必殺にしきあなご突き
作:西田三郎

「第8話」

■オチのない話

 あの老人がやったように彼女があたしの肩を掴み、首筋を“ごりゅ”と鳴らせて身体を元に戻してくれたのは、あたしが7回か8回いきはてた後だった。

 「これ、あげる」彼女はポケットからハンカチを出すと、あたしに渡した。
 「……………」あたしは自動的にそれを受け取った。
 確かにそれが必要だった………あたしの内股はべっとりと塗れ、垂れた液は靴下までぐっしょりと濡らしていた。
 彼女がドアを開けて、て洗面台に向かう。あたいしは一人、個室に残されて開いたドアから彼女の後ろ姿を見ていた。
 「御馳走さまでございました」老人の口調をまねながら、彼女は手を洗った。
 「……………」あたしはまだどこかに浮いて、漂っているような気分だった。
 「じゃあ元気でね。………あ、痴漢には気をつけてね」彼女は手をスカートで拭きながら振り向き、あたしに笑いかけた。「これからもう会うことはないと思うけど」
 「……………どうするの?………これから?」久々に自分の声を聞いたような気がした。
 「……もう、学校行くのやめる
 「え?」

 「もう学校にも、どこにも行かない。部屋に引きこもって、一歩も外に出ない………さすがに自分の部屋に居れば、変態にパンツの中に手を突っ込まれることはないからね。それで、いっぱい身体に悪いお菓子食べて、ブクブクに太って、夜更かししまくって、肌ボロボロにして、お風呂にも入らずに、体中垢だらけにする。髪の毛も洗わずに、手入れせずにボサボサにする。部屋中をゴミだらけにする。酷い匂いで、ウジ虫が湧くくらいに。お父さんもお母さんも、部屋に入って来れないくらいに。誰もあたしのことなんか見向きもしなくなるまで、徹底的に醜くなって、誰からも嫌われて、無視されて、居なくなれって思われるようになる
 
 「………………」
 「じゃあ、ほんとにさよなら。元気でね」
 そう言うと、彼女はトイレを出ていった。
 その後も何分間か、あたしは個室の壁にもたれたままでいた。
 彼女の居た場所にもう彼女は居らず、代わりに鏡に映る自分の顔が見える。
 彼女に言われたとおり、大して可愛くない。
 
 ああ、一生忘れられない体験をしたな、と思った。
 事実、そうなった訳だが。
 
 
 
 あれ以来、あたしは満員電車に乗るとどうも落ち着かない。
 そして、馬鹿馬鹿しい噂は絶対本気にしないようになった。……それが本当であるあった時は、取り返しがつかないからだ。
 また、整体や鍼灸治療、カイロプラクティスなどのお世話になるつもりはない。理由は言わずもがなだ。
 最後に………きれいな女の子を見ると、何故か悲しくなる。
 
 無論、美人に生まれつくというのはこの上なく幸運なことだし、きれいな女の子全てが、あの少女みたいに、そのせいで酷い目に遭っているわけではない。し かし、あれ以来あたしの中では一種の『美人観』が確立してしまったらしく……あたしが思い浮かべる美人の顔は『切れ長の目、通った鼻筋、上品な唇』のセッ トで固定されてしまった。

 あの経験がもとであたしがレズビアンになった……となれば、この話にもそれらしいオチがつくというものであるけれども、残念ながらそんなオチはない。
 それから、あたしは3人の男とつき合って、4人目につき合った男と来年結婚する。
 
 ………それでも時々、街であの子と同じタイプの“美人顔”の少女を見かけては、はっとすることがある。もちろん最初に思い出すのは“必殺にしきあなご突き”だが、その次に思い出すのは彼女が最後に残した言葉だった。

 彼女があたしに言い残したとおりなら、この世からひとつ、美しいものが消えたのだ。
 誰もそのことを知らないとしても………それはとても悲しいことじゃないだろうか。
 
 
 
 因みにあの“必殺にしきあなご使い”の老人だが、あれ以来電車で見かけることはなかった。

 裕子の語って聞かせた噂がほんとうならば、今年また、あの老人はあの電車に現れていることになる。あれからちょうど10年経ったのか……思えば早いもんだ。それで再び現れた“必殺にしきごい使い”のあの老人は……また今回も女子高生を5人、女子中学生を5人、女子大生を5人、OLを5人……合計20人を………。
 
 ……ああばかばかしい。あほか。( 了)
 
 
2005/10/29



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