呪い殺されない方法


作:西田三郎


■16■ まことに遺憾です。

 取り調べ担当の刑事は思いのほか、楽しい男だった。
 五十歳がらみの、痩せて浅黒い肌の男。ちょっと口ひげを生やして、いつも顔が笑っている。
 見かけも刑事らしくないし、喋りはまるでテレビのインタビュアーだ。
 おかげで身柄を拘束されて以来、毎日の取り調べはそれなりに楽しかった。

「……いやあ、わたしも長いことやってますけどね、ほんとうにあなたのような人間がいるとは、それもこのわたしが、定年までにあなたのような人間を取り調 べできる日がやって来るとは、思ってませんでしたねえ……たしかに酷い犯罪は多いですけれども、あなたがやってきたことはひときわ酷い。まったく、血も涙 もない冷血漢とは、あなたのような人のことを言うんでしょうなあ……」
「…………」

 わたしは完全黙秘していた。弁護士がそうしろと言ったからだ。
 しかし人の良さそうな、話していて楽しそうな刑事である。
 ついつい、この男の軽いノリに乗せられて、軽口のひとつやふたつ叩いてしまいそうになる。
「まったくあなたときたら、子供から大人、男女の区別もなしに、ほんとうに見境がない。まあこれまでも……ええと、快楽殺人っていうんですか?……そ れっぽい犯人とは数回お話したことありますけど、まあどいつもこいつも……じっくり話し込んでみると、結局は何かのこだわり……まあ大きな声では言えませ んけど、シモ関係のことが多いんですけどね……そういうのに囚われて、セックスの代わりとして人に暴力を振るったり殺したりするような……まあなんといい ますか、わっかりやすい、っていうんですか?……そんな連中ばっかり でしたよ……でも、あなたはそれとは違うようだ」
「…………」
「でまあ、当然お金目当てでもない……あなたが殺した人は、お小遣い程度のお金も持ってない人ばっかりでしたからねえ……つまりあなたは、純粋に、釣りや ゴルフみ たいな趣味として人殺しをしてたわけだ……まあこれはわたしの私見ですけどねえ……あなたはほんとうの悪人ですなあ……いろいろな被疑者の皆さんとお話し てきましたけど……四歳の幼女を強姦して絞め殺して川に捨てたような奴でも……話を聞いてれば……でも、『ああ、なるほどなあ』とか『そりゃ、そういうこ ともあるかもなあ』って気になってくることがある……なんだかんだ言っても、そんな奴もわたしも、結局は同じ人間ですからねえ……人間、どこかはつながっ てるもんなんですよ。同情も共感もできないけど、なんとなく、伝わってくるものはある……でも、あなたの前にいると、あなたからは、何も伝わってこな い……いや、黙秘は結構ですよ……でも、あなたが黙っているというだけではなくて、わたしはまるで、電源を落としたテレビの前にでも座っているような気に なってくる」
「…………」わたしは“電源を落としたテレビ”を続けた。

 しかしまあ……サダコに大見栄を切ったものの、わたしの逮捕はあっけなかった。
 その理由も、逮捕されたわたし自身が言うのも何だが、なるほど、と頷けるものだ。

 わたしはいろいろとミスを犯していた。

 一番の問題は、わたしに泣き方を教えてくれた女優志望の少女、ハルナを殺したことだった。
 あれは大失敗だった……わたしはハルナのことを、彼女の自己申告通り……地方で医者を目指している優秀な兄の影に隠れ、ご両親の期待から完全に外れ、親 元を離れて一人ぐらしをしながらタレント養成所で時間をつぶし、無気力にぼんやり生きている……そんな『いなくなっても誰もまったく気にかけない』、これ までわたしが手にかけてきた被害者たちと同じタイプの人間だと、心から信じ込んでいた。

 わたしは自分で思っているよりも、ずっとお人好しだったようである。
 それに、ハルナは……さすが女優を目指していただけあって、なかなかの役者だった。

 彼女には兄はいなかった。彼女は一人娘で、中流の上クラスの家庭に育ち、両親から溺愛されていた。親から見放されている、とかまったく期待されていな い、とかいうのは、すべて彼女が作り出して自分で被っていたペルソナだったのだ……そうしているほうが、その他の無気力なタレントスクールの少女たちの仲 間に入りやすかったのだろう。
 しかし、家庭環境はともあれ、ハルナはしょっちゅう無断外泊を繰り返していた(一人暮らしというのもウソで、自宅住まいだった)ので、両親は二〜三日の 外 泊に対してはそう心配はしなかった。それが一週間になり、二週間になり、三週間になった頃、遅まきながらこの娘のわがままを黙認してきたおめでたい両親 も、事件性を想定しはじめた。
 動き出すとなったら、警察もそれなりの仕事をする。
 ハルナの交友関係の線が消えたら、次に立ち上がってきたのは、タレント養成スクールに通っている子供た ちが、連続して行方不明になっている事実だった。生徒たちや子供を送り迎えする親たちへの入念な聞き込みから浮上したのが、わたしのハイエースだ。
 さら に、街中に設置された監視カメラ、コンビニのカメラ、ファミリーレストランや居酒屋に設置されたカメラ……わたしの車のナンバーが浮上するのに、そう時間 は掛からなかった。
 そして、それらのうちのいずれかの監視カメラが、ハルナが行方不明になった日、彼女と一緒に行動していたわたしの姿を捉えていた……ドジった。
 完全なわたしのミスで、こ れに関しては言い訳のしようもない。

「それにしても、あなたのような抜け目のない人がなんでまた、タレント養成スクールに通う子供たちを続けて狙うような、危ない橋を渡ったんです?」刑事は 本当にわたしに興味津々なようだった。「……そこには何か理由があるでしょう? たぶん、あなたが黙秘をやめて、自分の考えていたことをすべてわたしに 語ってくださったとしても、わたしにはあなたのことなど、ちっとも理解できないでしょうけど……まあ、精神鑑定医の先生方が、いろいろと理屈をつけて下さ るで しょうけど……そのどれも正解ではないことくらい、はなからわたしにもわかっています。まあ、これまでの経験則ですけどね」
「…………」

 理由。理由か……それを聞かれるのは辛い。あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎる。

「……たて続けに……何らかの関連性のある人間を手にかければ、自分の身が危うくなることくらい、あなたほどの人なら充分承知だったはずでしょう? それ でもあなたは、続けざまに……いわゆる『タレントの卵』たちを狙った……それも、えらく短いスパンで、妙に焦っていた。そうする必然性があった、というこ とだ……どうです?……わたしの読み、外れてないでしょう?」
「…………」この刑事は、かなり鋭い。

 恐らく、わたしの家はしばらく警察に内偵されていたのだろう。
 空室だった隣の部屋に、見慣れない人間が出入りしていることには気づいていた。
 だからわたしも、しばらくは大人しくしているつもりだった……警察と、わたしの退屈な我慢比べがしばらく続いたが、根負けしたのは警察のほうだった。
 ある朝、わたしは逮捕状を携えた刑事たちに連行された。

 同時に、車をはじめ、パソコンやノート類などが片っ端から押収された……警察の皆さんには気の毒だが、パソコンやノートなどから事件につながるものは何 も出てこなかったと思う。常日頃から車の中は清潔にするようにしていたし、家の周辺で怪しげな連中を見かけるようになってからは、さらに車内の清掃を徹底 していた。もっ とも事件と関連するようなもの……死体をくるむためのビニールシートや、ビニールテープ、紙おむつなどは、いつも車に載せておくようなこ とはせず、殺しのたびに方々のホームセンターやスーパーなどで購入するようにしていた。
 しかし、こういう店舗にも必ず監視カメラがあって、そこに収められた映像もわたしの逮捕理由のひとつとなってしまった。

 それに、わたしたちが視覚や嗅覚や触覚で感じることのできないようなミクロレベルの証拠が、科学捜査によってあぶり出された。
 唾液の染み。被害者が触れたシート。ほとんど肉眼では把握できないような短い体毛や、塵のような身体の組織の一部。
 わたしがこの車の中で人々を殺害したことの「決め手」になりはしないが、わたしの車には確認できるだけでも三〇人の見知らぬ人間が乗ったことが、科学の 力に よって完全に証明されてしまった。

「でもまあ、あなたがどこで被害者を殺害したのか、死体をどう処理したのか、それはあなたが黙秘を続ける限りわからない……いや、わたしたち警察も努力し ますよ……必死で証拠を探します。そして、あなたに殺された人々の死体を見つけます。そうしないと、被害者が浮かばれない……そう思いませんか?」
「…………」最後のは、心底どうでもいいと思った。
「あなた、夢見が悪くないですか?……いや、悪くないんでしょうね。あなたを見ていればわかります。でもあなた、わたしたち警察や、法の裁きが恐ろしく ないのはわかるんですけど……どうなんです? こんなにたくさんの人間を殺して、祟られるのが怖くなったりしないんですか?……いや、わたしども警察 も、最新科学を用いて捜査してますので、これはあくまでわたしの私見として聞いてくださいね。あなたは……いや、あなたみたいな人間は、『悪いことをすれ ばきっと自分にバチが当たる』とか、『殺生をすれば祟りがある』とか、そういうわたしたち日本人がずっと幼い頃から植えつけられてきた道徳……いや、道徳 じゃないな……ほぼ、脅しみたいなもんですけど……そういうもの対して、まるで無関心であるように見える……どうすれば、そんな風になれるんです?……い や、これはほんとに、わたしの個人的な質問ですよ。わたしもこんな仕事してるでしょう……治安と正義のためとは言え、そりゃあもう、人に怨みを買ったり、 逮捕した犯人の家族が絶望して一家心中したりで、それなりに、背負いきれないくらいの怨みを買いながら仕事を続けてるんです……ほんとうに、いくら慣れよ うとしても夢見が悪い。 週に一度は、悪い夢にうなされて夜中に目を覚ますんです……なんか、これをなんとかするコツを、あなたからお教えいただけませんかねえ……?」
「…………」

 黙秘を続けながら、わたしは別のことを考えていた。
 なぜわたしが捕まったか?……なぜ、タレント養成所に通う子供たちを連続して殺害したか?……そのほんとうの理由をわたしが話せば、この刑事はどんな反 応をするだろう、と思った。
 その反応を見ればさぞ痛快だろうと思ったが、それができないことに大いに苛立っていた。
 警察は必死で捜査を続けたが、なぜかわたしの捨てた二〜三〇の死体を発見できずに、今日に至っている。
 いつもまったく同じあの貯水池に捨てていたのに、なぜ警察はそれを見つけ出せないでいるのかが、正直言って不思議だ。
 わたしが少なくとも十一人の行方不明者と行動を共にしていたことは、街中のビデオカメラと科学捜査が証明した。
 検察はそれで充分だと判断したらしい。

 わたしは、一体も死体が発見されないままに、殺人犯として拘留され、取り調べを受けていた。

 完全黙秘を続けたが、結局は十一件の殺人容疑で裁判に掛けられ、死刑判決を受けた。
 一体も死体も発見されないまま、死刑判決を受けた殺人犯は日本の犯罪史でも初めてだろう。
 不条理だとは思う。しかし、死体が発見されなくても、わたしは自分が殺してきた人々の遺族や、遺族とは何の関係もない人々から、強く『死ぬこと』を望ま れているのだ、ということはわかる。

 弁護側は『状況証拠だけ。死体すら発見されていない。証拠不十分にもほどがある』と控訴したが、今のところ判決は覆っていない。


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