確実に死ぬ運命にある人間になんか、見向きもしないでしょう。
世の中にはたくさんの餌がいるのですから。”
まあ、ここにまたあいつがやってきたら……看守か他の受刑囚になんとかして押し付けるまでの話だが。
それにしても……あの白い歯の真っ黒な少女の霊……あいつは、ほんとうに強烈な怨霊となることに向いていたようだ。
たぶん、生きていた頃よりもずっと生き生きしているだ ろう。
あの子にも少しは、わたしの気持ちがわかってもらえただろうか?
“最後になりましたが、最期の瞬間までどうかお元気で。
これもネットで知ったんですけど、あなたの死刑判決を不当として、あなたの「冤罪」を晴らすために運動している市民団体がいるとか?
あなたの知り合いでもなんでもない人たちが勝手に組織した団体みたいです。
……あなたの奥さんもその団体のことは無視してるみたいですね。
ほんとうにこの世の中って不思議なところです。
また会いましょう。
あなたが無罪になって釈放されたら、この世で。
そのまま死刑になったら、あの世で。
そのときはまた、ビールをおごってください 早々”
『早々』ではなく、『草々』だ。
わたしはサダコの手紙を二回読み返して……畳んだ。
返事は明日書くことにしよう。
さて……ここを出たらまず何をするか、わたしは考えた。
居室の床にごろりと寝転がって、鉄格子の嵌った窓を見上げる。
と……あの十歳くらいの少女の小さな顔が、格子の向こうにあった。
いつものように、笑うでもなく、怒るでもなく、じっとわたしのことを見ている。
ここには暇が腐るほどある……わたしは、窓からわたしを覗く少女とにらめっ こを続けた。
三時間ほど見つめ続けていると、ついに少女が耐え切れず吹き出した。
少女の笑顔と、並びのよいきれいな白い歯を……初めて目にする。
わたしも笑った。はじめてにらめっこに勝ったのだ。
カチカチ、と少女が歯を鳴らす。
日が傾いていく。
そして、一日が過ぎていく。<了>
アルファポリス様の「第7回ホラー小説大賞」に
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2014.3.31